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サスティナブルな旅をけん引するオフグリッド型リゾート「WEAZER西伊豆」

寺田直子トラベルジャーナリスト 寺田直子
客室から駿河湾に沈む夕日をのぞむ(筆者撮影)

西伊豆・土肥の中心部から車で十数分。舟山という静かな集落にたどりつく。そこにオフグリッド型宿泊施設「WEAZER(ウェザー)西伊豆」がある。開業は2022年12月。1棟のみの独立型で正面に駿河湾と周辺の山林をのぞむ贅沢なロケーション。宿泊料金は1泊13万円~。開業から予約も好調だという。人気の背景にはサスティナブルな取り組みを評価し、選択する旅行者のマインドシフトが見え隠れする。

「WEAZER西伊豆」を運営するのは全国で宿泊事業や地方創生を手がける株式会社ARTH(以下ARTH)。代表の高野由之氏は京都大学卒。戦略系コンサルティングファーム、内閣府の地方創生ファンド(REVIC)を経てARTHを創業。ホテル・旅館の投資および運営、古民家再生、歴史的建築物の利活用、地域活性化事業など幅広く手掛け、西伊豆に加え東京、高知県、沖縄県などに所有・運営またはコンサルティングを担う宿泊施設が点在する。その幅広い事業内容のひとつに自然エネルギーを活用したテクノロジー事業があり、それが「WEAZER西伊豆」の取り組みになる。

客室棟に備えられたテスラ社製の大型蓄電池。ゲストの意識を高めるためあえて隠さず目立つ場所に設置されている(筆者撮影)
客室棟に備えられたテスラ社製の大型蓄電池。ゲストの意識を高めるためあえて隠さず目立つ場所に設置されている(筆者撮影)

オフグリッドとは従来の電力・ガス・水道のインフラを一切使用せず、自らまかなう仕組みを指す。「WEAZER西伊豆」は自然エネルギーによって電気と水を自給するシステムを備え、屋根には太陽光発電パネルが設置され、それをテスラ社製の大型蓄電池に貯めこむようになっている。水は雨水を濾過・滅菌したものを活用。トイレの汚水は特殊な浄化装置により汚水として排出しないため環境への負荷もない。建物は工事の最小化を図るためコンテナのようなユニットを基本とし、工場で製造したものを現場へ運び組み立てる。空間レイアウトや断熱材の厚みなども建築する環境にそって微調整することでエネルギー効率の最適化が行われている。さらに最重要な設置場所で100%、水・エネルギーを自給できるかについても気温、日照量、降雨量の蓄積されたデータを分析し、シミュレーションするシステムを保有している(特許取得済)。

既存のエネルギー供給を一切、必要としないということは電線、ガス配管、上下水道などの必要がないということでもある。つまり、この「WEAZER西伊豆」のモデュール(基準)を活用すれば山奥の秘境でも、砂漠の真ん中でも太陽光と雨という自然現象さえあれば、どこでも宿泊施設ができるということだ。

春先に滞在したので夕食に駿河湾産しらすのパスタが登場(筆者撮影)
春先に滞在したので夕食に駿河湾産しらすのパスタが登場(筆者撮影)

「WEAZER西伊豆」はファーストモデルとして宿泊施設およびショールーム的な役割をになっている。ゲストはまず土肥にあるARTHが経営するもうひとつの宿泊施設「LOQUAT(ロクワット)西伊豆」に立ち寄りチェックインを行う。ここはかつて土肥の名家が所有した豪壮な古民家で、蔵を改装した客室のほかにイタリアンレストラン、ジェラートショップを併設。観光客はもちろん地元からも親しまれている。チェックイン後は専任コンシェルジュが運転するEV車で「WEAZER西伊豆」へ向かう。土肥から舟山までは10分ほど。緑豊かな山間の道をゆっくり走り抜けていくと少しずつ日常のストレスから解き放たれるようで気持ちがおだやかになっていく。夕食時には再びコンシェルジュが迎えに来てくれて、「LOQUAT西伊豆」で地産地消のイタリアンを楽しむ趣向。翌朝は好みの時間にコンシェルジュがこれもまたフレッシュな地元産の食材を使った朝食を客室まで運んでくれる。スパークリングワイン、地ビール、静岡茶など厳選されたドリンク類が並ぶミニバーは無料。食事はすべて料金に含まれている。1日1組のみの贅沢な空間はまさにラグジュアリーな体験だ。

テラスには涼やかな水盤とその奥に露天風呂(温泉ではない)。朝、近所の猫が水を飲む姿も。屋根には太陽光発電パネルが配されている。(筆者撮影)
テラスには涼やかな水盤とその奥に露天風呂(温泉ではない)。朝、近所の猫が水を飲む姿も。屋根には太陽光発電パネルが配されている。(筆者撮影)

滞在中、ARTH高野代表にインタビューを行った。印象的だったのは、「WEAZER西伊豆」も含めこれまで手がけてきた古民家再生、歴史的建築物の利活用の施設を「作品」と表現したことだった。

「私たちの事業の根底にあるのは自然や歴史などへのリスペクト。SDGsやサスティナブルという社会課題としてかかわろうというよりも、この豊かな自然の中で海に囲まれ、ポツンと滞在したらどれだけステキだろうというのが初動です。もうひとつの宿泊施設「LOQUAT西伊豆」も土肥の中で最高にすばらしく、存在感のある物件だったから手がけたわけで古民家再生、地方活性化ありきではないんです。ここにきてラグジュアリーの概念も変わってきました。大量消費ではなく、自然がいいよねという価値観そのものが贅沢なことだと。宿泊ゲストや社会通念の意識の変化を感じます。ただ、オフグリッドにすべきだ!とストイックに訴えても万人に受け入れられないでしょうから、バランスを取ることも必要だと思っています。「WEAZER西伊豆」でいえばテラスに水盤や露天風呂があるのですが、サスティナブルな観点であれば「もったいないから不要」。でも、いい意味で俗っぽさや遊び心を残し共存することで最終的に目指す方向に向かうと思っているので全体のバランスを考えながら作っています」

自分たちがいいと思うもの、共有したい体験を実現する。まさにそれは、作品作りの本質だ。

太陽光発電量、電力消費量、蓄電池の残容量、水の使用・貯水タンクの残容量を視覚化。ゲストがどれくらい自分たちが消費したかがわかる。エネルギーが足りないときはEV車からの供給も可能(筆者撮影)
太陽光発電量、電力消費量、蓄電池の残容量、水の使用・貯水タンクの残容量を視覚化。ゲストがどれくらい自分たちが消費したかがわかる。エネルギーが足りないときはEV車からの供給も可能(筆者撮影)

滞在は実に快適だった。シャワーの湯量、トイレ、室内の照明などストレスを感じることはなく、オフグリッドといわれなければまったくわからない。ただ、ARTHはゲストに自分たちが消費するエネルギー、西伊豆の小さな集落に最先端のテクノロジーを駆使した宿があることの意味をやわらかく伝えることも心がけている。たとえば消費の「見える化」。ゲストは室内に置かれているiPadで滞在中どれくらい電気や水を使用したか、残量はどれくらいかを確認することができる。これが想像以上に滞在中の消費意識を覚醒させた。

また、山道を車で走りながらコンシェルジュが周辺地域について話してくれるのだが、そこには人口減少、高齢化、小さな集落でも不可欠なインフラの維持の難しさなど多くの課題への気づきがある。楽しみながら滞在していてもゲストは解決していかなければならない環境・社会問題にゆるやかに向き合うことになる。

「ReSURUGA(リスルガ)」記者発表時。右から二人目がARTH高野代表(写真:ARTH提供)
「ReSURUGA(リスルガ)」記者発表時。右から二人目がARTH高野代表(写真:ARTH提供)

2023年7月5日、静岡県に事業基盤を持つ鈴与商事、静岡鉄道、トヨタユナイテッド静岡株式会社そしてARTHが合弁会社「ReSURUGA(リスルガ)」を共同出資により設立したと発表した。西伊豆エリアにおけるカーボンニュートラルな街づくりを推進し、最終的には静岡県全体への波及と地域の活性化に取り組むのが趣旨。未来をみすえた大規模なプロジェクトの中心となるのはARTHが開発したオフグリッド居住空間の存在であるのは間違いない。実際、2022年に商品として発表してから「WEAZER西伊豆」の視察依頼は多く、個人も含め建築注文が多数来ているという。電気や水道のインフラが断たれた災害地や生活環境の整っていない地域での活用も可能なため企業、行政の関心も高い。

「WEAZER西伊豆」からの絶景。サスティナブルな取り組みが旅を変えていく未来に期待する(筆者撮影)
「WEAZER西伊豆」からの絶景。サスティナブルな取り組みが旅を変えていく未来に期待する(筆者撮影)

今後、ARTHのモジュールを活かしたオフグリッドの宿泊施設が全国で増えてくることだろう。何もない手つかずの大自然の中で滞在する特別感。これまで経験したことのないプライベートかつラグジュアリーな宿泊体験は旅好きの好奇心をかきたてる。日本人だけでなく海外からの訪日旅行者にも力強く訴求するコンテンツだ。富裕層旅行マーケットに特化した「ILTM(International Luxury Travel Market)」日本事務局によると富裕層の94%が「サスティナブル旅行のために多少高くても払う」という統計が出ている(トラベルボイス記事より)。人生に彩りと深い豊かさを与えてくれるのが旅の魅力。旅することが環境に配慮し、地域の美しさを守る行為につながるのであれば、さらに大きな意義が生まれることだろう。

トラベルジャーナリスト 寺田直子

観光は究極の六次産業であり、災害・テロなどの復興に欠かせない「平和産業」でもあります。トラベルジャーナリストとして旅歴40年。旅することの意義を柔らかく、ときにストレートに発信。アフターコロナ、インバウンド、民泊など日本を取り巻く観光産業も様変わりする中、最新のリゾート&ホテル情報から地方の観光活性化への気づき、人生を変えうる感動の旅など国内外の旅行事情を独自の視点で発信。現在、伊豆大島で古民家カフェを営みながら執筆活動中。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『東京、なのに島ぐらし』(東海教育研究所)

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