日本企業が直面する新たなリスク ~「時短ハラスメント(ジタハラ)」の実態
電通事件に対する極端な反応
何事も、インパクトの強いニュースに触れると、極端に反応する人がいるものです。
女性社員が過労自殺した電通の事件により、多くの企業で”長時間残業撲滅”の機運が高まっています。
少子高齢化による労働力人口の減少や、グローバル化の進展による国際競争に打ち勝つために、以前から「時短」「残業削減」「長時間労働是正」というスローガンは声高に叫ばれていました。しかし、先述した「電通事件」から『待ったなし』の状況に日本企業は追い込まれたと言えるでしょう。
電通が22時以降の業務を原則禁止とし、全館消灯させると宣言したように、
「わが社は残業ゼロだ」
「電通が22時なら、うちは20時だ。絶対に帰れ」
と言いだす経営者が出てきます。
時短の条件
私は現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。長時間労働が常態化している企業に入れば、ムダな残業も絶対に削減させます。しかし、当然のことながら「売上や利益目標を達成した状態」になっていることが前提条件であるため、仕事があるにもかかわらず、なりふり構わず「残業せず帰れ」と言うわけにはいきません。
何事も順序があります。子どもは早く寝たほうがいいですが、宿題をやってもいないのに寝なさいとは言えません。「宿題は必ずやる」という習慣を身に付け、その後、どうすれば「早く寝る」ことができるか、時間の使い方を創意工夫する、というのが正しい手順です。「遅い時間まで起きていないとやれないようなたくさんの宿題を出す先生が悪い!」と言ってしまうと、生活の中身を見直すことができなくなります。
仕事も同じで、目標を達成させるためにはどれぐらいの仕事が必要か。どんな仕事が必要でないかを仕訳けしなければなりません。ただ、ここで大事なのは、目標を安定的に達成できてもいない組織がその仕訳をできるか?ということです。実態は、できないのです。目標の達成率が「90%」だったら、あと「10%」の量の仕事を増やせばいいかというと、そんな単純な話ではありません。あと「10%」の結果を上積みするためには、今の仕事を2倍にしなければならないかもしれませんし、3倍にしなければならないかもしれない。仕事の中身を根本的に変えなければならない、かもしれないのです。その試行錯誤の時間は、一定量必要なのです。
登場する現場を知らない人たち
ところが、世間体を重んじすぎて「時短だ」「残業ゼロだ」「長時間労働撲滅だ」と経営者が叫び、そのスローガンに呼応した管理部門のトップが現場のことも知らずに「社長命令である! 帰りたまえ!」とやってしまったら、現場は「ちょっと待ってくれ!」となります。ボタンひとつでパソコンが再起動するように、仕事のやり方をすぐにリセットできるかというと、そんなことはあり得ません。特にお客様と直接向き合っている部署は、複雑に絡み合った人間と人間とのややこしい関係を調整しながら組織改革を進めるものです。ガラガラポン! ……という感じに時短が実現するわけではありません。
それに現場で働いている人たちも人間です。現場のことを良く知っている人から「残業せずに帰れ」と言われるのと、現場を知らない上層部や管理部に言われるのとでは受け止め方も大違い。強制的に退社させられたら、家に持ち帰って仕事するしかない、と考える人は増えるでしょう。また、家では居場所がないサラリーマン、子どもがまだ小さくて家で仕事ができない人は、カフェに寄って仕事をするしかないでしょう。資料を外に持ち出せないような仕事をしている人は、消灯した後もオフィスに残って隠れて残務をこなすしかなくなります。
現場を知らない人から、頭ごなしに「時短だ」「時短だ」と言われると、これまたハラスメントになってきます。「時短ハラスメント(ジタハラ)」です。長時間労働を是正することは、すべての日本企業に課せられた責務。しかし、現場感覚のない人が上から目線で時短を強要すると、結果を出したい、目標を達成したいという意欲の高いマジメな人を苦しめることになります。現場の調整や仕事のバランスを保ちながら、徐々にあるべき姿へと近づけることが理想です。