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「世界のベストレストラン50」が生み出した フーディー(ズ)というトレンド

寺田直子トラベルジャーナリスト 寺田直子
マカオで開催「アジアのベストレストラン50」にはトップシェフが一堂に/筆者撮影

「世界のベストレストラン50」というランキングがある。主催元は英国のWilliam Reed Business Media(以後、ウィリアム・リード社)。『レストラン』という専門誌を発行するメディア&マーケティング企業だ。歴史は古く1862年、創業者のウィリアム・リードにより食品業界の顧客、関係者向けの週刊誌『Grocer(グローサー)』誌を創刊。現在も5代目によるファミリー企業であり、一貫して食品およびレストランなど「食」に特化した情報発信、マーケティング、ポートフォリオなどを行っている。

そのウィリアム・リード社が2002年からスタートさせたのが「The World's 50 Best Restaurants(以後「世界のベストレストラン50」)」だ。世界中のレストランのランキングを行うもので、毎年開催される。ランキングを決めるのは世界各国にいる食評論家、シェフ、ジャーナリストなど計1040人(非公開となっている)。現在は世界のレストランをランキングするだけでなく、「アジアのベストレストラン50」、「ラテンアメリカのベストレストラン50」などエリア分けしたランキングも派生している。ランキング上位には若手シェフによる今までにない斬新な食材の組み合わせや調理法、遊び心あるプレゼンテーションといったものを得意とするユニークなレストランが少なくない。そのため好みはわかれるところだが、世界の食のトレンドを知るうえではチェックしておきたいランキングだといえる。

海外旅行での楽しみのひとつが食事。ミシュランを筆頭にガイド本や食ブログなど情報収集は欠かせない/筆者撮影
海外旅行での楽しみのひとつが食事。ミシュランを筆頭にガイド本や食ブログなど情報収集は欠かせない/筆者撮影

レストランのランキングといえばミシュランが有名だが、もとはといえばタイヤ会社であるミシュラン社がフランス国内を車でまわる顧客のために発行したもの。最高の「三ツ星」を獲得することはシェフやレストランオーナーの悲願であり、食通のゲストたちが星を獲った店を目当てにパリを筆頭にしてフランス各地を訪れるといった美食ムーブメントを築いてきた。「世界のベストレストラン50」の場合もそれは顕著で特にナンバー1を獲得したレストランや上位に入ったレストランに予約が殺到、新しいビジネスの潮流を作っている。たとえば革新的な料理法で一躍名をはせたスペインの「エル・ブリ」(すでに閉店)は5回、その「エル・ブリ」にいたシェフによるコペンハーゲンの「ノーマ」は4回、ナンバー1を獲得しいずれも「世界で最も予約の取れないレストラン」として話題になった。

レストランのみならずナイトライフなど世界中を飛び回るフーディー(ズ)がトレンドを生み出す/筆者撮影
レストランのみならずナイトライフなど世界中を飛び回るフーディー(ズ)がトレンドを生み出す/筆者撮影

そんな「世界のベストレストラン50」がレストラン業界だけでなく観光業界にも少なからず影響を与えてきている。ランキングされたレストランへ行くために旅をするいわゆる「食べることが大好き」な層が存在感を増してきているのだ。特にミレニアル世代と呼ばれる30~40代を中心とした消費に積極的な層がそれにあたる。最近はこういった層を「フーディー」あるいは複数形で「フーディーズ」と呼ぶ。フーディー(ズ)という言葉は1980年代あたりから使われているがここにきて知名度も出始め、日本の雑誌やグルメサイトなどでも目にするようになってきた。

筆者の知り合いの若きフーディー氏もシンガポールや香港、上海、スペインなどレストランの予約にあわせて日程を組み立ててはひんぱんに世界中を飛び回っている。ほかの知り合いともなれば「ベストレストラン50」未満だがこれから話題になりそうないきおいあるレストランの開拓に精力的に励んでいる。彼らに共通するのは「観光」にはほぼ興味がないこと。ホテルも手頃なものを選び、飛行機もLCC(格安航空会社)で構わない。交通費を抑えその分を食事代にまわす徹底ぶりだ。そして現地で収集した情報はまたたくまにラインやフェイスブックなどクローズドなコミュニティ内でフーディーズ仲間へと拡散されていく。予約困難なレストラン群をゲーム感覚のようにひとつずつ制覇していくことに大いなる魅力を抱き、世界トップクラスのシェフによる料理を五感で味わい尽くすことに全力を傾ける。食べることそのものが彼らの旅する理由なのだ。

2019年「アジアのベストレストラン50」で1位となったのがシンガポールのモダンフレンチ「Odette(オデット)」。オーナーシェフのジュリアン・ロワイエ氏は36歳。最も勢いのある若手だ/筆者撮影
2019年「アジアのベストレストラン50」で1位となったのがシンガポールのモダンフレンチ「Odette(オデット)」。オーナーシェフのジュリアン・ロワイエ氏は36歳。最も勢いのある若手だ/筆者撮影

そのフーディーズが注目する「ベストレストラン50」のアジア版「アジアのベストレストラン50」2019年のランキング発表が3月に行われた。場所はマカオの最高級ホテル「ウィン・パレス」。シェフたちをはじめジャーナリスト、各国の「ベストレストラン50」にかかわる評議委員長などが参加。1位はシンガポールの「オデット」が選ばれた。昨年5位、一昨年は初登場ながら9位にランクされ今、アジアで最もいきおいのあるレストランとして名実を高めた結果となった。

アジア版はまた日本のレストランが多数上位にランクインされるため日本での注目度も高い。今年は日本のレストランが50位中12軒ランクインされ注目を浴びた。どのレストランも日本を代表する高い評価を得る店ばかりでその多くはミシュランの星も獲得している。今年新しくランキングされた店もあり、海外フーディー(ズ)たちがさらに日本への熱い視線を投げかけることは間違いない。また、アジア全体でも続々と若手シェフたちが台頭し新しいレストランが登場している。日本の評議委員長をつとめる食評論家でありコラムニストの中村孝則氏も「アジアのシェフやレストランの多様性がますます際立ってきて非常におもしろくなっています」と語ってくれた。

ランキング発表前のパーティはシェフや関係者、メディアの交流の場でもある/筆者撮影
ランキング発表前のパーティはシェフや関係者、メディアの交流の場でもある/筆者撮影

マカオで表彰式やその前のウェルカムパーティなどを見ていて実感するのはシェフ同士の連帯感だ。年齢が近いというのもあるだろうが、料理を極めるというプロ同士のリスペクトにあふれている。情報を共有し、つながろうとするミレニアル世代の特徴も見える。自然環境やフードロス(食料廃棄)など社会的な問題提起への意識も高く協同でビジネスを超えたボランティアやプロジェクトにかかわっている。そういったシェフたちを支持するのもまたミレニアル世代のフーディー(ズ)というのもうなずける。普段は忙しくて会えないシェフ同士の交流の場となり、出会いを生み出した「世界のベストレストラン50」の貢献は大きい。

そして2019年6月25日、「世界のベストレストラン50」のランキングがシンガポールで発表される。昨年の1位はイタリア・モデナの「オステリア・フランチェスカーナ」。ミシュラン三ツ星、イタリア版ミシュランといわれる「ガンベロ・ロッソ」最高の3本フォークを獲得するイタリア料理界至高と評価される名店だ。オーナーシェフのマッシモ・ボットゥーラ氏は最高品質の革新的な料理を生み出すだけでなくフードロス問題にも積極的に取り組み、世界のシェフたちから尊敬される逸材。もちろんここも「世界で最も予約の取れない」レストランのひとつである。発表はオンラインでライブ中継される予定なので興味があれば観ていただきたい。通常、発表は夜20時前後から行われる。シンガポールとの時差は東京がプラス1時間なのでムリがない。

ポップアップ「ノーマ東京」で騒然となったアリを使った料理。アリの持つ酸味が柑橘類の芳香を感じさせるという/筆者撮影
ポップアップ「ノーマ東京」で騒然となったアリを使った料理。アリの持つ酸味が柑橘類の芳香を感じさせるという/筆者撮影

「世界のベストレストラン50」から派生した最近の食のトレンドとして「ポップアップ」と「コラボレーション」がある。

「ポップアップ」は期間限定で営業する形態でこれを新しいフードビジネスにしたのが前述の「世界のベストレストラン50」で4回1位になった「ノーマ」のシェフ、レネ・レゼピ氏。2015年、マンダリンオリエンタル東京を舞台に約5週間だけの限定「ノーマ東京」をオープン。期間中延べ2000席のテーブルのため世界中から予約が殺到、ウェイティングリストは実に6万2000名にのぼった伝説的なイベントとなった。以降、「ノーマ」だけでなく他のレストラン、シェフたちが続々とポップアップのレストランを世界中で展開している。マンダリンオリエンタル東京では今年7月12~15日の4日間限定で2年連続「アジアのベストレストラン50」4位に輝くバンコクのモダンドイツ料理レストラン「ズーリン」のポップアップレストランを開催する。

「オデット」ジュリアンシェフによる東京でのコラボの一品。シンガポールの店のスペシャルメニューでもあるウニをアレンジさせている/筆者撮影
「オデット」ジュリアンシェフによる東京でのコラボの一品。シンガポールの店のスペシャルメニューでもあるウニをアレンジさせている/筆者撮影
予約困難な店もコラボイベントだと比較的スムースに席が取れるのもうれしい/筆者撮影
予約困難な店もコラボイベントだと比較的スムースに席が取れるのもうれしい/筆者撮影

もうひとつの「コラボレーション」は異なったシェフたちがひとつのコースを作り提供するというもの。最近は二人のシェフならば「フォーハンズ(4本の腕)」、三人ならば「シックスハンズ(6本の腕)」と呼ばれることもある。たとえば昨年、インターコンチネンタル東京で2日間のみ開催されたのは同ホテルの日本料理「雲海」と今年ランキング1位になったシンガポール「オデット」とのコラボレーションイベント。今年3月にはザ・リッツ・カールトン東京ミシュラン一つ星のフレンチレストラン「アジュールフォーティーファイブ」で同レストランの宮崎慎太郎料理長と16位にランクインした香港「Ta Vie」のオーナーシェフ佐藤秀明氏を招いての1日だけのコラボを開催。和食とモダンフレンチ、あるいは予約の取れない人気レストランとの異色の組み合わせなどそのとき限りのオリジナルメニューによる美食体験はフーディー(ズ)でなくても興味深い。今後も魅力あるポップアップやコラボイベントが開催されることに期待したい。

旅先であるいは日本で。新しい食体験を極めたい、そう思ったら「世界のベストレストラン50」をひもといてみるといいだろう。ただし早めの予約だけはくれぐれも忘れないように。

トラベルジャーナリスト 寺田直子

観光は究極の六次産業であり、災害・テロなどの復興に欠かせない「平和産業」でもあります。トラベルジャーナリストとして旅歴40年。旅することの意義を柔らかく、ときにストレートに発信。アフターコロナ、インバウンド、民泊など日本を取り巻く観光産業も様変わりする中、最新のリゾート&ホテル情報から地方の観光活性化への気づき、人生を変えうる感動の旅など国内外の旅行事情を独自の視点で発信。現在、伊豆大島で古民家カフェを営みながら執筆活動中。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『東京、なのに島ぐらし』(東海教育研究所)

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