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ONE PIECEとNFL・ラムズの異色コラボはなぜ実現したのか?仕掛け人に聞いてみた

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
ONE PIECEのキャラクターのコスプレをして、ラムズの試合に訪れたファン

 12月3日(日本時間4日)にアメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス近郊で開催されたNFL(アメリカンフットボール)の試合、ロサンゼルス・ラムズ対クリーブランド・ブラウンズ戦で、ラムズと『ONE PIECE』による異色のコラボレーションが実現した。

 日本のキャラクターIP(インテレクチュアルプロパティ)がアメリカで開催するNFL公式戦に登場するのは、今回が初の試みということだが、コラボレーションするのがなぜNFLなのか?、なぜラムズなのか?など疑問に思う点は多い。
 そこで、試合当日に会場を訪れていた仕掛け人に直撃してみた。
 お話を伺ったのは、バンダイナムコ エンターテインメントのグローバルマーケティングディビジョンの伊藤麻里さんと第1IP事業ディビジョンの花井雄二朗さんのお二人。

大谷のエンゼルスではなく、日本人に馴染みのないNFLとのコラボなのか?

 まず素朴な疑問として浮かんできたのは、日本を代表する漫画・アニメであるONE PIECEのコラボレーションの相手が、なぜ日本人には馴染みのないNFLチームなのかという点だ。
 コラボ相手としてはNFLよりも、日本でもお馴染みのMLB(野球)、とくにアメリカでもスーパースターの地位を確立した大谷翔平が所属していたロサンゼルス・エンゼルス(もしくは、FAの大谷が新たに所属する球団)とのコラボレーションの方がしっくりとくる。

 そんな不躾な質問にも笑顔で応じてくれた伊藤さんは、「アメリカで最も好まれているスポーツであるアメリカンフットボールとコラボレーションをしたかった」と説明。

 「ONE PIECEは日本ではナンバー1のアニメですが、アメリカではアベンジャーズなどと比べると、まだそこまで知名度は高くない。だからこそ、アメリカでナンバー1のスポーツとコラボレーションをすることで、ONE PIECEを知ってもらう機会も大きくなる」と花井さんもアメリカンフットボールとコラボレーションする意義を口にした。
 アメリカ国内でのNFL人気はダントツであり、市場調査会社のスタティスタ社が2021年に行った調査では、アメリカのスポーツファンの52%がNFLファンだと公言。NBA(バスケットボール)は42%、MLBが31%、MLS(サッカー)が13%、NHL(アイスホッケー)は9%なので、NFLが持つ影響力の高さは他のスポーツリーグよりも大きい。
 また、「アメフトの試合ではファンの動員数が他のスポーツと大きく違う」と花井さんが言われる通り、試合の平均動員数も圧倒的で、アリーナスポーツのNBAとNHLが2万人弱、MLBが3万人弱なのに対して、NFLは7万人弱と同じスタジアムスポーツであるMLBの倍以上の動員力を誇る。

ONE PIECEとラムズがコラボレーションした試合には7万2887人の有料入場したファンが詰めかけた(写真:三尾圭)
ONE PIECEとラムズがコラボレーションした試合には7万2887人の有料入場したファンが詰めかけた(写真:三尾圭)


大学アメフトに続いて、2度目のアメフトとのコラボ

 ONE PIECEが北米のプロ・スポーツチームとコラボレーションをするのは、今回が初めてだが、アメリカンフットボール・チームとのコラボレーションは2年連続2度目だと伊藤さんは教えてくれた。
 「実は昨年、USC(南カリフォルニア大学)とコラボレーションをしています」

 昨年のUSCとのコラボレーションは、劇場版アニメ15作目となった『ONE PIECE FILM RED』のキャンペーン。アメリカでは11月上旬に封切りとなるアニメ映画を告知するために、9月に行われた大学アメフト界の名門校、USCとのタッグを結成した。
 アメリカでは大学フットボールーー特にUSCのような強豪チームーーは、プロリーグであるNFLに劣らない人気を誇る。アメリカ国内には常設で10万席以上のアメフト・スタジアムが8つあるが、その8球場全てが大学のアメフト専用スタジアム。
 USCの本拠地で、ONE PIECEとUSCのコラボレーションの舞台となったロサンゼルス・メモリアル・コロシアムは、1932年と1984年のロサンゼルス五輪のメイン・スタジアムとして開会式が行われた由緒ある会場だ。

南カリフォルニア大学の本拠地、ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム(撮影:三尾圭)
南カリフォルニア大学の本拠地、ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム(撮影:三尾圭)


 USCとのコラボでは、ハーフタイムにUSCのマーチングバンドがONE PIECEの音楽を演奏して盛り上げた。
 「映画のテーマが『音楽』だったので、マーチングバンドとの親和性は高いと思い、企画を仕掛けた」と花井さんが説明してくれた。

 USCのマーチングバンドは世界でもトップレベルのマーチングバンドで、マイケル・ジャクソンやビヨンセなどの大物ミュージシャンとの共演経験も多く、アカデミー賞やグラミー賞で演奏したこともある。
 2005年には日本国際博覧会に招待され、名古屋、東京、京都などでパフォーマンスを披露した。

 「ONE PIECEと言うIPをアメリカの方に知ってもらうために行った」(伊藤さん)と言うUSCとのコラボの影響もあり、映画はアメリカでもヒットして、封切り初日に480万ドルの興行収入を記録した。


NFL32チームの中でラムズが選ばれた理由

 「昨年の段階ではNFLとコラボレーションをするにはまだタイミングが少し早かったので大学フットボールとコラボさせてもらって、実績を積んでいくことが第一歩でした。続けてやることで、皆さんに知ってもらえるので、今年は大学からステップアップしてNFLのチームとコラボレーションさせてもらいました」(伊藤さん)
 アメリカで圧倒的な人気を誇るNFLチームをコラボレーションの相手に選んだ理由は分かったが、32チームの中でなぜラムズが選ばれたのだろうか?
 ONE PIECEは海賊王を目指す物語なので、羊がマスコットのラムズよりも、チームロゴが海賊のラスベガス・レイダースやタンパベイ・バッカニアーズの方がコラボレーション相手としては、より相応しいように感じる。

 「USCとのコラボレーション経験があったので、もう一度ロサンゼルスのチームとやることに意味があると感じました。アメリカの中でもアニメーションの人気が高いのは西海岸と東海岸。また、ロサンゼルスはゲーム人口も高く、そこも我々のマーケットに適している」(伊藤さん)
 映画の都、ハリウッドがあるロサンゼルスは、ニューヨークと並ぶアメリカ・エンターテインメントの中心地であり、発信地。ロサンゼルスでムーブメントを起こせれば、その波は全米全土に広がっていく。
 また、今回のコラボレーションの場に選ばれたSoFiスタジアムは、2020年に完成したアメリカで最も注目を集める最新型スタジアムであり、2028年ロサンゼルス五輪ではメモリアル・コロシアムと並んでメイン・スタジアムとして使われる。すでにスーパーボウルや大学フットボール王者決定戦、プロレスの祭典であるレッスルマニアなどのメガ・イベントもホストしており、コラボレーションの舞台としてこれ以上に相応しいスタジアムはない。

今年4月にはプロレスの祭典「レッスルマニア」の舞台にもなったSoFiスタジアム(撮影:三尾圭)
今年4月にはプロレスの祭典「レッスルマニア」の舞台にもなったSoFiスタジアム(撮影:三尾圭)

 しかし……。ロサンゼルスには2つのNFLチームがあり、もう1つのチーム、チャージャーズもラムズと同じSoFiスタジアムを本拠地にしている。
 しかも、チャージャーズはチームのプロモーションに日本のアニメを積極的に使っており、過去2年続けて対戦スケジュール発表の手段にアニメを用いたほどのアニメ贔屓球団。アニメファンでなければ分からないようなディープなパロディ・ネタを豊富に撒き散らして、NFLファンだけでなく、アニメファンからも注目を集めた。

 それだけではなく、チャージャーズの守備の柱であるジョーイ・ボサはアニメオタクとしても知られている。

 そんなアニメ贔屓なチャージャーズではなく、ラムズを選んだ理由を訊ねると「チャージャーズも候補には挙がったのですが……。ラムズはスーパーボウルを制してチャンピオンになったことのあるチーム。ONE PIECEは日本ではナンバー1IPなので、ナンバー1のチームとコラボレーションをしたかった」と伊藤さんから正論が返ってきた。

 ラムズは1999年と2021年シーズンの2度、NFLの頂点であるスーパーボウルを制している。21年に優勝したときの主力選手の多くは今季もまだチームに残っており、優勝チームのオーラが伝わってくる。
 一方のチャージャーズはまだスーパーボウルを制したことがなく、新興チーム感が残っている。
 ラムズとチャージャーズの関係は、北海道移転前に東京ドームをシェアしていた読売ジャイアンツと日本ハムファイターズの関係性に似ている。

スーパーボウル優勝パレードで、優勝トロフィーを手にするラムズの守護神、アーロン・ドナルド(撮影:三尾圭)
スーパーボウル優勝パレードで、優勝トロフィーを手にするラムズの守護神、アーロン・ドナルド(撮影:三尾圭)

コラボ試合では特別コラボタオルとクリアバッグを無料配布

 ONE PIECEがコラボレーションした試合では、この日のために作成された特別コラボタオルとクリアバッグが会場を訪れたファンに無料配布された。
 タオルは試合の応援には欠かせないアイテムで、ラムズのチャンスにはファンがタオルを回しながら、ラムズに熱い声援を送った。

コラボレーション・タオルを振って応援するラムズ・ファン(撮影:三尾圭)
コラボレーション・タオルを振って応援するラムズ・ファン(撮影:三尾圭)

 試合中には複数回に渡って、SoFiスタジアムの名物である360度の超大型LEDスクリーン『Infinity Screen』でONE PIECEのプロモーション映像が流されたが、ラムズの熱心なファンも食い入るように見ていたのが印象的だった。
 6500平方メートルの巨大スクリーンは、外側と内側の両面に鮮明な4K映像が映し出され、260個のスピーカーから迫力ある音が流される。

 「1スクリーンでこの大きさは初めて。どの角度から見ても、よく見えるようにするように、クリエイティブ・チームとも何度も打ち合わせを繰り返しました。大変でしたけど、良いものができました」(花井さん)

スタジアムのLEDスクリーンとしては世界最大の360度Infinity Screen(撮影:三尾圭)
スタジアムのLEDスクリーンとしては世界最大の360度Infinity Screen(撮影:三尾圭)

ウィン・ウィンなコラボレーション

 今回のコラボレーションはONE PIECE、ラムズの双方にメリットがあったウィン・ウィンなコラボ企画だった。
 7万人を超える人々にリーチアウトできる機会は多くないが、ONE PIECEは1日で7万人以上のファンにその存在をアピールできた。
 「ONE PIECEを知らない層にアピールできたのは大きいのですが、思った以上にONE PIECEを知っている方が多かったのは驚きでした」(伊藤さん)
 「NETFLIXの実写版が公開されたこともあり、それでONE PIECEを知った方も多かったですね。事前の想定よりも反響は大きかったです」(花井さん)

実写版ONE PIECEで主人公ルフィを演じる俳優のイニャキ・ゴドイも試合を観戦に訪れた(撮影:三尾圭)
実写版ONE PIECEで主人公ルフィを演じる俳優のイニャキ・ゴドイも試合を観戦に訪れた(撮影:三尾圭)

 日本では国民的アニメのONE PIECEだが、アメリカでは誰もが知っている存在ではない。それでも、ここ数年で急激に知名度と人気を伸ばしているのも事実。
 同じ日本の国民的アニメの「サザエさん」、「ドラえもん」、「ちびまる子ちゃん」などの作品はアメリカではほとんど知られていないのに対して、ONE PIECEはアメリカでも「ポケットモンスター」や「ドラゴンボール」に並ぶ人気IPへと成長している。

 一方、アメリカ国内では絶対的な人気を誇るNFLだが、10代へのリーチを課題として抱えている。将来の人気を考えると、10代は大切な世代であり、今回、ONE PIECEの力を借りて、そこの世代にアピールできた意義は大きい。

 ラムズのマーケティング担当者は、今回の企画が発表されたと同時に、普段はNFLに関心を示さない層からのアプローチがあり、チケットの売上も伸びたとコメント。会場で無料配布されたタオルやバッグはONE PIECEファンの間でお宝グッズとなっている。

ONE PIECEとアメフトの共通点

 ONE PIECEとアメフトの共通点を花井さんに尋ねてみたら、「個人的な感想ですが……」と前置きした上で、「ONE PIECEは主人公のルフィがいて、ルフィを支える仲間がいて、それぞれのキャラクターが違った役割を持っています。それぞれが違う専門職を持っており、その力を総合して、強敵に立ち向かう。アメフトもポジションによって役割が大きく異なり、全員の力を結集して勝利を目指して戦うので、その辺は似ているのかなと思います」と的確な答えが返ってきた。
 花井さんの返答を聞いて、今回のコラボレーションがウィン・ウィンになった理由が見えてきた。
 ONE PIECEには魅力的なキャラクターが多くいるように、NFLにも各チームに個性的な選手が揃っている。そして、能力も役割も異なるキャラクター(選手)たちが、力を合わせて目標を達成するという共通点があるのだから、アメフトが好きな人はONE PIECEにも夢中になるだろうし、逆にONE PIECEのファンもアメフトを見てみたら楽しめると思う。

 まだ、アメフトを見たことがないONE PIECEファンは、NFLという未知の海へ航海に出てみれば、意外なところで大秘宝を発見できるかもしれないし、数年後には数多くのアメリカのNFLファンがONE PIECEに夢中になっていることだろう。

才能も役割が異なる仲間たちが力を合わせて戦うのがONE PIECEとアメリカンフットボールの共通点(撮影:三尾圭)
才能も役割が異なる仲間たちが力を合わせて戦うのがONE PIECEとアメリカンフットボールの共通点(撮影:三尾圭)

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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