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大河ドラマで姫を演じる川口春奈への期待 過去ドラマの呪縛から逃れられるか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

川口春奈の姫役はある種の賭けだったのではないか

『麒麟がくる』ではお姫さま役の川口春奈に注目があつまる。

演じるのは斎藤道三の娘、気高いお姫さま・帰蝶である。

2話ではわれらが主人公・明智光秀が呼びつけられ、誰のお呼びなのかと駆けつけると、帰蝶が現れ、光秀はひざまずく。

凜とした気配のまま、堅苦しい挨拶はいらぬ、と声をかける。姫さまは、ただいるだけでひざまずかせるような威厳がないといけない。そういう役どころである。

川口春奈に「気高い姫」を演じさせるのは、NHKにとっても一種の賭けであろう。

彼女は、いままで、そういう役をやってきていない。

いわば初めての「圧倒的な女性役」である。

もちろん川口春奈はこれまでいろんな役をしっかり演じている。その演技力に疑いを持つ人は少ないだろう。しかし「ただいるだけで圧倒的な気品を感じさせる姫」はかなり大変なポジションである。ここで代役の亡霊に苦しめられてしまっては何もならない。

ことしの大河ドラマの命運を握る、といえば言い過ぎかもしれないが、人気の浮沈を決める一人であることはたしかだ。

川口春奈がいままで演じてきたのは、親しみやすい美女である。

たびたびヒロイン(主役)も演じているが、何も言わずに立っているだけでみなただ惹きつけられてしまう、という役はこれまで割り振られていない。

もっと、ほっとさせる役が多い。

わかりやすい例で出すなら主演映画である。

2019年は『九月の恋と出会うまで』のヒロイン役を演じた。その2年前2017年は『一週間フレンズ。』のヒロインを演じている。

どちらも純愛系ラブストーリーで男優とのダブル主演である。

『九月の恋と出会うまで』では、一年後の未来から話しかけてくる男性の声が聞こえてくる女性。一人暮らしの働く女性である。

『一週間フレンズ。』は一週間経つと記憶をなくしてしまう女子高校生の役だった。

それぞれの設定が効いて、せつない恋の展開を見せる。どちらもいい映画だとおもう。

映画『九月の恋と出会うまで』で見せた川口春奈の魅力

ただこの少し似たところのある恋愛映画2本を見たあと、強く印象に残るのは残念ながらヒロイン川口春奈のほうではない。主演男性が心に残る。

『九月の恋と出会うまで』の高橋一生、『一週間フレンズ。』の山崎賢人、彼らの気持ちが強く突き刺さって、映画を見終わった。恋愛ドラマは女性向けに作られるから、より男性の気持ちに寄り添うことになるのかもしれない。川口春奈は巻き込まれ、翻弄される立場にあり、あとから振り返っておもえば、主演男性を立てる立場にあった。彼女はよくそういう役柄を割り振られ、いつもきちんとこなしている。

彼女の笑顔は印象に残る。怒ってるときの顔も、泣いているときの顔も強く胸に訴えてくる。ただ、ドラマとして最後つきささってくるのは「男性のおもい」なのだ。彼女が触媒となり、より物語は鋭くなっていった。

そういう役どころである。

一番前に立っていない。誰かに寄り添って立っていることが多い。

 

それでいて存在感は強い。

溌剌とした十代の前半から、ドラマの中で、彼女は強い存在感を放っていた。

ドラマに出るとその一角をしっかりと占める。あるポジションを取って動かない。見てる者を安心させる力があった。

彼女のドラマデビューは2009年の『東京DOGS』である。もう10年以上前のドラマだ。主演は水嶋ヒロと小栗旬の刑事もの。水嶋ヒロが主演というだけで、時代を感じさせてしまう。ワイルドな水嶋と、静かでエリートな小栗のコンビだった。この二人がバディを組んで事件を解決する。そこに記憶をなくした女・吉高由里子がからんでくる。

川口春奈は小栗旬の妹役だった。母が田中好子。母はおっとりした人で、捜査で緊張している小栗旬の携帯に“とてものんきな相談事”を話しかけてくる(夕食のメニューの相談などである)。緩める役だった。川口春奈はその緩い空気を加速していく役どころで、溌剌とした女子高生が似合っていた。

何でもない場所をすっと占めて、そこに自然にいるのが彼女の特徴である。

2009年から途切れずドラマに出続けている川口春奈

それからドラマに出演しつづける。

2010年『泣かないと決めた日』『ヤンキー君とメガネちゃん』

2011年『桜蘭高校ホスト部』

2012年『放課後はミステリーとともに』『GTO』

2013年『シェアハウスの恋人』『天魔さんがゆく』『夫のカノジョ』

2015年『探偵の探偵』

2016年『Chef〜三ツ星の給食〜』

2017年『愛してたって、秘密はある。』

2018年『ヒモメン』

2019年『イノセンス 冤罪弁護士』

3か月続く連続ドラマで、しっかりレギュラー出演していたものでも、これだけある。いちおう私が役どころをおもいだせるものを並べたまでで、これ以外の出演もある。煩雑であるのでわかりやすいものに絞った。それでもこの数である。

2010年代の前半、彼女が10代のころ(川口春奈は1995年生まれなので2015年に20歳)演じていた役はだいたい「明るい女子高生」だった。屈託なく元気な女子高生。

わかりやすいところが『ヤンキー君とメガネちゃん』『桜蘭高校ホスト部』『放課後はミステリーとともに』である。

『ヤンキー君とメガネちゃん』(2010)では、彼女はヤンキーな女子高校生で、屈託なく明るい「舎弟」の役どころだった(アネゴ役は仲里依紗)。

『桜蘭高校ホスト部』(2011)では貧乏人の優等生だが、なぜか男装してホスト部の部員としてイケメンたちに囲まれて活動している女子高校生役。細かいところに何かつっこんでも意味のないのんきなドラマ。

『放課後はミステリーとともに』(2012)は、ミステリー好きのミステリー部副部長。推理が好きだがそんなに当たらない。なぜか野球もうまい。溌剌とした女子高生だった。

川口春奈は「明るい女子高生」として認知された。

明るくないのもある。

『泣かないと決めた日』(2010)はこれはドラマじたいがものすごく暗い作品で、彼女は主人公(榮倉奈々)の妹で足が悪いが健気に生きる高校生役だった。

『GTO』(2012)はEXILEのAKIRAがグレートな先生だったドラマ。ここではクラスの優等生ながら先生をいじめる首謀という役どころだった。裏表のある役を演じていて見事だった。この作品から彼女の注目は高まったとおもう。

明るくない場合は「健気な子」というのが役どころである。

2013年に演じた3作『シェアハウスの恋人』『天魔さんがゆく』『夫のカノジョ』になると、大学生ないしはすでに働いている女性の役になったが、やはりどれも明るい役である。

屈託なく明るい。

それが10代の川口春奈の役だった。

大河ドラマの帰蝶を演じる川口春奈に期待する理由

20代に入って、2015年以降「真面目なタイプ」を演じるようになっていく。明るく真面目な女子高生がそのまま成長したような役どころである。

『探偵の探偵』(2015)でウブな探偵、『Chef〜三ツ星の給食〜』(2016)では給食室で働く女子大生(主人公天海祐希に捨てられた子の役)となる。

2017年『愛してたって、秘密はある』では、鈴木保奈美・福士蒼汰の母子の主役がいわば「悪」を演じており、川口春奈の司法修習生は「正義」の代わりとして登場していた。福士蒼汰の彼女であり、そのおもいも貫く。彼女は「正しい人」としてドラマの中に存在するようになる。

2019年『イノセンス 冤罪弁護士』でも役どころが似ている。

ここでは新米の弁護士役。

主人公の坂口健太郎が演じる「かなり変わった弁護士」とバディを組んで、事件解決(裁判の決着)に向かうヒロインである。

坂口健太郎の弁護士がかなり変な人間なので、それを補う役だった。「仕事場を散らかす、仕事場に住み込む、ろくなものを食べない、デリカシーのない発言をする」そういう男に対して“世間常識的なツッコミ”を入れる役どころだ。まあ、正義といえば正義の役であるし、正しく生きるように注意するお母さんみたいな役柄でもある。

その前年2018年には『ヒモメン』のヒロインだった。

働かない徹底的ダメ男(窪田正孝)を彼氏に持っている看護師の役である。働かせようとするが、いろいろねだられるとつい小遣いも渡しちゃう甘い女である。ヒモにたかられるのはだいたい「まじめな女性」で、川口春奈は似合う。母性を感じさせるところもふくめて、このヒモメンのヒロイン役がかなり印象強い。

川口春奈の代表作は、と言われても、なかなかひとつが浮かばない。(強いてあげるなら『ヒモメン』ではないだろうか)。

突出して彼女の個性が迫ってきた記憶がないからだ。

「明るい女子高生」や「健気で真面目な女性」「正しい女性」という役どころを演じ、ドラマの屋台骨を支えているというポジションである。

いわば地味目なしっかりした役が多かった。

ケレン味を出して、派手に目立つ、という役ではないのだ。だからこそ安心して見られる美女というポジションだったのだ。

それが一転、大河ドラマで「姫」役、明智光秀と織田信長をつなぐ重要な役どころでもある。

かなり期待している。

「気高い女性」を演じることになり、これまでの川口春奈が演じていた役とはちょっと違う。

新しい川口春奈が見られるはずである。「強い川口春奈」が見られることに大きく期待している。

やがて、川口春奈といえば『麒麟がくる』の帰蝶、とおもいだされるような代表作になるのではないか。そうおもいつつ見守っていきたい。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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