父親の“ウツ”が娘に伝染? 異常社会ニッポンの現実
「私は就職したくない。怖いです。父は会社に壊された」
「父が会社を休むようになってから、母がものすごく明るく振舞っていて。それを見るのがとてもつらい」
「父はきっとずっとつらかったんだと思います。でも、そのことに家族は気付きませんでした。何もしてあげられなかった」
講義のあとや校内ですれ違ったときに、何か相談したげにやってくる学生がいるのだが、その中に「父親がウツ」と語る学生たちが多い。
働く人のメンタル不全については、職場との関係性で論じられることはあっても、メンタル不全に陥った父親が、家庭でどうしているか? その家族がどうなるか? について、語られることは滅多にない。「すべての社員が、家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さん」であるにも関わらず、だ。
そこで今回は、学生たちの父親の年齢にあたる“40代のウツ”について、考えてみようと思う。
「父親がウツになっているなんて、気が付かなかった。自分のことばかりやってて。でも、あるときからなんかおかしいって思うようになって。どんどん痩せていったし、白髪も目立ってきて。なんか変だなって」
「それで母に聞いたんです。お父さんの病気って何?って。それで知ったんです。お母さんから、『普通にしてあげてね』って言われた。でも、どうしていいのか、わからなくて。だって、お母さんもなんか、疲れているみたいだったし。何をしていいかわからなかった」
「父が病気になるまでは、家族でキャンプにいったり、弟のサッカーの試合を応援にいった。でも、今はありません。父は、今は会社に行くようになりましたけど、やっぱり前とは違う。なんか…、違う。だから、私は就職するのが怖い。甘えてるだけなのかもしれないけど、怖いんです」
“父がウツ”と語った学生の1人は、こう話してくれた。
彼女の父親が実際どういう状況にあったかは、これ以上はわからない。ただ彼女だけでなく、お父さんも結構しんどかったんじゃないだろうか。
以前、精神科医の先生が、「ウツは家族で乗り切りましょうって言われることが多いけど、家族が余計に負担になることもある。難しい問題ですよ」と話してくれたことがあった。
当時、私は仕事やら、研究やら何やらでかなり追い詰められ、ストレス研究者でありながら、ものすごくストレスを感じていたので、先生の話に至極納得した。
私を気遣う両親に、「大丈夫。元気だよ」っと思わせるように演じるのがしんどかった。心配してくれているのがわかるから、心配かけまいと余計に頑張る。もちろん家族に助けられることは多かったけど、“いい娘”を演じるのが負担だったのである。
おまけに、そのプレシャーが極限状態になると、感情が抑えきれなくなって爆発がおこる。“感情”がフライングする。そして、落ち込む。凹む。「なんて私はダメなんだろう」と。完全なる悪循環だ。
前述の学生の父親も、休職するほど心身が疲弊する中で、“いい父”を演じ続けるのは、相当しんどかったと思う。
もちろん彼女(=前述の学生)も。そして、元気がなかったという母親も。ひょっとすると、父親のウツがうつってしまった可能性だってあるかもしれない。
スピル・オーバー……。これは(余剰・余波)という現象で、もともとは電波が目的の地域外まで届く現象のことを指す言葉だが、心療内科では、職場でのストレスと家庭でのストレスがそれぞれの界面を超えて相互に影響を及ぼす現象を表す。
1990年代以降、欧米を中心にスピル・オーバーに関する実証研究は急速に増え、その中で、夫(妻)のストレスが妻(夫)に伝染することがわかったのだ。
特に夫婦仲がよいほど、スピル・オーバーは起こりやすい。また、最悪の場合、父親の“ウツ”が娘に伝染する可能性もある。
「私は就職したくない。怖いです。父は会社に壊された」――。こう語る学生は、就活というストレスと、“父親”からのスピル・オーバーと、両方のリスクにさらされているのである。
現在、日本には100万人以上のうつ病の人たちがいて、受診していない人や、抑うつ状態の人を含めると、200万を優に超え600万人ともされている。
特に40歳代は多い。
なぜ、40代が急増したのか? いろいろな事情はあるのだけれども、かつては存在した安定の拠り所は過去のもの。追い出し部屋らしきものに送り込まれる50代を目の当たりにし、数年前までは単なる「グレーゾーン」だったものが、「限りなく黒に近いグレー」となった。頭では「どうにかしなきゃ、やばいぞ!」とわかっているのに、金縛りにでもあったように身動きがとれない。ただただストレスばかりがのしかかっている。そんな40代が増えているのではあるまいか。
父親世代である40代の職場環境で鳴り響く、「いつでもウツになりますよ!」という警報アラーム。「経済成長命!」とカネばかりが優先され、競争に勝つことばかりが求められる社会で、飛び交う“銃弾”の数々。
そんな“戦場”で、日々働いているのが現代のビジネスマンだ。
そりゃ、ウツにだってなる。それでも「成長しなきゃ、ダメ」という人たちがたくさんいて、銃弾を放ち続ける。本当は、放ち続ける人たち自身も弾に当たっていて、しんどいはずなのに。それでも撃たずにはいられない。撃つのを辞めることも、怖いのだ。
市場経済の影響を受けていない文化では、うつ病になる人も、自殺をする人もほとんどいないそうだ。例えば、ニューギニアのカルリ族では、希望を失うこともなければ、絶望を感じることもなければ、うつ病になる人も、自殺をする人も一切確認されていない。
もちろん今さら、「狩猟の生活に戻りましょう!」なんてことをいうつもりは、毛頭ない。
だが、父親世代の“戦場”で鳴り響くアラームを解決することが、元気な若い世代育成のためにも重要ではないのか?
大企業有利といわれるような政策よりも、中小企業が元気になる策を、長時間労働を無くす策を、徹底的に議論し、実行すべきだ。
そして、お父さん。もし、ヤバい!と感じたら……、その戦場から逃げください。
魚は、“天敵”がいる水槽にいると、最初は天敵に“恐怖”感じ逃げ惑うのだが、次第にウツになってしまうという。
今の働く人々は、“ウツになった魚”と同じ環境にいる。その環境で、天敵から身を守るには、水槽を飛び出すしかない。
運動したり、十分な睡眠をとったり、お酒を飲んだり、おしゃべりをしたり、買い物をしたりして、「水槽=職場」から離れる時間を増やす。そして、どうしてもしんどくなったら………、逃げろ!
それは自分のためでもあり、大切な家族を守るための行動でもある。それほどまでに現代社会は、“異常な戦場”と化しているということだ。