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大苦戦のW杯予選。日本代表はなぜ来春のホーム戦を国立競技場ではなく「埼スタ」で戦うのか

杉山茂樹スポーツライター
(写真:杉山茂樹)

 W杯アジア最終予選のB組で現在4位。大苦戦を強いられている日本代表だが、来年1月から3月にかけて行われるホーム戦3試合(中国戦、サウジアラビア戦、ベトナム戦)の試合会場は未定となっていた。これまで使用してきた埼玉スタジアムが芝の張り替えのために使用できない期間と、重なったことがその理由になる。  

 それが一転、従来通り埼玉スタジアムで開催されることになった。サッカー協会の田嶋幸三会長が、同スタジアムでの開催を希望する要望書を埼玉県に提出。協議した結果、工事の開始は、芝の張り替え費用を協会側が半額負担することを条件に、1年先延ばしされることになった。

 話は丸く収まったかに見える。だが、田嶋会長はなぜそこまで埼玉にこだわるのか。埼玉スタジアムが2002年日韓共催W杯開催のために建てられる以前に、予選の舞台として稼働してきたのは国立競技場だった。2002年W杯では、東京都が開催都市に立候補しなかったために会場にならなかったが、それこそが同大会、最大の問題だった。開催国の首都が会場にならなかった例は、長いW杯の歴史において、1974年西ドイツ大会のボン(人口約30万の小都市)に限られるのである。

 2002年大会は、予選免除の開催国枠で出場したため、国立競技場で予選が行われたのは、正確には1998年フランスW杯予選以前となるが、日本を代表するナショナルスタジアムが新装なったいま、発想を当時にリセットすることが正統性に富む選択だと考える。 

写真:アフロスポーツ

 埼玉と言っても、その郊外に位置する埼玉スタジアムと、国立競技場とでは、何といっても立地、アクセスに雲泥の差がある。東京のド真ん中。明治神宮外苑という厳かなロケーションも国立競技場のセールスポイントだ。代表戦というメジャーで大真面目な戦いには、こちらの舞台の方が断然、相応しい。なぜ田嶋会長は、国立競技場ではなくて埼玉を好むのか。説明が欲しいものだ。

 埼玉は球技場。国立は総合競技場。サッカーを観戦しやすいのは前者だ。トラックのない球技場である。埼玉は他の競技の会場になったことがないはずなので、サッカー専用と称しても過言ではない。折しも先日、国立競技場は今後、球技場ではなく総合競技場として活用されることが決まったばかりだ。その結果、トラックを残したまま存在することになった国立競技場は、サッカー専用の埼玉スタジアムに適性で劣る。だがここで問われている本質は、サッカー専用かトラック付きかではない。見やすいか否か。眺望だ。スタンドの傾斜角、つまり視角の鋭さである。

 トラック付きに対して、サッカー専用スタジアムの優位性を語る時、いの一番に語られがちなのは、スタンドからピッチまでの距離。サッカー専用は近いから見やすいという話になりがちだ。

 だがサッカーのゲーム性、競技性の魅力は、俯瞰でこそ浮き彫りになる。特等席は視角のキツいスタンドの上階だ。ピッチ脇で堪能できるのは迫力、スピード、激しいアクション等々の臨場感。サッカーよりラグビーに適した観戦ポジションと言える。いくらピッチが近くても、視角が緩ければ、サッカー的には眺望良好とはならないのである。

写真:森田直樹/アフロスポーツ

 埼玉スタジアムは1階席の傾斜が緩すぎる。ここならば、国立競技場の2階席、3階席の方が眺望は優れている。埼玉スタジアムの2階席も同様。欧州のスタジアムに比べると物足りなさを覚える。1階席の傾斜が緩い影響で、ピッチから離れている。国立競技場の上階席に劣ると言わざるを得ない。

 ちなみに国立競技場の問題を挙げるならば、3層式の1階席にある。ピッチから離れている上に傾斜角が20度しかない。サッカー観戦には不向きな場所と言うべきだろう。

 国立競技場は当初、60000万席のスタンドで五輪を開催し、終了後、80000人収容の球技場にスタンドを増設する計画だった。現在の1階席の最前列からトラックの4コースあたりまでに、約20000席を設けようとしたわけだが、もしその案が実現していたら、そこはサッカーファンには絶対にオススメできない観戦ポイントになっていた。

 20度しかない現在の1階席のその先に、さらに視角の緩いシートが20000席分も広がるスタンド。そうした場所で、サッカーは見たくないのである。ベルリン五輪スタジアムがそうであったように、ピッチを深々と掘り下げて視角のキツいスタンドを下方向に増設できるならともかく、そうでなければ、球技場に改装せず、トラック付きの現状でいる方がむしろいい。総合競技場から球技場への変身を断念したとのニュースを耳にしても、筆者が特段、落胆することはなかった。

 16500人収容する国立競技場2階席部分の傾斜角は29度。28000人収容の3階席は34度だ。急勾配か否かの分かれ目は35度とされる中で、国立競技場はトラック付きとはいえ、サッカー観戦にそれなりに適した、及第点がつけられるスタジアムとだ言える。

(写真:杉山茂樹)
(写真:杉山茂樹)

 それに明治神宮外苑という周辺のロケーションが加わる。「サッカーの聖地」とは、旧国立競技場が取り壊されるとき、多くのメディアがこぞって掻き立てたフレーズになるが、それが最も実感できる瞬間が、元日に行われた天皇杯決勝だった。あたり一帯に立ちこめる、神宮の杜の清々しい空気感と、正月独得の厳かな空気感が、天皇杯決勝という舞台に計り知れぬ付加価値を提供していた。

 ちなみに今年度の天皇杯決勝は12月19日、国立競技場で行われる。元日開催ではない。天皇杯の日程には、様々な意見があるが、スタジアムを主役として考えれば、決勝は元日開催が相応しいと考える。聖地と呼ぶに相応しい正統性が実感できるタイミングとして、元日は12月19日に大きく勝る。

 代表戦しかり。国立競技場で行われるW杯予選には、埼玉スタジアムでは拝めない、まさに日本的なホームとしての魅力がある。田嶋会長が埼玉になぜこだわるのか。国立競技場を舞台に行った方が、プラスアルファの風が吹くとは考えないのだろうか。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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