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旅の新しい形と未来を提案するレスポンシブル・ツーリズム

寺田直子トラベルジャーナリスト 寺田直子
(C) ハワイ州観光局

新型コロナの規制緩和により日本人の国内外の旅行ムーヴメントが高まってきている。経済が動きだしたことはありがたいが、長く自粛を強いられ、閉じたマーケットだった観光産業は現在、深刻な人手不足で受け入れ態勢が脆弱だ。加えて2022年10月から日本への入国制限が緩和され外国人訪日客(インバウンド)も一気に戻り、人気の観光地は新型コロナ以前のにぎわいぶりになっている。こういった背景から観光客の飽和状態、モラルを欠いた行動などによる弊害、いわゆるオーバーツーリズムがおき始めているとの報道も目にする。

観光する側にも責任ある行動を求める動きが加速

ここ数年、世界の観光産業でよく聞かれるのが「レスポンシブル・ツーリズム」という指針だ。日本語にすると「責任ある観光」となる。JTB総合研究所によるとその定義は、「旅行先の地域コミュニティや環境に与える影響に責任をもち、旅行先に配慮する考え方」となる。また、「一部の観光地でオーバーツーリズムや観光公害などが問題視される中で新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こり、観光地から旅行者に対して意識変革を求める動きがみられる」ともある。

観光産業は旅行者が楽しんだ対価としてお金を地元に落とし、経済をまわす有効な産業だが、SNSによる発信など特定の場所に人気が集中することで現地の生活が乱されたり、自然環境に甚大な影響を与えたりという事例が増えてきた。その解決策として観光する側へも責任をともなった行動・旅スタイルをうながすという提案がレスポンシブル・ツーリズムだといえる。そこにはこれまで大量に集客・送客することを大義としてきた旅行業界側の自省と、新しい観光スタイルへシフトすることでよりよき産業へと発展・継続していかなければという責務も含まれる。日本を含め各国で取り組んでいるSDGsとの親和性も高い。観光と開発、観光客の移動による負荷の緩和など暮らし、文化、自然環境に配慮することはサスティナブル(持続可能)な未来の観光産業の基本となるべきだ。そしてそれは、旅行業界と旅行者それぞれの責任ある行動によって成り立っていくと思っている。

2014年から官民一体で取り組むハワイ

では、旅行する我々はどんな旅を選び、行動すればいいのだろうか。その手本としたいのがレスポンシブル・ツーリズムをさきがけて実践しているハワイだ。

ハワイが指針とするのが2014年に定められた「Aloha+Challenge(アロハ・プラス・チャレンジ)」だ。SDGsの掲げる目標17から6つに絞り、官民一体で経済、社会、環境面から持続可能な社会を目指すことをゴールとしている。また、DMAP(Destination Management Action Plan)と呼ぶ観光経済と地域コミュニティ、自然&文化のバランスを保つための地域密着型のプロジェクトも同時に行い、各島の個性・環境にそった具体的なプランを作成・制定している。

プランには住民からの意見が深く反映されている。たとえばワイキキのあるオアフ島は2019年の観光客数が実に615万人。ホットスポットと呼ばれる人気の観光名所の混雑、渋滞が以前から問題視されていた。そのひとつがシュノーケリングスポットで有名な自然保護区ハナウマベイで、新型コロナ感染防止のため一時、閉鎖されていた。その間、水質が劇的に改善されたことで州政府は大胆な入場者数制限と予約制度を導入、さらに入園料の大幅な値上げを行い環境保全と周辺の生活改善へと振り切った。このDMAPは地元住人にも変化を受け入れることを求めているのが特徴だ。2021年にスタートした「サンスクリーン法」は日焼け止めに含まれる有害物質がサンゴの白化現象の一因になっているため、その成分の入った日焼け止め販売を禁止するもの。スーパーや土産物店などのローカルビジネスにかかわる規制だが、好意的に受け止められている。

サンゴ礁に有害な日焼け止め販売禁止に踏み切ったハワイ。(C) ハワイ州観光局
サンゴ礁に有害な日焼け止め販売禁止に踏み切ったハワイ。(C) ハワイ州観光局

「思いやり」をキーワードに地元・観光客に行動をうながす

ハワイ州観光局では現在、Mālama Hawai’i(マラマハワイ)というプロモーションを行っている。マラマとはハワイの言葉で「思いやり」という意味を持つ。観光の最大の魅力であるハワイの美しい海、自然、そして豊かな文化を守ることがハワイ観光産業を永続的に支える。旅行者だけでなく地元の人間も含めひとり一人に思いやりある行動をうながし、地域のコミュニティとして実践できるようなプランを提案している。公式サイトでは「旅行者にできること」として「自然」「海」「エコ活動」「カルチャー」「ボランティア」のカテゴリー分けがされ、観光客が滞在中に気軽に体験できるイベントやアクティビティー、行動指針が日本語で案内されている。たとえばネイティブハワイアンによるタロイモ栽培を学ぶツアー、華やかなレイメイキングレッスン、ビーチクリーンなど。固有の植生を守るため「森林に入る際は(種子などが付着する可能性のある)靴裏の泥を落とす」、「エコバッグ、マイボトル、マイストロー持参(ハワイ州では2020年からレジ袋配布が禁止)」、前述した「有害成分を含まない日焼け止めを利用する」など、旅行者に「行ってほしいこと」も紹介し責任ある行動を呼びかけている。また、マラマハワイの取り組みを行っているホテルの紹介もあり、宿泊選びの参考にもできる。

ウミガメ(ホヌ)は非常にデリケート。最低3mの距離を保つことを推奨している。(C) ハワイ州観光局
ウミガメ(ホヌ)は非常にデリケート。最低3mの距離を保つことを推奨している。(C) ハワイ州観光局

「責任ある観光」といわれると堅苦しく思ってしまいがちだが、旅先での場所や文化に敬意を持ち、思いやりある行動をする。そう考えれば自然に対応できるのではないだろうか。ガイドブックを見ながら何をして楽しむかとプランを立てるのと同時に、何をしてはいけないか。何を選べばその場所に貢献できるのか。ささやかだけれどとても大切なこと。それを忘れずに旅に出てもらいたい。

トラベルジャーナリスト 寺田直子

観光は究極の六次産業であり、災害・テロなどの復興に欠かせない「平和産業」でもあります。トラベルジャーナリストとして旅歴40年。旅することの意義を柔らかく、ときにストレートに発信。アフターコロナ、インバウンド、民泊など日本を取り巻く観光産業も様変わりする中、最新のリゾート&ホテル情報から地方の観光活性化への気づき、人生を変えうる感動の旅など国内外の旅行事情を独自の視点で発信。現在、伊豆大島で古民家カフェを営みながら執筆活動中。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『東京、なのに島ぐらし』(東海教育研究所)

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