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米朝は「朝鮮戦争」を終わらせることが出来るか

田中良紹ジャーナリスト

 米朝首脳会談が実現する見通しになった。この会談が実現すれば1950年6月に始まった朝鮮戦争の敵国同士が初のトップ会談を行うことになる。私は2月に「平昌オリンピックは歴史の転換点になるか」とブログに書いたが、まさに平昌オリンピックは歴史の転換をもたらそうとしている。

 また三代にわたって北朝鮮を支配してきた金一族の中で初めて韓国に足を踏み入れた金与正氏を見て「独裁者の妹は核戦力級のソフト・パワーになるか?」というブログも書いた。彼女は米朝首脳会談の実現に向け必ず重要な働きをすると私は見ている。

 ただ会談への道筋は平坦でない。これから紆余曲折が始まる。私の見るところここまでは金正恩北朝鮮労働党委員長のシナリオ通りに進んでいる。しかしここからは米国政府のシナリオとの切磋琢磨が始まる。

 米国内にはトランプ大統領の「前のめり」を懸念する声もあるが、韓国の文在寅政権が介在した表の動きと並行して米国と北朝鮮の接触が水面下で同時に行われていたと私は見る。それを知らない人間が驚いただけで、大統領と中枢部分は裏ルートでの感触を得たうえで決断したと思う。

 つまりトランプ大統領は金正恩委員長のシナリオに乗ったのだ。ただこれからの展開に不都合が生ずれば裏ルートはなかったことにして韓国政府を介在させた表の動きを否定する理屈を考えることになる。

 それでは金正恩委員長のシナリオとはどのようなものか。金正恩委員長は北朝鮮建国70周年と韓国で平昌オリンピックが開かれる2018年を目標にそこから逆算してすべての核・ミサイル実験の計画を立てた。実験の目的は戦争ではなく米国との対話である。

 戦争が目的であれば世界中に公開しながら実験するバカはいない。公開することが目的でそれは米国に見せ真剣に向き合ってもらうためである。米国に一定の恐怖を与えなければ真剣になってもらえない。しかし極限の恐怖を与えてしまえば戦争になりかねない。その一歩手前で踏みとどまるのがシナリオのミソである。

 昨年末に米国本土すべてを射程に入れたミサイル実験を成功させ、しかし再突入技術や核兵器の小型化はまだ完成していないと思わせたのが私の言う「一歩手前」である。米国の恐怖はまだ極限でないが、放置すれば極限に達するのでその前に戦争するか核保有国として認めるかしかない。核保有国の一歩手前にするのが金正恩委員長の狙いである。

 核保有国になることは対等の立場を意味する。その一歩手前は強い米国に少しへりくだりながら対話を進める姿勢である。米国の大国意識をくすぐるやり方だが、しかし対話が不調に終わればすぐ米国への核攻撃が可能となり、一方で世界の破滅につながる戦争に踏み切る覚悟も見せる。

 2017年中にその状態を作るため金正恩委員長は核・ミサイル開発のスピードを上げ実験回数を増やしてきた。2016年に5回だったミサイル実験が、2017年には15回と3倍増している。そして昨年末ついにその状態に達した。

 今年の元日に金正恩委員長は年頭の辞で「私の机の上には核のボタンがある」と米国を挑発する一方、平昌オリンピックへの参加を表明した。これに対しトランプ大統領は「私の核ボタンの方が大きくて機能的だ」と子供じみた反論をしたが、今から思えばそのころから金正恩シナリオを理解していた可能性がある。

 戦争を終わらせる直前には最も激しい戦闘が展開されるものである。ベトナム戦争で米国がベトナムから撤退し和平の話し合いを始める決断をしてから米国の北ベトナム爆撃は最も激しくなった。交渉でいささかでも優位に立つため手を握る直前に激しく叩くのが米国流である。

 私はトランプ大統領が軍事的緊張を高める発言を繰り返すのを見てひょっとして対話の可能性を探っているのではないかと考えてきた。なぜなら金儲けに興味のある人間は戦争を煽って金儲けはやるが、金儲けにならない戦争はやらないからである。

 戦争をやるのは理想に燃えて正義を主張する人間に多い。米国ではリベラルな民主党政権が常に戦争を引き起こし、ブッシュ・ジュニアだけは例外だが保守派の共和党政権が戦争を終わらせてきた。だから「ヒラリーが大統領になれば戦争の危険が増し、トランプが大統領になれば戦争は遠のく」とブログに書いたこともある。

 今回のトランプ大統領は戦争を煽って日本に兵器を売りつけ、金儲けに成功すると一転して対話に踏み出した。もし現実に第二次朝鮮戦争が起こればGDP世界11位の韓国経済は壊滅し、GDP世界3位の日本も米軍基地があるため攻撃を受ける。

 多くの日本人は米軍基地は沖縄にあると考えているが、在日米軍の中枢部分は東京近郊にある。東京が攻撃されれば世界経済は破滅する。ビジネスの世界で生きてきたトランプ大統領がそれでも戦争に踏み切るかというのが私の疑問だった。

 金正恩委員長もそれを考えに入れていると思う。ソウルと東京を攻撃する準備を万全にしていることを見せつけ、それを交渉カードに使う可能性もある。そしてトランプ大統領が最も気にしている11月の中間選挙を有利する方法も金正恩シナリオにあるのではないか。

 「北朝鮮がトランプ大統領の軍門に下った」という装いにして米国の歴代政権の誰もがなしえなかった偉業を達成させるシナリオである。朝鮮戦争を終わらせれば「最後の冷戦体制を終わらせた大統領」として歴史に名前が刻まれる。それが中間選挙前であれば選挙を有利にする。

 9月9日の北朝鮮建国記念日に合わせればタイミングは抜群である。トランプ大統領と金正恩委員長のどちらも世界から称賛され、二人の指導者の求心力は高まる。中間選挙に勝利すればトランプ大統領はいつ辞めても歴史に名が残る。そして私の想像では金儲けにつながる「ミャンマー・モデル」も金正恩シナリオにあるのではないか。

 ミャンマーの軍事独裁政権は民主化運動を行ったアウンサンスー・チー氏を自宅軟禁するなど悪の代表のような政権だった。ところがオバマ大統領はミャンマーの優れた人的資源や低賃金に目をつけ、経済制裁をやめて国際経済に引き入れた。その結果、経済は上向き、政治も民主化されてアウンサンスー・チー氏が政治の実権を握った。

 北朝鮮にも勤勉で低賃金の労働力とレアメタルなどの地下資源がある。もし金正恩委員長が市場経済への転換と民主化を受け入れると表明したらどうなるか。トランプ大統領は画期的な体制変革を主導したことになる。その一方で北朝鮮では金正恩の政敵が粛清されたか脱北してしまっている。

 「ミャンマー・モデル」を導入しても金正恩委員長の権力は揺るがずに国際社会の仲間入りが出来る。両者にとって都合が良い。私の想像に過ぎない話だが、ともかくトランプ大統領は金正恩シナリオが気に入ったように見える。

 問題は核放棄のやり方である。リビアのカダフィ大佐が一気に核放棄に応じたため悲惨な末路を迎えたことを金正恩委員長は恐れている。少しずつ放棄することを米国の強硬派が許すかどうかである。

 つまりトランプ大統領が軍産複合体を抑えられないと朝鮮戦争は終わらない。米国がどうするかで朝鮮戦争の行方が決まる。我々はまさに歴史の転換点に立っていると思う。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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