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弱いものを守らぬ国と、不正告発者を追いつめる法の穴

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:アフロ)

兵庫県の斎藤知事のパワハラの疑いなどを告発する文書をめぐり、県議会調査特別委員会(百条委)が開催され、斎藤氏が証人尋問に立ちました。

すでに報道されているとおり、斎藤氏はパワハラを否定し、疑惑を告発した県西播磨県民局長だった男性職員を懲戒処分にしたことについても「適切だと思っている」と述べました。

8月30日に開かれた百条委員会開催に先立ち、すべての県庁職員を対象に行われたアンケートの中間報告が公表されました。8月5日までに寄せられた全体のおよそ47%にあたる、4500人余りの回答の集計結果です。

本調査は「告発文書」で指摘された7項目の内容の真偽について、職員の認識や経験を問う内容で構成されています。

具体的には・・・

・斎藤知事の命令を受けた副知事が、五百旗頭真理事長に対し、副理事長2人の
 解任を通告。その後、五百旗頭氏が急性大動脈解離で急逝。そこに至る経緯。
・21年7月の知事選で県職員が知事への投票依頼などの事前選挙運動等。
・知事による次回知事選に向けた投票依頼。
・贈答品などを知事が受領。
・県の職員らによる知事の政治資金パーティー券の大量購入依頼。
・阪神・オリックス優勝パレードにかかる信用金庫等からのキックバック。
・知事のパワハラ。

公表された66ページにのぼる報告書には、これらの「疑惑」について現場の声が丁寧に記されていました。それは現場の訴えであり、働く人たちの正義であり、組織の空気であり、あり方への疑問でした。

この問題については百条委員会とは別に、兵庫県議と弁護士で構成する「準備会」が、真偽を調査する第三者機関を設置し、2025年3月上旬をメドに報告書を取りまとめることを決めたので、こちらの結果が出てから私見を述べたいと思っています。

一方で、メディアの報道はパワハラに偏っていますが、この問題の本質は「内部告発=公益通報」をされた側の知識のなさと、法の曖昧さにあります。そこに尽きるとといっても過言ではありません。

<問題の本質について>

ことの始まりは3月12日に、元県民局長だった男性職員が「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為について」と題する告発文を一部報道機関に送付し、20日にその事実を知った斎藤知事が「犯人探し」を県幹部らとはじめたことです。翌日には「元幹部職員の関与の可能性」が浮上し、その後、元幹部職員の公用メールから文書が送られていたことを突き止めます。

ここまでで終われば、まだ救いはありました。が、なんと県側は元幹部職員を6回にもわたって聴取を行い、3月25日には元幹部職員のパソコンを押収したのです。パソコンには告発文のデータが残されており、県側は27日、元幹部の定年退職(3月末予定)を取り消し、役職を解任します。

4月4日に元幹部職員は「公益通報制度」を利用して件の窓口に通報し、担当部署が手続きを開始。そして、7月、元幹部職員が亡くなるという、最悪の事態に発展しました。

なぜ、最初から「公益通報制度」を使わなかったのか?という声もありますが、これはごく自然なことです。問題が表に出ないまま、握りつぶされてしまうリスクが多分にあるからです。だからこそ「内部告発」という手段に出るしかないのです。

奇しくも今年2月、「組織の不正をストップ! 従業員と企業を守る『内部通報制度』を活用しよう」という見出しの記事が、政府広報オンラインに掲載されました

記事で一貫して主張していたのは「あなた(=通報者)を守る法律があるから大丈夫!あなたが不利な扱いを受けないように、ちゃんと国が決めてあるから安心して通報してね!」という、従業員や職員たちへの呼びかけでした。

しかし、「勇気を出して声をあげた通報者」は守ってもらえなかった。

法律がある=守られる というわけじゃなかった。そもそも日本の内部通報制度には「通報した人を守る視点」、つまり告発者視点が著しく欠けているのに「法律があるから大丈夫!」という呼びかけは、いささか乱暴に思います。

<法の穴について>

内部通報した社員を守るために2006年に施行された「公益通報者保護法」の第3~5条には、内部告発を理由とした解雇、派遣労働契約の解除、その他の減給、降格といった不利な扱いを禁止すると書かれていますが、肝心要の罰則規定が明記されていません。

どんなに国が「あなた(=通報者)を守る法律があるから大丈夫!」と豪語したところで、「法の抜け穴」をかいくぐるのは可能です。「内部通報者に冷淡な国」と言っても過言ではないほど“その穴”は大きいのです。

2018年、和歌山市の男性職員は地域の子ども会に補助金を支出する業務に関して「子ども会側が補助金を得られるように、架空の活動内容の書類を作るよう上司から依頼され、(そのストレスから)心身に不調があらわれるようになった」と訴えて休職。市の内部通報窓口に内部告発をしました。

その後、男性職員は復職したものの、告発で処分された職員と同じフロアで働くのを余儀なくされた末、2020年6月に自殺したのです。

家族は男性の死が業務上のストレス(人事上の不利な異動)が原因だったなどとして、地方公務員災害補償基金県支部に、公務災害を申請しました。しかし、支部側は2024年1月に請求を棄却。「(両者が)業務で直接関わることもなく、職場関係者から嫌がらせがあったという証言もなかった」というのが理由です。

一方、家族側は5月13日付で不服を申し立て、14日には弁護士などが作る支援団体が記者会見を開き、公益通報者が守られていなかった疑いがあるとして、市に対し、第三者委員会を設置して経緯を調査するよう求めました。

これに対し、和歌山市の人事課側は「同じフロアにいた処分された職員は別の課であり、不適切な人事配置ではなかったと考えている」とコメントしています。

<世界の公益通報制度との違い>

世界に目を向けると、「内部通報者の保護を実質的なものにするための制度」が徹底されています。さまざまな角度から「内部通報者」が守られる仕組みが重層的に構築されています。

例えば、EU(欧州連合)の「EU公益通報者保護指令」では、内部通報者が異議申し立てをできる窓口の設置が盛り込まれ、雇用主側に「不当解雇でないこと」を証明する責任があると定めています。

お隣の韓国では、2011年に成立した公益通報者保護法で、解雇などの不利な扱いをした企業に対する、罰金や懲役を含む刑罰を定めました。

また、世界一といわれるほど、内部通報の制度が整備されている米国では、通報者に報奨金が払われます。報奨金を出すことについては賛否両論があります。しかし、米国はそもそも労働者を守る制度が徹底されているので、企業の不正防止への効果はあるといえるでしょう。

法律とは、弱い立場のものを守るためにある、と私は信じているのですが、

残念ながら日本の法は「大きいもの」「強きもの」の視点で作られているように思えてなりません。「禁止」「罰金」などが法律に明記されるのを嫌う傾向があるのはいったいなぜ、なのでしょうか。

これ以上大切な命が失われないように、内部通報制度についても議論を進めてもらいたいです。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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