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攻守一体を目指すなでしこジャパン、ディフェンスリーダー熊谷紗希が牽引した5試合ぶりの無失点勝利

松原渓スポーツジャーナリスト
日本のディフェンスラインを牽引する熊谷(アメリカ戦、2016年6月5日)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【安定感を見せたディフェンスライン】

 10月22日(日)に長野Uスタジアムで行われた「MS&ADカップ2017」で、なでしこジャパンは2-0でスイスに勝った。勝利もさることながら、無失点試合は5試合ぶりである。 

 日本は多彩なコンビネーションからゴールを奪うことをテーマにしていたが、そのためには守備の安定が不可欠だった。

 今年の7月にアメリカで行われた女子サッカーの4カ国対抗戦「トーナメント・オブ・ネーションズ2017」では、ブラジル、オーストラリア、アメリカ相手に合計8失点と、日本の守備は不調だった。

 同大会は国際Aマッチデーに開催されなかったため、オリンピック・リヨン(フランス)に所属するセンターバックのDF熊谷紗希が招集外となり、その影響の大きさを改めて感じさせる結果となった。

 今回のスイス戦では、その熊谷がチームに復帰し、ディフェンスラインは、右からDF鮫島彩、熊谷、DF宇津木瑠美、DF万屋美穂が並んだ。

 4人中3人が、2011年FIFA女子ワールドカップ優勝を支えたメンバーだった。また、日本がなかなかペースを掴めなかった立ち上がりの10分間は、攻守を牽引するボランチのMF阪口夢穂が最終ラインまで降りて熊谷、宇津木とともにテンポの良いパス回しでビルドアップを安定させ、その後は日本が試合の主導権を握った。

 日本は時間の経過とともに高い位置からのプレッシャーが機能するようになり、狙い通りのショートカウンターでスイスのゴールに迫る場面も。試合に向けた代表合宿中のトレーニングでは、守備面に多くの時間を割けなかったが、スイス戦のピッチには、高倉ジャパンが発足してから1年半の間に積み重ねてきたディフェンスに関するコンセプトが、しっかりと反映されていた。

【経験に裏打ちされた鋭い予測力】

 スイスはMFディッケンマンと、FWバッハマンという2人の主力を欠いていたが、得意の堅守速攻を貫いた。日本は、コーナーキックを182cmのDFシュティールリに合わせられた前半5分の場面や、日本の左サイドから入れられた長いクロスをDFリナストに合わせられた56分のシーンなど、失点してもおかしくないピンチが3回あった。

 試合後に高倉監督は、勝ち切ったことへの手応えを示しつつ、「スイスに2人のエース(ディッケンマンとバッハマン)がいたら勝ちきれたかどうか分からない」とも話している。

 一方、熊谷はスイス戦の収穫として、なでしこリーグでプレーする選手たちが、いつも対戦する国内のチームには無いスタイルの相手と試合できたことを挙げた。

「(代表合宿中の)紅白戦でもなでしこリーグでも、これだけ(ロングボールを)蹴ってくる相手はいないと思うので、すごく良いトライになったと思います。練習と試合でのロングボールの対応は絶対に違うので、こういう相手と実戦で経験を積めて良かったです」(熊谷) 

 2011年に、プレーの場を浦和からヨーロッパに移して7年目を迎えた熊谷にとって、ロングボールが行き交う光景は日常的だ。各国の代表選手たちがしのぎを削るリヨンで磨かれたディフェンスにおける読みが、このスイス戦では随所に見られた。

 たとえば、前半3分。

 日本ゴールのペナルティエリア手前でクリアが中途半端になり、高く上がったボールに対し、スイスのMFビドマーがフリーで落下地点に入った。

 その瞬間、ゴール前、2mほどの距離からカバーに入った熊谷は、簡単に相手の懐に飛び込まず、かといってシュートもけん制できる絶妙な間合いで寄せると、ビドマーが足を振る瞬間に素早く足を出してそのシュートをブロック。的確な判断で、立ち上がりのピンチを防いだ。

ヨーロッパで、1対1の読みを磨いてきた熊谷(2017年6月1日 UEFA女子チャンピオンズリーグ決勝(C)ムツ・カワモリ/アフロ)
ヨーロッパで、1対1の読みを磨いてきた熊谷(2017年6月1日 UEFA女子チャンピオンズリーグ決勝(C)ムツ・カワモリ/アフロ)

【なでしこジャパンにも必要な”デュエル”の強さ】

 高倉ジャパンでは、どんな相手に対しても高い位置からボールを奪いにいく守備を目指しているが、そのためには、幾つもの要素を連動させなければならない。

 7月のアメリカ遠征では、約1年間をかけて築いてきたその守備が、強豪相手にまだ通用しないことが明らかになった。無失点で終えた今回のスイス戦でも、熊谷は試合後に守備面の課題を口にした。

「全体的にラインを上げてコンパクトに守りたいのですが、ラインを上げても(前線の選手たちが)球際に寄せなければ(上げる)意味がないですし、ラインを気にして裏を取られていたら(上げる)意味がないです。(ボールへの)寄せ方は、対戦相手のスピードやパワー、それから人(の特徴)によって使い分ける部分もあります。そういうところをもっと突き詰めたいですね」(熊谷)

 守備を安定させるために、熊谷は常に大きな声で前線に指示を送る。一方で、相手との「間合い」は、経験から得るものが大きいことを、身をもって示す。

 日本代表のハリルホジッチ監督が選手に1対1の強さを求めていることは、”デュエル(決闘、球際の攻防)の強さ”という表現を多用することで知られるようになった。

 高倉監督も、就任時から、「日本はフィジカルが弱いと言われますが、そのことを言い訳にしないサッカーをしたい」(高倉監督)と、1対1で負けない強さを全員に求めてきた。

 

 そのために、専門家の知識を借りて具体的な取り組みも行っている。国内外の遠征には、2011年FIFA女子ワールドカップ優勝を支えたフィジカルコーチの広瀬統一氏が帯同し、チームのトータルなコンディショニングとフィジカルトレーニングを指導している。また、今年1月の国内合宿では、北京五輪陸上男子400メートルリレー銅メダリストの朝原宣治氏を招いて、スプリント講座を実施した。

 熊谷自身も、フィジカルトレーニングの重要性を以前から、はっきりと口にしてきた。

「骨格とか体格は元々、外国人選手の方がしっかりしていますが、それに加えて、外国人選手はフィジカルトレーニングをやっている。小柄な日本人選手がフィジカルトレーニングをやらなかったら、差は広がるばかりです」(熊谷/2017年1月国内合宿)

 フィジカルの強さをベースに、個々が国際試合で1対1に負けないための間合いを掴み、誰が出ても自信を持ってラインを上げられるようになることが、高倉ジャパンが目指す攻守一体のサッカーには欠かせない。

 そのために、「チームとして(試合)数をこなすしかない」と、熊谷は言い切る。

【守備力向上のために】

 スイス戦の4バックで唯一、代表経験が浅かった万屋は、鮫島、熊谷、宇津木とともに最終ラインを構築できた手応えと、自身の課題を口にした。

「(3人とも、)すごく頼もしかったです。特にラインの上げ下げはきっちりしているので、試合中に『ラインを上げろー!』と、細かく声をかけてもらいましたし、試合後は映像を見ながら『この時はこうしてほしい』と、分かりやすく話してくれて勉強になりました。個人的には、スピードのある選手への間合いをもっと考えなければいけないな、と。そのコツは、まだ掴めていないと感じます」(万屋)

 熊谷がこのチームでキャプテンマークを巻いて、1年半が経った。

 なでしこリーグをはじめ、海外のリーグの合間を縫ってなでしこジャパンが活動の機会を増やしてきた中、ベテランと若手選手の融合は着々と進んでいるように見える。

 キャプテンに指名されて初めての大会となった今年3月のアルガルベカップで、新たになでしこジャパンに加わった若い選手たちについて、熊谷が話していた言葉を思い出す。

「経験しなければ変われないこともあるし、新しい経験の中で、多くの判断材料を掴んでいってほしいです。(中略)分からないことがあれば聞いてほしいし、積極性は周りが引き出すものではないと思っているので。遠慮している部分があるなら、ぜひ己で殻を破ってもらいたいですね」(熊谷)

 それは、積極性と高いコミュニケーション能力で道を切り拓いてきた、熊谷らしい要求だった。

 なでしこジャパンが2011年FIFA女子ワールドカップで優勝した時、熊谷はピッチに立つ日本人選手の中で最年少だった。しかし、遠慮することなくコミュニケーションを図る中で自分の良さを発揮し、アメリカとの決勝では最後のキッカーとして4本目のPKを決めて、なでしこジャパンのワールドカップ初優勝に貢献した。ヨーロッパでの長いプレー経験から、海外の選手たちの自己主張の強さが日本の比ではないことも、よく知っている。

 2019年FIFA女子ワールドカップ(フランス)で、再び世界一を目指すなでしこジャパン。そのために、守備力の向上は急務である。

 経験豊富な熊谷が、なでしこジャパンのキャプテン、そして、ディフェンスリーダーとして、さらに力強くチームを牽引することを期待したい。

今年、UEFA女子チャンピオンズリーグで2連覇に貢献した(2017年6月1日 UEFA女子チャンピオンズリーグ決勝(C)ムツ・カワモリ/アフロ)
今年、UEFA女子チャンピオンズリーグで2連覇に貢献した(2017年6月1日 UEFA女子チャンピオンズリーグ決勝(C)ムツ・カワモリ/アフロ)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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