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【解読『おちょやん』】ヨシヲたちの悪だくみから垣間見えた「興行界の暗黒史」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

NHK連続テレビ小説『おちょやん』の第12週(2月22日~26日)。千代(杉咲花)と弟・ヨシヲ(倉悠貴)の「再会」と「別れ」が描かれました。しかも、「興行界の暗黒史」まで垣間見せてくれたのです。

ドラマの時代背景は、昭和4年(1929)2月。千代たちの「鶴亀家庭劇」は、次の公演に向けて準備を進めていました。

千代、初めての接吻

一平(成田凌)が書いた芝居「若旦那のハイキング」も、前座として上演されることになります。その物語は・・・

ライバル同士の大店(おおだな)があり、一方の店の若旦那(演じるのは一平)と、商売敵のお嬢さん(千代)が恋に落ちます。両家は大反対。

彼女の本当の気持ちを知りたい若旦那は、毒の入った酒を飲んで心中しようと言い出します。一途なお嬢さんはこれを飲みますが、実は毒など入っていませんでした。

感激した若旦那がお嬢さんを抱きしめる場面。これが警察の「検閲」に引っ掛かります。修正して公演ということになりました。

ところが千代には、お嬢さんの「好きな人となら死んでもいい」という気持ちがよく分かりません。ただ、弟のヨシヲのためなら死ねると思うのです。

初日。一平は例のシーンで、「ずっと一緒や、離さへんで!」と千代の手を握っただけでなく、そのままキスしてしまいます。もちろん、見ていた警官は「中止!」と叫びました。

警察で尋問を受ける一平たち。謝って事をおさめようとする熊田(西川忠志)に対し、一平は引こうとしません。主張します。

「辛いことも、恥ずかしいこともみんな、目そらさんと芝居にする! 悲しいけど、どこか滑稽な人の生きざまが見えてくんねん。俺は、そないな新しい喜劇を作りたいんや!」

キスの経験などなかった千代は大いに困惑しましたが、それでも覚悟を決めます。稽古からの帰り道、一平に向かって言いました。

「初めての接吻、芝居の未来に捧げた思たら、なんやちょっと嬉しい気もするしな」

と、そこへ突然男が現れ、一平を殴り倒します。「よくも姉やんを傷ものにしてくれたな!」と凄んだのは千代の弟、ヨシヲ。十何年ぶりの再会でした。

ヨシヲたちの悪だくみ

第12週は、このヨシヲを軸に話が進みます。何より千代を驚かせ、そして悲しませたのは、ヨシヲが「悪の道」に踏み込んでいたことでした。

道頓堀界隈で不審火があったりしたのですが、それは鶴亀家庭劇への嫌がらせであり、警告だったのです。しかも、ヨシヲはそのためにやって来た男たちの仲間でした。

「神戸の土地や建物を扱う会社」で働いているとヨシヲは言いますが、そうではなかった。ハンサムで、好青年に見えるのですが、実は入れ墨までしていました。

そして、鶴亀株式会社の大山社長(中村鴈治郎)に電話してきた男たちは、家庭劇の公演を中止しなければ、芝居小屋を燃やすと脅迫したのです。公演は中止となりました。

大山社長が手を回して調べたところ、前の年に鶴亀が買収した「神戸の芝居小屋の元興行主が、地元の荒くれもんを雇って、鶴亀を潰そうとしている」ことが判明しました。

社長は言います。

「私利私欲ばっかり考えてる時代遅れの連中に、この国の娯楽文化の発展、潰されてたまるかい!」

男たちは「神戸の親父」の命令で動いており、鶴亀家庭劇を潰すだけでなく、鶴亀の興行権を奪うことが目的でした。

興行界の暗黒史

この「神戸の親父」が気になりますよね。実際に、鶴亀のモデルである「松竹」がこうした脅迫を受けたかどうか、それは分かりません。

ただ、この時代、「神戸の親父」といえば、やはり思い浮かぶのは「山口組」です。

山口組と興行の関係は、すでに結成当時の大正初期から始まっていました。

初代の山口春吉親分は、港湾荷役業を行うかたわら、神戸新開地に劇場を持つ市会議員を通じて浪曲界への足掛かりを作ります。

さらに、あの田岡一雄の親分となる二代目の山口登は、新たな事業展開として「山口組興行部」を立ち上げます。

東京浅草の興行界や大阪の吉本興業にも働きかけて、浪曲、歌謡曲、そして大阪相撲の興行にも手を染めていきました。

2017年から18年にかけて放送された、朝ドラ『わろてんか』のヒロイン、藤岡てん(葵わかな)のモデルは、吉本興業の創業者である「吉本せい」です。

しかし、さすがにドラマの中では、吉本興業と山口組の「密な関係の歴史」は詳細に描かれませんでした。

その意味で、今回、「神戸の親父」が大阪・道頓堀に「やくざ者」を送り込み、芝居小屋に放火までしようとしたエピソードは、架空であるにしても、かなり挑戦的なのです。

しかも、そこに大人になったヨシヲをからめてきた。脚本の八津弘幸さんならではの大胆な仕掛けと言えそうです。

ご存知のように、千代のモデルである浪花千栄子にも3歳下の弟がいました。

ところが、この弟の「その後」について、詳しいことが分かっていません。千栄子自身も、弟について書いたり、語ったりしていません。

後に、千栄子は親戚の娘を養女にしています。そして、この養女が「弟の娘」だという説もあるのですが、実際にそうだったのか、本当のところは不明です。

ヨシヲとの別れの先に

かつて可愛がっていた弟との思い出を大切にしてきた千代。いえ、「ヨシヲがどこかで元気にしてくれている」ことを心の支えにして、千代は生きてきました。

ところが再会した弟は、橋の下で飢えていた自分を救ってくれた「神戸の親父」と、その子分たちを家族だと思ってやってきたと言うのです。

「人がどうなろうと、あんたがどうなろうと、知ったことやあらへん。人間はな、しょせん一人なんや!」

でも、千代はヨシヲを見捨てません。

「あんたを救えんのやったら、うちはどないなってもええ!」

それでも反発するヨシヲに、一平が語りかけます。

「この世の中で、お前のこと、誰より思てたんは、間違いのう千代や」

結局、大山社長の「調整」が功を奏し、神戸から来た男たちは帰っていきました。

迷いながらも、芝居小屋に放火しようとしたヨシヲですが、警戒のために見張っていた千之助のおかげで「未遂」に終わりました。

ヨシヲは、千代に本音をぶつけます。

「鶴亀を潰すだけやあらへん。俺は姉やんも引きづりおろそうと思うてた!」

衝撃でした。千代にとって悲しく、そして辛い言葉でした。

ところが、そこでヨシヲのお腹が、「ぐう~」と鳴ったのです。思わず笑いそうになる千代。

悲劇と喜劇は紙一重。何とも上手い演出です。

手早く食事の用意をする千代。食べるヨシヲ。

それでも、「しょせん人間は一人や」と言い張るヨシヲに、千代が・・・

「わかってへんのは、あんたや。ほんまは、(そうと知らずに)人さん助けてる。それがうちや! ヨシヲはどっかにいて、ずっとうちを励まし続けてたんや」

どこか納得した表情のヨシヲですが、やはり出て行こうとします。千代は、自分のお守りであるビー玉をヨシヲに渡しました。

「いつか必ず返しに来てくれんねんで。そん時は、とびきりの喜劇見せたるさかいに」

去っていくヨシヲに向かって、千代が声を掛けます。

「誰が何と言おうと、あんたはうちの自慢の弟や!」

ヨシヲは振り向きません。でも、千代の気持ちは届いたはずです。見送る千代の、泣き笑いのような表情が絶妙でした。

ふと気がつくと、そんな千代の傍らに立っていたのが一平です。「また一人になってしもた」と泣く千代を、一平がしっかりと抱きしめました。

「一人やあらへん。俺がおる」

夜の路上に立つ2人。その美しいシルエットの引きの画で、第12週は幕を閉じました。

鶴亀家庭劇の活動はもちろん、千代と一平、2人の関係の進展が気になる次週です。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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