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井上尚弥と戦ったロドリゲスが世界王者のまま突然の引退。いったい何が起こった?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ロペスに圧勝したロドリゲス(Amanda Westcott/SHOWTIME)

井上戦を前に自信満々だった……

 IBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)が17日(日本時間18日)ソーシャルメディア(フェイスブック)を通じて現役引退をアナウンスした。ロドリゲス(31歳)は8月、米国メリーランド州でメルビン・ロペス(ニカラグア)との王座決定戦に勝って4年ぶりに同級王者に返り咲いていた。キャリアの再スタートを切ったと思われただけに彼の決断は関係者からサプライズと受け取られている。

 ロドリゲスが最初に王座を失ったのは2019年5月、英国スコットランドのグラスゴーで行われたWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級準決勝。WBA王者井上尚弥(大橋)とIBF王者ロドリゲスが統一戦で対戦した。結果は井上が2ラウンド、電光石火のアタックでロドリゲスを3度キャンバスへ送りTKO勝ち。井上のベストパフォーマンスの一つに挙げられる圧勝劇に終わった。

 井上戦に備えてロドリゲスは18年暮から19年初頭にかけ約70日間、キューバでキャンプを実行した。プエルトリコへ戻ったロドリゲスに電話でインタビューした。WBSS初戦(準々決勝)でロドリゲスはジェイソン・マロニー(豪州=現WBO世界バンタム級王者)に2-1判定勝ちの辛勝。後に井上はノニト・ドネア(フィリピン)との第1戦をはさみ、ラスベガスでマロニーを7回KOで一蹴。井上とロドリゲス。両者の実力差は歴然としていたが、「マロニーの方が(井上より)強いかもしれない」プエルトリコ人は言った。

 ほかにもロドリゲスは「彼はモンスターではない」、「賭け率は人が思っているほど、こちらは不利だと思っていない」、「試合で早く疲れてしまうのはイノウエの方だ」、「(WBSS)決勝は俺とドネアだ」と言いたい放題。正直に言うと、これらの発言はそばにいたプロモーター兼マネジャーのフアン・オレンゴ氏(フレッシュ・プロダクションズ)からけしかけられていた印象がしたが、ロドリゲスにはラテンアメリカのボクシング王国プエルトリコ出身王者のプライドがにじみ出ていた。

井上尚弥vs.エマヌエル・ロドリゲス

惨敗を経て王者にカムバック

 しかし井上に鼻をへし折られたロドリゲスはリングに戻るまで1年7ヵ月を要する。コロナパンデミックという状況も影響したが、井上戦の敗北のショックが尾を引いているように感じられた。オレンゴ氏の尽力もあり、ようやく20年12月、復帰が実現する。当時のWBC世界バンタム級王者ノルディーヌ・ウーバーリ(フランス)が新型コロナウィルス感染でドネアとの防衛戦をキャンセル。ドネアもコロナ感染で出場できなくなり、レイマート・ガバリョ(フィリピン)とWBCバンタム級暫定王座を争うことになった。

 試合はロドリゲスが押し気味に進めたが、スコアカードは2-1でガバリョの勝利。判定が論議を呼んだことでランキング上位にとどまったロドリゲスは翌年8月、同じく上位でプロスペクトのゲーリー・アントニオ・ラッセル(米)と生き残りをかけて対戦。ところが開始ゴング直後に発生したヘッドバットでロドリゲスは悶絶。何と初回16秒、無効試合の裁定が下った。このあたりが井上戦に続くキャリアのどん底だっただろう。

ガバリョ(右)に惜敗したロドリゲス(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)
ガバリョ(右)に惜敗したロドリゲス(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)

 それでも翌22年3月メキシコで初回KO勝ちで再起すると10月にラッセルとのリマッチが締結。ラッセルからダウンを奪い、負傷判定勝ち。ホープの引き立て役でないことを証明し、トップシーンに生き残る。そして井上がスーパーバンタム級王者に就き、返上したバンタム級4団体統一王座の一つ、IBFベルトをロペスと争い、11ラウンドまでほぼワンサイドにリードした末、最終回に3度ノックダウンを奪う圧勝で2度目の王座を獲得した。最後はレフェリーが絶対ストップをかけるべきで、22勝12KO2敗1無効試合が公式レコードのロドリゲスはKO勝ちを一個損したと言える。

 チャンピオンのまま引退するロドリゲスは「自分にとって今日(17日)は印象深い日となる。なぜならグローブを吊るす決断を下したから。多くの人はボクシングキャリアのベストな時期に身を引くことは正しい結論ではないと思うだろう。でも私は大きな犠牲を払いながらキャリアを進めてきた」と綴っている。続けて「21年間(ボクシングを)続けてきたから、こんなかたちでキャリアを閉じるのは簡単ではなかった。でも『もう十分にやり尽くした』と言い切るまで続ける愛情はない」と明かす。

 憶測すると「燃え尽きた状態で辞めたくなかった」となるか。それとも”ボクシング愛”を失ったのか。それでもせっかく王者に復帰したのだから、もう少し続けてもよかったのではないかと思えてしまう。いったい彼はなぜ引退に踏み切ったのだろう。

周囲も寝耳に水。真相は?

 プエルトリコ紙「エル・ヌエボ・ディア」は上記のオレンゴ氏に接触。真相解明を図る。17日付の記事で同氏は「今、コメントはできない。ソーシャルメディアの投稿は私のところへも届いたよ。彼は健康だけど、今、引退するとしたら、バカげたことだ。これから金を稼げるし当分キャリアを継続させることができるのに」と驚きを隠せない。また同氏は「私は彼と話していないし、向こうからも連絡がない。だから今のところ、引退する理由は不明だ」と不信感をつのらせる。

 一方、ロドリゲスがキャリア再構築にあたりトレーナーを務めたメキシコ人ジェイ・ナハール氏は「ビックリした。昨日(16日)彼と話したけど、この件に関して何も語っていなかった。だから何もわからない。ジョークなのか真実なのかわからない。誰か別の人間が彼に代わって発信したのではと思ってしまうほどだ」と困惑する。ちなみにロペス戦に備えてロドリゲスはナハール氏と3ヵ月間メキシコでキャンプを行ったという。

最終戦となったロペスとのIBF王座決定戦

 ラテンアメリカのボクサーは引退宣言をしてもリングに戻るケースが少なくない。だが世界王座を保持したままというのは異例。現在IBFバンタム級ランキングには8月、挑戦者決定戦を勝ち抜いた西田凌佑(六島)をはじめ5人の日本人選手がランクされている。ロドリゲスの引退で空位となる王座の決定戦に西田が出場する可能性は大。相手はガバリョという声も聞こえる。

 井上の強打に散ったロドリゲスが執念で王座に返り咲き、あっさりと身を引く。ボクサーの心理は本当にわからない。プエルトリコ人が真実を打ち明ける日はやって来るだろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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