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パフォーマンスのてんこ盛り

田中良紹ジャーナリスト

このひと月余りの安倍政権は、打ち上げ花火を次々に仕掛けてメディアを巻き込み、パフォーマンスに全力を挙げてきた。高い支持率でスタートを切らないと先行きに不安があるからである。

総理自身が「ロケットスタート」を頻繁に口にするのは、小泉政権の発足当初の高い支持率を意識している。それが長期政権をもたらしたと考えるからである。確かに小泉政権の発足時の支持率は80%を超えた。「自民党をぶっ壊す」と叫んで政権交代並みの変革を訴えたのが功を奏したのである。

その数字には同じく自民党政治を痛烈批判した田中真紀子氏への支持も含まれていたかもしれない。小泉総理が田中外務大臣を更迭すると支持率は一挙に40%以下に急落した。しかしその後の北朝鮮訪問で拉致被害者の一部を連れ戻すと再び回復し、それからの支持率は60%前後で推移した。

安倍政権が打ち上げ花火の中心に据えたのは「経済再生」である。リーマンショック以来の世界的な不況の中で消費増税を強行し、財政健全化を図ろうとした野田政権に対し、最も「変革」をアピールできる課題だからである。そこで財務省・日銀が主導してきた野田政権の金融財政政策を一変させた。日銀にさらなる金融緩和を要求し、財政出動によって公共事業を増大させる事にした。

そのための方策である金融政策、財政政策、成長戦略を「3本の矢」になぞらえ、それぞれの会合を連日にわたり報道させて国民の意識に「仕事ぶり」を植え付け、会議のパフォーマンスだけで国民に期待感を抱かせるようにした。メディアを利用して国民の目をくらませたかつての小泉政権とよく似ている。

しかしいくら会議を開いても、日本経済が安倍政権の思惑通りになるかと言えば、それは全くの未知数である。特に成長戦略の具体論は全く見えず、国民はどうなるか分からない事に期待を抱かされ、小泉時代にあれほど批判されたメディアは再び同じような役割を演じさせられている。

ただ景気の「気」は気持ちの「気」であるから、このパフォーマンスが景気回復に寄与する事もある。それを見込んで安倍政権は一生懸命メディアを利用したパフォーマンスを繰り広げているのかもしれない。アメリカや欧州の経済が持ち直してきたことから円安・株高が進行していることも安倍政権にとっては幸運だった。しかしこれは何の実態も伴わない一過性の現象であるかもしれないのである。

前にも書いたが小泉政権は景気を回復させ株価を上昇させた。しかしその裏側では格差社会が拡大した。大企業や大企業を抱えた都市部は潤ったが、中小企業や地方は痛みに悲鳴を上げた。その潤った大企業もグローバル競争の中では、競争に打ち勝つために内部留保をどんどん増やし、儲けを賃金の上昇や雇用の増加に向けることはなかった。しかも雇用されたとしても規制緩和によって劣悪な条件が待ち受け、今では非正常な雇用が巷にあふれているのである。

日本経済が直面している大問題はデフレからの脱却ではない。それよりも経済を活性化させるための中間層の創出や、労働力人口が減少していく少子高齢化社会に備える方策を考える事で、それこそが日本に本当の「強い経済」を創り出す。安倍政権は経済の現象面に目を奪われ、国家の歴史的課題に目を向けていない。

冷戦に勝利して自らの資本主義を過信するようになったアメリカは、それを「正義」と信じ、自らと同じルールを世界に波及させる作業に乗り出した。それがグローバリズムである。移民の流入により賃金が上昇しないメカニズムを持つアメリカは、「春闘」で定期的に賃金を引き上げる日本とはまるで仕組みが違う。

彼らは賃金を上昇させなくとも物価が下がれば良いと考える。商品は最も安い国から輸入する。冷戦時代には世界市場に参入する機会のなかった途上国をアメリカは市場に引き入れ、低賃金国で作られた商品が世界に出回るようになった。それとの競争がデフレ経済をもたらす。

その一方でアメリカの金融資本は規制緩和を追求した挙句に破たんした。それが欧州に飛び火すると世界の金融資本は欧州の国々の財政破綻を投機の対象にする。それが欧州の信用不安を招いた。貯蓄もなく実体経済の脆弱な国はファンドマネーによって破たんさせられる。そのマネーが今やフランスと日本を破たんさせる事で利益を上げようとしていると言われる。

そうした状況下で火元のアメリカでは、オバマ大統領が格差社会を否定し中間層の創出に意欲を示す二期目の就任演説を行った。アメリカ型競争社会とは異なる「価値観」のアメリカを創り出そうとする意欲が感じられ、冷戦後を模索するアメリカの歴史が動きつつあると私は思った。

それに比べるとデフレからの脱却を掲げる「アベノミクス」は参議院選挙まで期待感を持続させるためのただのパフォーマンスに見える。「3本の矢」の成果を国民が実感するのは参議院選挙の後になり、それがまた国民に悲鳴を上げさせることになってもその後の3年間は選挙の洗礼を受けずに済むからである。

それが日本の歴史にどう作用するかなど考えていないようで、パフォーマンスのてんこ盛りにはうんざりさせられる。もっともパフォーマンスに全力を挙げるのは自分のやろうとしている事に自信が持てないからなのかもしれない。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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