YouTube再生回数で見るモータースポーツ。スマホ時代に人気、影響力を持つレースは?
「レーシングカーが走る映像を見る機会がほとんどない」
近頃、そう感じている人は多いのではないだろうか。国内では地上波テレビでの「F1世界選手権」の全戦放送が2011年を最後に消滅し、2015年を最後に衛星放送による無料放送も終了。現在、地上波でF1の姿を見る機会はほぼ皆無だ。F1以外のモータースポーツに関しては、オートバイの「MotoGP」を日本テレビが関東圏で放送。そして、「SUPER GT」の特集番組「スーパーGTプラス」をテレビ東京が制作し、系列6局で放送。地上波でモータースポーツを見る機会は驚くほど少ないのが現状だ。
一方、スマートフォンなどのデジタルツールではSNSや動画サイトなどでモータースポーツを見る機会は近年増えている。「F1」は有料のインターネット放送「DAZN(ダ・ゾーン)」で日本語の放送を視聴可能。また、電気自動車のフ「ォーミュラE」はツイッターでのライブ放送を開始した。今後、スマホでモータースポーツを見る機会はさらに増えて行くと考えられる。今回は動画サイトの代表格「YouTube」を例にとって、各モータースポーツのデジタルプラットフォームへの取り組み具合を見ていきたい。
かつては敵のYouTubeは今や味方
グローバルなプラットフォームである「YouTube」には様々なモータースポーツの映像がアップロードされている。大多数は著作権を無視して違法にアップロードされたものだが、各レースシリーズのオーガナイザーは近年「公式YouTubeアカウント」を開設して、実に多くの公式コンテンツをアップしている。
グローバルなスポーツは基本的にテレビの「放映権」がビジネスの軸になっているため、レースのオーガナイザーたちは長くこういったデジタルプラットフォームから距離を置いてきた。特に徹底していたのは10億人を超えるテレビ視聴者を持つ「F1」で、違法にアップされる映像に対し削除依頼を出して、放映権ビジネスを守ろうとした。しかし、そんな「F1」でさえも、今やデジタルプラットフォームやSNSの力に頼らざるを得ない時代になってきている。
テレビ視聴からデジタルプラットフォームへ。そんな時代の今、世界選手権レースシリーズを中心に各レースの「公式YouTubeアカウント」を見ていくと、そのアプローチの変化がよく分かる。
YouTubeチャンネル登録者数が最も多いのは?
「公式YouTubeアカウント」の影響力を示すバロメーターの一つが、動画のアップをフォローしたい人々が登録する「チャンネル登録」の人数である。一体どれくらいの人がチャンネル登録をして、そのレースの映像を待っているのだろう?
【4輪・世界選手権など】
○F1世界選手権
約90万2000人
○WRC(世界ラリー選手権)
約33万人
○WEC(世界耐久選手権/ル・マン24時間)
約5万5000人
○フォーミュラE(電気自動車)
約22万人
4輪の世界選手権レースを見ると、やはり登録者数が多いのは「F1」であった。「え?たったの90万人?」というYouTuberたちの声が聞こえてきそうだが、確かに個人で600万人の登録者数を持つ日本の人気YouTuberに比べて数が圧倒的に少ないが、YouTubeというメディアの中では張り合うフィールドが違うのだろう。
同じスポーツで見てみると、サッカー・リーガエスパニョーラのクラブチーム「FCバルセロナ」が約386万人、アメリカンフットボールの「NFL」が約320万人、バスケットボールの「NBA」が約866万人。この数字から見ても「F1」の約90万人は圧倒的に少ない。
これは「F1」がYouTubeに積極的になってから、まだ2、3年であるということも考えなくてはいけないし、YouTubeというプラットフォームの性質上、短い時間で楽しめる動画コンテンツを作りやすいかどうかも関連している。NFLやNBAとアメリカのモータースポーツを比べてみても、ストックカーの「NASCAR」は24万4000人、アメリカ最大のレース「インディ500」を持つ「インディカー」は18万5000人と登録者が少ない。やはり、F1などのモータースポーツはYouTubeなど主にスマホで楽しむプラットフォームには向いていないのだろうか?
いや、実は「F1」を上回るチャンネル登録者を持つレースがある。2輪レースの世界最高峰「MotoGP」である。なんと「MotoGP」にはF1を超える135万9000人の登録者が居るのだ。これはあらゆるモータースポーツカテゴリーの中で最も多い。
【2輪・世界選手権】
○MotoGP(ロードレース世界選手権)
135万9000人
○WSBK(スーパーバイク世界選手権)
7万1000人
○MXGP(モトクロス世界選手権)
10万3000人
なぜMotoGPのチャンネル登録者が多いのか?
世界的な認知度では「F1」に劣る「MotoGP」がYouTubeではチャンネル登録者数で凌駕する。不思議な現象に思えるが、実はこういったデジタルプラットフォームへの映像配信を「F1」よりもはるかに早くから積極的に行ってきたのが「MotoGP」だ。コンテンツのアップロードが増えてきたのは10年前の2008年ごろから。まだアップルの初代「iPhone」が登場して間もない頃で、スマホはおろかパソコンでも動画コンテンツをスムーズに再生できない時代だった。
動画:MotoGP 公式YouTubeより 2008年シーズンのレビュー
「MotoGP」を統括するスペインのマネージメント会社「ドルナ」は、インターネットコンテンツをパソコンで見るのが当たり前の時代からデジタルフォーマット向けのサービスを行ってきた。ホームページから(現在はアプリからも)英語による公式放送に有料でアクセスできる「ビデオパス」のサービスを他のモータースポーツに先駆けて実施したのである。
こういったサービスは何が何でもレースを見逃したくないコアなファン向けに作られたサービスであるが、「ドルナ」はその導入となるティザー映像をホームページやYouTubeにアップし、フルのレース映像が見られる「ビデオパス」への加入を積極的に促してきた。現在はマルチスクリーンを活用して、オンデマンドでマシンに積まれたオンボード映像を切り替えて楽しめるようになっているし、会員にはテレビでは実現できない様々なコンテンツが提供されている。
サービスが普及、拡充していった最大の理由はクレジットカードによる電子決済がポピュラーになっていったことに加え、新時代のスター選手、マルク・マルケスの登場も大きく影響しているだろう。バイクを深くバンクさせ、肘を擦りながら信じられないライディングを披露したマルケス。スーパースローカメラで撮影されたマルケスの走りはインターネットで拡散され、「MotoGP」の人気再燃へと繋がっていった。YouTubeへのティザー映像配信は近年「MotoGP」人気が上昇している東南アジアで若者への訴求という意味でも大きな効果があっただろう。
一方、インターネットによる映像配信に消極的だった「F1」はヨーロッパでの集客に苦戦しているし、新興マーケットの東南アジアでは「マレーシアGP」が消滅。同じセパンサーキットで開催するレースが大盛況で、新しく「タイGP」も開催する「MotoGP」とは対照的だ。
国内レースのチャンネル登録者数は?
今度は国内レースを見てみよう。国内レースのオーガナイザーたちのYouTubeアカウント活用は世界選手権ほど積極的とは言えない。それもあってか「公式YouTubeアカウント」のチャンネル登録者数は決して多くない。
基本的には日本人向けの日本語の映像コンテンツであるため、グローバルな検索、視聴という意味で数が少ないのはある程度仕方がないのかもしれない。しかし、サッカーの「Jリーグ」が14万7000人、バスケットボールの「Bリーグ」が約3万6000人というチャンネル登録者数と比べるとどうか。モータースポーツはサッカーやバスケと比べると試合数が圧倒的に少なく、コンテンツも限られるからだろうか。
動画:SUPER GTプロモーションビデオ
「SUPER GT」は「Bリーグ」に登録者数が負けているが、レースダイジェスト映像は再生回数が10万回を超えることもあり、ファンが確実にYouTubeを訪れて再生していることが分かる。一方、「スーパーフォーミュラ」はダイジェストやオンボード映像などをアップしているものの、再生回数1万回を超える動画が少ない。どちらもあくまでテレビ放送を前提に撮影した映像を使用する、ティザー的な意味合いのコンテンツが多くなっている。また、アカウント名称が「SUPER GT」は「MEDIA」、「スーパーフォーミュラ」は「superformulavideo」となっており、公式チャンネルと認識しづらいのが勿体無い。今やこれだけ多くの人が見るYouTubeは新しいファンを取り込む入り口になると思うのだが。
これからはF1、それともフォーミュラE?
このようにYouTubeを通じた公式映像の配信には各カテゴリーのオーガナイザーによってアプローチに違いがある。「MotoGP」のようにティザー的に配信して有料コンテンツに繋げようとするオーガナイザーもいれば、テレビのレース中継では伝えきれないコンテンツをいろんな方向から切り取った動画をアップして魅力の向上を図るオーガナイザーもいる。
近年、積極的な映像配信を始めた「F1」は今、YouTubeを最も積極活用しているモータースポーツだ。レースのダイジェストから、各チームのドライバー、チーム首脳へのインタビュー、メカニズムの解説など非常にコンテンツが充実している。レース前のレースプレビューも過去の名勝負の映像をふんだんに使い、過去の統計データを分かりやすくまとめた、手の込んだ作品が多い。70年近くに渡る「F1」の歴史を振り返り、過去の膨大な映像を組み合わせて編集するのは並大抵の仕事ではない。
一方、新しいレースも負けていない。2014年からスタートした電気自動車のフォーミュラカーレース「フォーミュラE」はまだまだ知名度が高くないものの、昨年シーズンからレースのレベルアップが著しく、関心が高まっているレースだ。それを後押しするのがYouTubeによる配信で、「フォーミュラE」はフリー走行や予選を含む全セッションをYouTubeでライブ放送している。ダイジェストやインタビューなどコンテンツが豊富で「フォーミュラE」をまずは無料で見てみるには充分すぎるクオリティだ。すでに「WEC」や「WTCR(旧WTCC)」を抜き、「フォーミュラE」のチャンネル登録者は20万人を超えている。今、YouTubeで一番勢いに乗っていると言えよう。
動画:フォーミュラE サンチアゴE-prix ダイジェスト
新時代のモータースポーツ「フォーミュラE」はいずれ「F1」をデジタルプラットフォーム上で駆逐するのか? 2018年に入ってからのYouTubeへの映像アップ数と再生回数を検証してみよう。
2018年1月1日からの再生回数
○F1世界選手権
アップ本数: 23本
再生回数: 約621万4000回
平均再生回数: 約27万回
○フォーミュラE
アップ本数: 75本
再生回数: 約138万回
平均再生回数: 約1万8000回
○MotoGP
アップ本数: 10本
再生回数: 約48万5000回
平均再生回数: 約4万9000回
(無料動画のみ)
最も多くのコンテンツをアップしているのは、今まさに2017-18シーズン中の「フォーミュラE」。オンシーズンだけに動画のアップ数は多いが、平均の再生回数は「F1」や「MotoGP」に及ばなかった。ちなみに「フォーミュラE」で最も再生回数が多かった動画は来シーズンから使用する「新型シャシーの紹介」(約23万回)、次が「動物チーターとフォーミュラEマシンの加速競争」(約12万回)で人気動画はレースそのものではなかった。
一方、開幕に向けてプレシーズンテスト中の「F1」と「MotoGP」はそれぞれテスト走行の映像を配信。「MotoGP」は現地からのコメンテーターのレポート付き長尺放送でテスト走行の様子をたっぷり伝えている。「F1」はテストのダイジェスト映像が中心だが、近年のYouTubeの積極性が功を奏しているのか1本あたりの再生回数が多く、最も少ないコンテンツでも10万回を超えている。
「F1」に関しては、近年ネット上でマイナス点ばかりが話題になり、グリッドガールの廃止など新オーナー「リバティメディア」の方針に批判が相次いでいるが、逆風吹き荒れる中でも、やはり「F1」はモータースポーツの中で最も影響力があるレースだとが分かる。ついにデジタルプラットフォームへの映像配信でもモータースポーツ界のリーダーに躍り出た「F1」が作った流れを他のレースも追随することになるのだろうか。今後のオーガナイザーたちの取り組みに注目したい。
(チャンネル登録者数、アクセス回数は2018年3月4日時点)