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犯罪ドラマ『3000万』が示したいまどきの「広域犯罪事件」のとんでもない真相

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

※ドラマ『3000万』のネタバレしています

目の離せないドラマ『3000万』

NHK土曜ドラマ『3000万』が終わった。

いまどきの犯罪グループに関わっていく主婦とその家族を描いて、目が離せなかった。

3000万円の現金を手にした夫婦

主人公の祐子(安達祐実)はふつうの働く主婦で、やや夢みがちな夫の義光(青木崇高)とピアノの才能がある小学生の息子と暮らしている。

ある日、運転中にバイクと衝突する。運転していた女性は犯罪グループの一員で、怪我をしているのにその場から逃走、彼女が持っていた3000万円を手に入れてしまう。

このまま自分たちのものにしても誰も気がつかないのではないかと、警察に届けない。

ただ、犯罪グループが3000万円の金がなくなって、そのまま放置しておくはずはない。

彼女たちを見つけ出して、自分たちのグループに取り込んでいく。

「実行犯だけはいや」と言う若者のリアル

脅された祐子(安達祐実)は、特殊詐欺の「掛け子」として働くことになる。

ターゲット宅にアンケートを装って電話をかける「アポ電」の係だ。

彼女は、通販サイトの電話オペレーターであった経験を生かし、うまくターゲット宅の情報を聞き出す。

その家から金を奪いとると、報奨金ももらえる。

一緒に並んで電話を掛けているアポ電仲間が、うまくターゲットから情報を聞き出すコツを教えてもらえませんかと頼んできたこともあった。

「おれ、実行犯だけは、いやで……」と言いだす人物は人の良さそうな小太り青年で、いつの間にか犯罪組織に取り込まれた若者を描いて、ぞくっとするリアルさに満ちていた。

まさにいま「現在」の犯罪を描いている

このドラマは、いま世間を騒がす「特殊犯罪(特殊詐欺)」に取り込まれていったふつうの人を描いているところが凄い。

そしてそのまま「特殊犯罪グループの内情」まで見せる。

グループの構造は何段階にも分かれており、それぞれの階層の仲間とは顔見知りにはなるが、別の階層からは指示が出るだけである。

リアルにこういうことなのだろう。

物静かに脅すシーンや、切れて殴り倒されるシーンもあり、見ていてふつうに恐ろしい。

「現在」を描くドラマとして秀逸である。

いつのまにか「凄まじい犯罪者」に

後半、祐子(安達祐実)と義光(青木崇高)夫婦は、この犯罪組織のボスを見つけ出そうとする。ボスを警察に知らせれば、地獄のような生活を抜け出せるのではないかと考えて、努力する。同じ犯罪組織の末端の仲間とも協力する。

とちゅう間違えて、ただの「運び屋」を警察に突き出したこともあるが、最終的にはボスを見つけ出す。

仲間と協力して、ボスの家に乗り込む。

ふつうの働く主婦だった主人公は、いつのまにか「凄まじい犯罪者」へと変わっていった。知らずに引き込まれていくさまをただ見ているしかない。

日常生活のすぐそばに恐ろしい暴力が潜んでいる

犯罪組織といってもさほど大きなものではなく、ひょっとしたら上層部はすごく簡単なものではないか、とヒロインたちは当たりをつけていた。

そして、「ただのおばさん」にしか見えないある女性の家に乗り込む。

ふつうに無防備に暮らしているおばさんが、ボスであった。

最初、彼女は、人違いだと言い続けて、説得力に満ちていた。

でも、その口の巧さで仲間を寝返らせ、拘束から抜け出して、ヒロインたちを殺そうとする。

暴力的集団のボスであった。

日常生活のすぐそばに恐ろしい暴力が潜んでいることを見せて、すごいドラマである。

かつての朝ドラヒロイン清水美砂の圧倒的な存在感

この凄みあるボスは、きれいなおばさんで、なんか清水美砂に似ているな、とおもって見ていたんだが、清水美砂だった。

朝ドラ『青春家族』のヒロインだったのは平成の最初のころでもう40年前じゃないかとおもったが、正確には35年前。10代でヒロインを演じていた彼女も(いしだあゆみとのダブルヒロインでしたが)、50代の犯罪組織のボスとなっていた。

最終話での彼女の存在感ははんぱなかった。圧倒された。

末端の実行判たちだけが捕まる

闇組織が起こす強盗事件が2024年は大きな話題となっている。

現実世界でも、末端の実行犯たちは次々と捕まるが、組織の中心にあるボスが摘発されたというのは、なかなか聞かない。犯罪組織が壊滅したから安心してお眠りください、という通達もない。

ドラマでも、末端が捕まっても、ボスは組織を組み直して、またやろうとしているばかりだった。

一人が巻き起こす「広域強盗事件」

ドラマ『3000万』は、犯罪組織はこんな感じではないかと、ひとつの犯罪モデルを示したことになる。

その真相モデルは

「たとえば口と頭がものすごく廻るおばさんが一人で仕切っているとか」

である。

腹心の男と言える存在も最終話でみるかぎりは一人だけ。彼もすぐに切り捨てられそうでもあったから、いわばおおもとは単独と言える。

たった一人が、うまい組織作りで、社会を不安に陥れている、という図式が示された。一人が巻き起こす「広域強盗事件」。

奇妙な説得力に満ちていた。

たしかに一人だと、うまく立ち回れば、いろいろ逃げやすいのかもしれない。

「ふつうの人のお話」であった

主人公と共にボス摘発に動いた闇仕事仲間は、最後、警察に自首した。

ヒロイン(安達祐実)は、そのあと一人クルマを運転して、どこかへ向かう。

途中で止まり、しばし考え込んだあげく、急激にUターンして来た道を戻っていった。そこでドラマは終わった。

明確なラストは示されていない。

順当に考えるなら、家族のもとへ帰り、さらに自首する、というところだろう。

でも、じつは次の犯罪の準備に向かった、と言われても、明確には否定できない。

そもそも正邪の基準が曖昧な「ふつうの人」として描かれていたから、何かあったらどっちに流されるかわからない。

ふつうの人が、凄まじい犯罪者に変わる姿を見せられたから、どういう結末であっても不思議ではない。

ふつうの人がすっと犯罪に走るものだ、というのがこのドラマの芯にあったとおもう。

なかなか胸の芯に届いたドラマであった。

名作である。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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