世界人口の71%が「独裁に分類される国に住む」という衝撃
ロシアによるウクライナ侵攻、北朝鮮のミサイル発射による威嚇、中国による台湾侵攻の恐れ――。強権国家による民主主義体制への圧迫が続く。国際社会を大きく「民主主義」対「独裁」の構図で見た場合、人口の合計はそれぞれ「23億人」対「55.6億人」となり、世界の多くが「独裁」側に住んでいるということになる。
◇民主主義人口「29%」
スウェーデンの独立研究機関「V-Dem研究所」のアンナ・ラーマン(Anna Lührmann)上級研究員らのグループは2018年3月19日発表の研究で、政治体制を大きく▽閉鎖型独裁▽選挙による独裁▽選挙による民主主義▽自由民主主義――の四つの類型に分けた。
閉鎖型独裁は、国民が複数政党による選挙を通じて政府の最高責任者や立法府を選ぶ権利を持っていない。中国や北朝鮮、ミャンマーなどがここに分類されている。
選挙による独裁では、国民は上記の権利を持つものの、自由・公正・有意義な選挙とするための結社・表現の自由など、いくつかを欠いている。ロシアやトルコ、インドなどがここに分類されている。
選挙による民主主義は、自由・公正で複数政党による選挙に参加する権利が保障される。ブラジルやインドネシア、モンゴルなどが含まれる。
自由民主主義では「選挙による民主主義」の権利に加え、個人やマイノリティーの権利が保障され、市民は法の下に平等であり、行政府の動きは立法と裁判所によって制約を受けるという状況にある。日本や韓国、米欧などがこれに含まれる。
英オックスフォード大の研究チームが運営する国際統計サイト「Our World in Data」はデータ入手の可能な199カ国・地域を上記の四つに分類した。その結果、2021年の時点で「自由民主主義」が34カ国・地域、「選挙による民主主義」が56カ国。つまり「意味のある」選挙を実施している国は合わせて90カ国・地域となる。一方で「選挙による独裁」は63カ国、「閉鎖型独裁」は46カ国・地域で、合わせて109カ国・地域が「権威主義的な政府」となる。地図に落とせば、民主主義国家よりも権威主義的な国の方が多いのがわかる。
人口で見ても、民主主義を享受する割合は2017年の50%を頂点に下落し、2021年では世界人口(78.6億人)のうち、23億人(29%)に下がっている。世界人口の71%に相当する55.6億人が、本当の意味での「投票権」の保障を十分に受けていないということになる。
◇民主国家でも政治家に懐疑心
ところで、合理的な法体系を備え、定期的に選挙を実施していれば、その国の政治は理想的といえるのか?
この問いに対しては「必ずしもそうではない」と言わざるを得ないようだ。民主主義と選挙の歴史の深い国でも、市民は自国の民主主義のあり方に不満を抱いているためだ。
米シンクタンク「ピュー・リサーチセンター(Pew Research Center)」のデータ(2020年)によると、調査対象となった民主主義34カ国において、市民の52%が「自国における民主主義の機能の仕方に不満がある」と回答し、「満足」は44%にとどまっている。
ここで問題視すべきなのは「不満がある」という回答の割合が高い国に、「民主主義の先進国」が数多くある点だ。英国(69%)、米国(59%)、フランス(58%)、日本(53%)といった国で、過半数の回答者が自国の政治に不満を抱いていた。
その主な原因は、自分たちが選んだ政治家に対する懐疑心だ。代表として選ばれた大統領や国会議員らが、民意をうまくすくい上げない、既得権益層の利益を優先する、有権者の多様な利害と価値観が反映されていない――などのようだ。
◇民主主義と満足度は別物
新型コロナウイルスが世界規模で広がり、中国や北朝鮮などは有無を言わさずに、都市封鎖、国境封鎖など強力な防疫措置をとった。新型コロナ感染の世界的拡大が始まった2020年春ごろ、強権国家で迅速・強力な対応、その“効率”の良さが強調される一方、民主主義が根付いている国では国と市民の間でしばしば対立が起き、政治不信に陥るところも少なくなかった。
米国でも「新型コロナ終息後には世界は危機対応において、多様で分散した結節点が自発的に立ち上がる自由な社会(米国モデル)に信頼を寄せるのか、それとも、国民に嘘をつくかもしれないが、上意下達で迅速に社会を動かすことができる権威主義的な体制(中国モデル)を好むのか」という観点から、コロナ危機が「第二次世界大戦のように、世界秩序にとって重要な屈折点となる」という指摘さえあった(米紙ワシントン・ポスト2020年3月19日付論文)。
理論的に民主主義国家に分類されることと、有権者が感じる満足度は別物で、これが選挙に対する不信感、民主主義的手法に対する不満につながりかねない。
完成した民主主義体制は存在しない。「民主主義の困難はえてして、新しい民主主義の発想が生まれるきっかけでもあったということだ。言い換えれば、民主主義の危機は民主主義によって克服されてきたのである」(「現代民主主義」山本圭著、中公新書)
強権国家の脅威が深刻化するなかで、自由と民主主義の価値観をいかに広げていくのか、正念場を迎えているように思える。