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あったね、そんな店。できては潰れるハリウッドセレブのレストラン

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジャスティン・ティンバーレイクも妻ジェシカ・ビールも、それぞれに店を潰した(写真:Shutterstock/アフロ)

 懐かしのリストに、またひとつ名前が加わった。いや、ここに入ることは、決して名誉ではない。潰れてしまったハリウッドセレブのレストランのリストで、新入りは、ジェシカ・ビールのAu Fudgeだ。

 ビールがウエストハリウッドの一等地にこの店をオープンしたのは、2016年のこと。ジャスティン・ティンバーレイクとの間に長男を授かり、セレブママになった彼女が打ち出したコンセプトは、言ってみれば妥協のない子供歓迎レストラン。ピラティスで鍛えた体をおしゃれな服に包んだママたちが、シャンペンとオーガニックサラダのランチを楽しむ間、子供たちは別の部屋で遊ばせておける。メニューもファミレスのそれとはほど遠く、キャビアを添えたエッグホワイトのオムレツなどもあり、インテリアも素敵だ。店は広く、入ってすぐのところにはラテやマフィンをテイクアウトできたり、選び抜かれた食品やおもちゃが並んだりするコーナー、そのちょっと奥にはバーがあって、1日を通して利用できるようになっていた。

 グランドオープンの時はあちこちのメディアに取り上げられたが、話題は必ずしも継続的な売り上げにつながらなかったようだ。近くを通りかかっても、あまり混んでいるようには見られなかったし、昨年は、給料やチップの未払いなどをめぐって、元従業員から訴訟を起こされてもいる。ビールは最近、アメリカのメディアに対し、レストラン経営は思った以上に難しいとこぼしていたが、彼女の夫もまた、もはや潰れているDestinoや、今もまだあるSouthern Hospitalityというレストランをオープンした経験があるのだから、わかっていなかったことではないはずだ。

ジェシカ・ビールのAu Fudgeのドアには、このような「閉店のご挨拶」レターが貼られている(筆者撮影)
ジェシカ・ビールのAu Fudgeのドアには、このような「閉店のご挨拶」レターが貼られている(筆者撮影)

 実際、ハリウッドセレブのレストランの“死亡率”は、きわめて高い。いや、その言い方は、フェアではないだろう。誰が経営しているかに関係なく、レストランの人気を長年保ち続けることは、非常に難しいのである。アメリカで最も尊敬されるシェフのひとりであるトーマス・ケラーですら、昨年末、ビバリーヒルズのBouchonをクローズしているのだ。

 それでもハリウッドセレブはレストランビジネスに乗り出し続ける。自分ならば人は来ると思うのか。本業で儲かっているし、コネですぐ投資家もついて、失敗しても痛くないからか。恥をかくのは嫌いなはずの人たちを魅了する何かが、レストラン業にはあるようである。

アーティストにとっては自己表現なのか

 役者は、自分ではない別の人になりきるのが仕事。若手演技派ナンバーワンのダコタ・ファニングは、だからレッドカーペットで自分らしいファッションを見せることにこだわるのだと言った。

 レストランも、ある意味、その延長なのかもしれない。Au Fudgeはまさに、「子供を生んだからと言ってダサい女にはならないわ」というビールの主張が見える店だった。プエルトリコ系のジェニファー・ロペスがL.A.のパサデナ地区にオープンしたMadre’sは中南米系の料理を出す店だったし、テキサス生まれでメキシコ系のエヴァ・ロンゴリアがL.A.とラスベガスに出したBesoも、彼女にとっての懐かしの味に洗練を加え、おしゃれな空間で提供しようというものだった(それらはすべて潰れている)。ルイジアナ育ちのブリトニー・スピアーズが出し、1年もしないうちに潰れたNYLAも、ルイジアナ料理の店である。

ジェシカ・ビールのレストランは、洗練されたメニューとインテリアを誇る、「ママになったからといって妥協はしないのよ」と主張するような店だった(筆者撮影)
ジェシカ・ビールのレストランは、洗練されたメニューとインテリアを誇る、「ママになったからといって妥協はしないのよ」と主張するような店だった(筆者撮影)

 一方、大型予算をかけたSF映画で世界中の観客を魅了したスティーブン・スピルバーグは、90年代に、潜水艦を模した、まるでテーマパークのようなDive!を、L.A.のモールの一番目立つ場所にオープンしている。しかし、ヒットメーカーの彼ですら、これは5年以上持たせることができなかった。

 スカーレット・ヨハンソンが2番目の夫ロマン・ドリアックとパリにオープンしたYummy Popも、彼女のアメリカ人としてのアイデンティティ表現だったと言える。そもそも、きっかけは、ふたりが交際を始めてまもない頃、ヨハンソンがフレーバー付きポップコーンを買ってきて、フランス人のドリアックが「そんなものがあるのか」と驚いたことだったのだ。きわめてアメリカンなものを彼の故郷であるパリの人たちに提供するのは、国境と文化を超えた愛を象徴するという意味もあったかと思われる。ヨハンソンは、この店を世界中に展開する野望も持っていたが、離婚した今、それをやる意味は失われてしまったかもしれない(ただし、このパリの店は、まだ営業を続けているようである)。

“今どきの若者”らしいセンスであらゆるビジネスに挑戦したアシュトン・カッチャーも、彼らしさにあふれるレストランをいくつか出した。暗い照明のトレンディなイタリアンDolce Enotecaや、カジュアルなアメリカンのKetchup、ナイトクラブ風の寿司屋Geisha Houseだ。しかし、“今どきの若者”は次々入れ替わるもの。これらの店は、もうどれもL.A.に存在しない。

店を持つならL.A.以外がいい?

 出店地にL.A.を選ぶのは、L.A.に住んでいるセレブにとって、自然な選択だ。友達を連れて行って見せびらかせるし、理屈上は、品質管理の目も届くからである。だが、これにはネックも多い。

 家賃が高いのは、そのひとつ。次に、L.A.の人はセレブを見慣れている。映画やテレビ関係者で、日頃から有名人に接している人々は、セレブと聞いて飛びついたりしないのだ。ほかの街に住む友人がL.A.を訪ねてきた時に「行きたい」と言われて行き、セレブの店のイメージがさらに落ちたりもする。アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリス、シルベスタ・スタローンらがチームを組んだPlanet Hollywoodの1号店の料理は、よくもこんなものをビバリーヒルズのど真ん中で出せるものだと呆れるひどさだった。スピルバーグのDive!も、料理へのこだわりはゼロだったと言っていい。彼らが日頃からスタジオやプロデューサーの金で最高の店に行っていることを知っているだけに、L.A.の人間はしらけてしまうのである。レストラン業を副業以下くらいにしか考えていないセレブ本人は、そんなことにも気づかないのだ。

 その意味で、L.A.以外の、自分を応援してくれる馴染みの土地で、普通の人が日常的に行けるような店を出すのは、良いアイデアかもしれない。マーク・ウォルバーグと、彼の兄ポール、ドニーは、ハンバーガー店ウォルバーガーズを、2011年、まず実家近くのマサチューセッツ州にオープンしている。その後、トロント、ニューヨーク、フロリダなどにも出店したが、L.A.店をデビューさせたのは、今年になってからだ。グルメバーガーのブームが頂点に達した感がある今、このL.A.店が果たしてどう勝負するか、気になるところである。

 サンドラ・ブロックも、彼女が住むテキサス州オースティンに、1969年からある老舗カフェWalton's Fancy & Stapleを買収した。朝食とランチだけのカジュアルな店だったが、昨年からはディナーも始めたようである。彼女がその前にオースティンに出したビストロは潰れており、今度は普通の人たちが愛してきた店を引き継ぐという形での再挑戦だ。

 クリント・イーストウッドが20年以上オーナーを務めてきたパブHog’s Breathも、彼のゆかりの地カーメルにある。彼はこのパブを1999年に売却したが、店は今も経営を続けている。

陰のプレイヤーに徹して成功したロバート・デ・ニーロ

 そんな中で、ロバート・デ・ニーロは、Nobu、Tribeca Grill、Locanda Verde、Agoなど、L.A.やニューヨークに複数の店を出しては成功を続けてきている珍しいセレブである。彼の店が違うのは、それらが「デ・ニーロの店」で知られてきているわけではないところだろう。Nobuは、その前からL.A.のラシエネガ通りにあるMatsuhisaに常連として通い続けたデ・ニーロが、オーナーシェフの松久信幸を熱心に説き伏せて実現させたプロジェクトで、あくまで「ノブ・マツヒサの店」だ。人は、松久氏の味が目当てで店に来る。Agoも、店の名前はシェフのアゴスティーノ・シアンドリから来ているし、投資家にはリドリー・スコットやクリストファー・ウォーケンなども含まれ、その意味でも「デ・ニーロの店」ではない(ハーベイ&ボブ・ワインスタインもパートナーだが、セクハラ騒動の後どうなったかはわからない)。

 つまり、本業で表に立つデ・ニーロは、この副業で裏方に徹しているのだ。スクリーンではいろいろな人物になってみせ、レストラン業では言ってみればプロデューサーになるのが、彼なのである。実力ある人を見抜き、その人を支え、まめに品質管理を怠らないのが、プロデューサーの任務。デ・ニーロはそれをやり続けてきているのだ。

 彼はなぜそれをやるのだろう。本業で十分有名になっているから、もう目立つ必要は感じないのか。それとも、毎回違う人になるのが好きな彼は、陰のプレイヤーという顔になることもまた楽しむのか。それとも、ただ本当においしい料理、優れたレストランを愛するからなのか。次に会った時には、ぜひ聞いてみたい。答がどうあれ、この人が次に開ける店も、きっと長く続きそうである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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