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ハーネスについて小児科医の立場から考える

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:ロイター/アフロ)

先日、芸能人の方が子育てでハーネスの使用に言及した話題がネットなどをにぎわせました。

幼児は急に走り出したりします。保護者としては気が気ではありませんね。かといってベビーカーに載せるとぐずるし、他に子どもや荷物があると、注意も行き届きにくいことがあります。保護者がハーネスに頼りたくなる気持ちはよく理解できます。

一方で犬の散歩のようだ、虐待ではないかという反対意見もあります。

どう考えればよいのでしょうか。

今日はハーネスについて、特に安全性の観点から考えてみたいと思います。

ハーネスの歴史は古い

ハーネスは意外と歴史が古く、Wikipediaには1900年初頭には見られ、1940年代のイギリスではすでに普及していたとの記載も見られます(1)。

様々なハーネスの図が紹介されており、興味深いです。

wikipediaより
wikipediaより

ハーネスの是非に関する議論も古今東西問わず繰り返されてきたようで、今に始まったものではないようです。

ハーネスのメリットは安全性

ハーネスのメリットとして挙げられるのは子どもが衝動的に飛び出したりするのを防ぐことができる「安全性」です。

令和2年「幼児・児童の交通事故発生状況」(2)を確認してみましょう。幼児(未就学児・就学児)の死者及び重症者数について、過去10年の死者・重症者数をまとめたデータを確認すると、歩行中が65%、自動車乗車中が26%、自転車乗用中が7%でした。乗り物に乗っている時ではなく歩行中の事故が多いことが分かります。特に「幼児のひとり歩き」(35%)「飛び出し」(20%)が多く、合わせると過半数を占めています。飛び出しについては全年齢では1.6%となっており、幼児の飛び出しは特に注意が必要なことがデータからもよくわかります。

ハーネスの実際の予防効果を検証した研究はほとんど見当たりませんが、1991年にイギリスの4人の検視官が交通事故で亡くなった225名の小児について分析した報告(3)では、ハーネスがあれば6名の子どもの死亡を防げた可能性を指摘しています。

子どもに歩行中のルールを教え込むことはとても大切です。しかし1~2歳は、危険予知行動がまだ育っておらず、言い聞かせてもなかなか難しい年齢です。

3~5歳は理解力も徐々に育ってきますが、行動の結果は予測できません。

お子さんによって状況は違いますし、保護者が必要と考えるならばハーネスを選択肢の一つとして考えておくことはありかもしれません。

小児科医が懸念するのは転倒や紐の事故

一方ハーネスに反対する意見としては転倒などのリスクがかえって増すのではないかという意見や、見た目が犬の散歩のように見えるということで「虐待ではないか」という意見があるようです。これは日本だけでなく、海外でも同様のようです。

米国小児科学会、日本小児科学会はこの点について公式声明を出していません。

しかしアメリカ小児科学会の傷害予防協議会の議長は「現時点でハーネスに関する十分な安全性のデータがなく、強く引っ張ることで転倒するリスクもあり、勧められない」とコメントしています。

そのほかに小児科医がこういった製品の安全性に懸念を示す理由のひとつとして、紐である点も挙げられます。実は紐で子どもの首が絞まってしまう窒息事故は子どもではよく起きているのです。例えばブラインドの紐で子どもの首が絞まってしまう事故が複数報告され、死亡事故も起きています(4)。ほかにも予想外な例として、玄関の開き戸の取っ手部分に服のフードの紐が引っかかり、首に巻き付いた事故も報告されています(5)。

 ブラインドの紐が絡まる事故は保護者がそばにいないときに起きるのに対し、ハーネスの場合はその場に保護者がいるため同じ状況ではないかもしれませんが、子どもにとって紐はリスクであると知ることは大切です。

一方で、米国消費者庁のリコール製品で「harness」と検索しても、(自動車やベビーカーのシートベルト以外の)ハーネスでケガに繋がるとしてリコールに至った例は今のところなさそうです(もっとも、報告されていない小さなケガは起きている可能性はあります。)

子どもの状況に応じて検討する

では、どうすればいいのでしょうか。

ハーネスの是非については昔から議論になっており、どちらの意見も理解できます。小児科医の立場からは、明確に効果が証明されているわけではないとはいえ、現時点でリスクの高い製品とは言えないため、強く反対するものではないと考えています。

お子さんの状況によっては、それが必要な子もいるでしょう。

特に特別支援を要する子どもでは重要かもしれません。

 米国で5~17歳の子ども687人について、障害のあるなしで「車や自転車にぶつかった経験」の有無を調べたところ、障害のある子どもはない子供と比べてぶつかるリスクが5.5倍高かったという研究があります(6)。

このようなお子さんには、ハーネスは特に効果的な可能性があります。

そうでなくても、実際の子育てで「目を離さなければよい」という意見は非現実的です。目は離れるものです。衝動的に走り出す子どもを制御することは時に非常に難しいものです。あらかじめ安全な製品で予防手段を準備したいと考える保護者の気持ちは十分に理解できるものです。

使う際には留意事項の確認を

以上をまとめると、ハーネスは全員にお勧めするものではありませんが、特にそれが必要と保護者が判断した場合には選択肢として持っておくのはよいと考えます。

繰り返しますが、ハーネスは昔から海外でも使われてきており、議論も以前から繰り返されていますので、「最近の親はハーネスを使うなんて」という批判はあたりません。

そういう点で、ハーネスを使う際の最大のデメリットは、「安全予防のために使っているにもかかわらず周りから否定的な目で見られることによる葛藤」かもしれません。

色々な事情を踏まえて考えた結果やっているのに、事情を知らない他人から批判的な視線を浴びるのは切ないことです。

いずれにしても、大事なのは使う際の留意事項の確認かと思います。

・強く引っ張ると後ろ向きに転倒して後頭部をぶつける可能性がある。

・特に手首のハーネスは、急に引っ張られると肩や腕を傷つける可能性がある。

・サイズが正しく合っているかを確認する。

・ハーネスがあっても必ず事故が防げるわけではないことを知る。

・紐がほかの歩行者や自転車に乗っている人に絡まないよう留意する。

こういった点に注意してうまく付き合っていただければと思います。

参考文献:

1)Wikipedia: Child harness( https://en.wikipedia.org/wiki/Child_harness)

2) 警察庁:令和2年「幼児・児童の交通事故発生状況」(https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bunseki/kodomo/020324youjijidou.pdf)

3)Arch Dis Child. 1991 Oct; 66(10): 1239–1241.

4)消費者庁News Release:ブラインド等のひもの事故に気を付けて!~平成22年から26年までに~3件の死亡事故(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/160629kouhyou_1.pdf)

5)日本小児科学会子どもの生活環境改善委員会:Injury Alert No.31 フード付きパーカーによる縊頚(https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0031.pdf)

6)Accid Anal Prev. 2006 Nov;38(6):1064-70.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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