米作りに適した日本の気候と勤労感謝の日(新嘗祭)
11月23日は、勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう国民の祝日、「勤労感謝の日」です。昭和23年(1948年)にできたものですが、昭和22年以前の11月23日も、新嘗祭(にいなめさい)という祭日でした。
日本は稲作に適した気候
水田での稲作が日本に伝わったのは、今からおよそ3000年前の縄文時代晩期ですが、長期間保存が出来る食糧「米」の登場で、日本の歴史は大きく変わりました。
イネ科の一年草である稲は、田植えのあと、苗が成長して枝分かれが終わるまでは高温多湿であること、花が咲いた後は日射量が多いと、デンプンの形成が活発となって粒の大きい良質の米ができます。これらの気象条件は、日本の気候とピッタリ合います。春から夏にかけては梅雨という多雨の期間があり、夏は熱帯なみの暑い晴天が続きます。
それだけではありません。日本の冬の寒さも米作りには有利なのです。
冬の寒さは、稲作にとって害となる虫や雑草が死んでくれます。春になり、害虫でてきますが、卵からのスタートであり、大発生は起こりにいといえます。また、雑草も生えてきますが、苗代を作って田植えをすれば稲を雑草より早く成長させることが可能となり、草取りによって単位面積あたりの収量を増やすことができます。
労働力を投入すればという条件がありますが、日本は稲作に適した気候なのです。
そして、古来より、日本の主な労働というと、米作りに関するものでした。
皇室で最も重要な祭祀である新嘗祭
皇室の祭祀の中で最も重要である新嘗祭は、天皇陛下が新穀を天神地祇に勧め、また、親しくこれを食するというもので、米作に感謝することがもととなっています。
その新嘗祭は、明治6年(1873年)までは太陰暦11月の2回目の卯の日に行われていました。
日についても年と同様に干支がついており、今年で言えば、12月11日が太陰暦の11月1日で酉の日、12月12日が戌の日です。そして12月17日が最初の卯の日、12月29日が2回目の卯の日ですので、明治6年までであれば、新嘗祭は12月29日となります。
「卯の日」から「11月23日」へ
明治6年に太陽暦が導入されましたが、いつも旧暦11月の2回目の卯の日で新嘗祭を行っていると、年によっては年末ギリギリどころか、新年になってからということもありえます。
これでは祭祀の意味がないと考えたためか、たまたま、明治6年11月23日(日曜)が旧暦11月の2回目の卯の日にあたって新嘗祭が行われたことから、明治7年以降は11月23日を新嘗祭とし、日付を固定しています。
西洋文明を取り入れつつ、日本古来の伝統も残すという、近代日本を作っていった明治時代の人々の知恵を感じます。