(前編)単一市場、関税同盟ーー英国政府とEUは何をなぜ合意して、何が拒絶されたのか
英国とEUの交渉状況
まずは、英国と欧州連合(EU)で起きていることの概略からお話する。
もし英国の理想を言うならば、「英国に自由に人がやってくるのは阻止したい。もう東欧からやってくる派遣労働者も移民もうんざりだ」「それに、ブリュッセルで物事を決められてしまうのも嫌だ。英国のことは、われわれ英国人だけで決めたい」「でも、欧州連合(EU)がもたらす経済のうまみは維持したい。EUの単一市場には残りたい。単一パスポートは維持したい」であっただろう。
でも、そんなことをEUが許すわけがない。英国をのぞく全加盟国一致で「そのような良いとこ取りは許さない」と決めているのであった。EU創立の理念に関わるので、絶対に譲らなかった。あれほど極右政権がどうこうと騒いでいても、この点は27カ国で一致しているのだった。EUを抜けたいと思っている国など一つもないという、良い証拠だろう。
浮上した大問題が、英領北アイルランドの国境問題である。
昨年2017年12月の時点で、英国もEUも「バックストップ(防御策・安全策)」が必要だと合意している。
先に提案したのは、EU側だった。「北アイルランドだけEUの単一市場(の大半)と関税同盟に残す。そうすれば、アイルランド島を2つに分ける厳しい国境管理が復活することはない」という案だった。
しかしこれは、英国側にとっては、アイルランド島とブリテン島を分断してしまうような措置だった。北アイルランドは英国の領地なのに。
そこでメイ首相は、「北アイルランドが単一市場(の一部)と関税同盟に残る案を受け入れるかわりに、英国全体を関税同盟に残す」と提案。両者は合意したのであった。(関税同盟とは、正確には「単一関税区域」である)
この案は結局、英国議会(下院)で大差で否決されてしまった。しかし今も議会は紛糾している。あちこちから、この同意案を元にした修正案が出ているからだ。党の枠を超えて、議員たちはグループをつくって働きかけている。下院議長がどの案を選択して採決にかけるか決める。
いったいこれはどういう案だったのか。関税同盟とは何か、単一市場とは何か、何がこれらの問題の争点なのか。
まず、関税同盟とは何か
関税とは、輸入品(物)に対して通関時に徴収される税のことだ。関税の目的は2つあり、財政収入のため、そして国内産業の保護や育成のためである。
関税同盟というのは、同盟国の間では関税がないこと。第三国(同盟国ではない国々)に対しては、一致して同一の関税をかけることである。
つまり、同盟国は共通の関税政策をもつことになるので、ある国だけが勝手に第三国と貿易協定を交渉することはできない。同盟国が集まって話し合い、一つの経済政策を築く必要がある。
現在の欧州の関税同盟は1968年に設立された。昨年2018年に50週年を祝ったところである。
第三国が払った関税は、EU加盟国のものとはならない。EUのものになる。例えば日本の企業がイタリアに何かを輸出して関税を払う。それはイタリアの国庫には入らないで、EUに渡される。現在、EU予算のうち14%がこの関税収入である。加盟国に頼らない「EU固有の収入源」と呼ばれる。
有名なドイツ関税同盟
歴史的に見て、関税同盟をつくったのはEUが最初ではない。
有名なものに、1834年の「ドイツ関税同盟」がある。プロイセン王国(宰相ビスマルク)の主導によって生まれたものだ。
1815年、ウイーン体制によって神聖ローマ帝国は消滅し、そのかわりに生まれたのが「ドイツ連邦」であった。神聖ローマ帝国と同じく、35の主権国家(領邦)と、4つの自由都市から成っていた。当時はオーストリア帝国が盟主であったが、この「ドイツ関税同盟」の誕生からプロイセン王国が力を強めるようになり、同国主導のドイツ統一につながっていった。
他にも、1948年の「ベネルクス関税同盟」がある。ベルギー・オランダ(ネーデルランド)・ルクセンブルクの3国が結んだものだ。その後の欧州経済共同体(EEC)や欧州共同体(EC)、ひいては現在のEUの起源の一つとなった。
このように、関税同盟とは地域の結びつきを強固なものにして、次のさらなる統合へと進めさせる傾向がある。
単一市場とは何か
単一市場とは、関税同盟の進化型と言える。
単一市場とは、「物、人、資本、サービス」が自由に制限なく移動できて、貿易に対する関税や割当などを廃している市場である。
この4つは不可欠で、どれか一つでも欠けたら単一市場とは呼ばない。このような市場を実現しているのは、世界広しと言えど、EUだけと言っていいだろう(単一市場は、域内市場とも呼ばれる)。
EU加盟国内であれば、まるで一つの国の県を移動するかのごとく、「物、人、サービス、資本」の自由な移動が可能なのだ。
EUというのは、関税同盟であり、かつ単一市場なのだ。
単一市場は、ジャック・ドロール委員長の時代に創設が決定された。「欧州単一議定書」といって1986年調印、87年に発効した。当時はベルリンの壁崩壊の前であり、欧州諸共同体の時代だった。この議定書で単一市場は1992年までに成立させると定められた。単一市場が誕生したのは1993年1月1日、冷戦が終了した後になった。
単一市場構築の難しさ
単一市場を実現するには数多くの困難が生じる。なぜなら、国によって法律やルールが違うことがたくさんあるからだ。
まず「物」。「物」の単一市場に関しては、1992年にはおおむね実現していたと言われる。
しかし、まだまだ問題はある。真っ先に挙げたい例に「付加価値税」の問題がある。英語ではVATというが、要するに消費税のことだ。
EU域内では関税は廃止されているが、消費税の支払いはしなくてはならない。ところが、税率もシステムも加盟国によって異なるのだ。欧州委員会は統一しようと努力しているのだが、なにせ税収=お金に関わることなので、加盟国はEUに主権を譲ろうとはしない。
これは、EUと経済協定を結んだ日本人にも他人事ではない。例えば「日本製の商品をEUで売ろうとしている日本の商社がある。事務所はフランスにある。倉庫は、スペインの倉庫会社に委託してスペインにあるが、オランダで売る」場合はどうなるのか。製品自体は国境など存在しないがごとく、スペインの倉庫を出て、フランスとベルギーを通過してオランダまで輸送されるものの、誰がどの国で消費税を払うのか。
筆者は以前、日本のベルギー大使館で行われた日EU経済協定に関するセミナーで、VAT専門家の講演を聞いたことがある。よくわかったのは「複雑すぎて専門家なしではやっていけない」であった。
ちなみに、ブレグジット交渉でも、消費税問題は主要な問題の一つであった。
次に「人」。「人の移動は自由」という。EU市民なら、EU域内のどこに住もうと働こうと自由である。
住んでいる国では、EU市民は住んでいる街の地方選挙と欧州議会選挙に投票すらできる(国政選挙はできない)。しかし、例えば健康保険はどうなるのか。国民保険制度は、国によって異なり、各国によって運営されている。
現在EU内の場合、2年以内ならば「短期」とみなされ、EU保険証を使うことができる。申込みはとても簡単だ。自分の国の国保に「EU保険証をください」と伝えるだけだ。このカードで、滞在国の決まりに沿った治療を受けられて、自国の国保が払い戻してくれる。
この制度のおかげで、EU域内の仕事、留学、バカンスのための滞在は格段にやりやすくなった。
これは、EU内派遣労働者(東欧から西欧への出稼ぎ労働者)にも適用されている。東と西の経済格差は、今でも数々の問題を引き起こしている。一つずつ問題を解決している最中だ。(例えば英国では、ポーランドからやってきた労働者の、子ども手当が問題になった)。
もちろん、正社員など、長く腰を据えて働くのなら、自国の国保を抜けて滞在国の国保に切り替えることも可能であるが、より面倒な手続きとなる。
ちなみに、国保と国籍とは関係ない。筆者はフランスで合法に滞在して働いていて、フランスの国保に入っているので、EU保険証をもって別のEU加盟国に滞在したことがある(日本でも同じで、日本に合法に滞在して働いている人は、日本の国保に入っている)。
そして「資本」。
金融業には、欧州単一パスポートというものがある。これは、EU域内の一つの国で免許を取得した金融機関は、他の加盟国でも同じ免許で営業できる制度である。国ごとにいちいち許可をとらなくて良いのだ。銀行だけではなく、保険業や投資運用業にも適用される。
しかし、実際には四半世紀過ぎた今でも、問題がたくさん残っている。物よりも資本のほうが一層やっかいなのだ。
(サービスに関しては、多様なので省略する)
「単一市場とは、国境がないかのように、物、人、サービス、資本の4つが移動できること」だが、この理念を実現するのは、本当に大変である。常に国家主権とのせめぎあいで、常に全加盟国が集まって顔を合わせて合意を取り付ける必要がある。
非関税障壁とは何か
単一市場では、関税以上にもっと、いわゆる「非関税障壁」をなくそうとする努力が必要なのだ。
非関税障壁とは、その名のごとく、関税以外で貿易の妨げになるようなものだ。
例えば、安全基準、規格基準、パッケージ基準などの規則が国ごとに違えば、貿易はやりにくくて仕方ない。10カ国全て基準が異なれば、基準に合わせた商品を10種類作らなくてははいけなくなるからだ。
だから、EU域内では、同じ規則や規制を適用する必要がある。あるいは相互承認が必要になる(例えば、お宅の国は10グラム、我が国は15グラムだけど、お互い良いと認めましょうということ)。食品から化学物質の使用まで、あらゆる産業や製品を網羅する、加盟国共通のルールがある。スムーズな単一市場を実現するのに必要なのだ。
物だけではない。人も同じだ。労働時間から健康と安全の基準に至るまで、共通化する必要がある。これなくしては、平等な競争条件とならないからだ。
今はまだでこぼこの道を、一つひとつならしている作業の最中だと言える。
単一市場に入っているが、関税同盟に入っていない。
さて、いよいよここから英国の話である。
よくブレグジットで「ノルウェー型離脱」と言われたものだ。今もまだこれを議題に出す英国の議員はいる。良く言われた「ソフト・ブレグジット」とは、ノルウェー型と言ってもいい。
これはどういう意味なのか。ノルウェーは、EUの「単一市場」には入っているが「関税同盟」には入っていないのだ。アイスランドやリヒテンシュタインも同様である。
EU加盟国 + ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインで構成している組織を「欧州経済領域」(EEA)という。(ちなみにスイスは単一市場の全体ではなくて一部に入っている)。
つまりノルウェー型離脱とは「EUの単一市場には入るが、関税同盟には入らない」ことを意味する。
これは一体、どういうことになるのか。ノルウェーの例は、EUの単一市場や関税同盟を理解する大きな手がかりになるし、なぜソフト・ブレグジットが挫折したのかの理由にもなるので、説明したい。