Yahoo!ニュース

『虎に翼』が描く“ハラスメント大国ニッポン“の根っこ問題

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:イメージマート)

ーー町長は、職員に対して、人を見下した発言や侮辱的発言を常日頃から行っていた。 町長としては、冗談のつもりであった、 コミュニケーションを取っていた等の言い分もあるようであるが、言われた職員は単に侮辱を受け不愉快な思いをしたのみである。組織のトップからの発言であり、優越的な関係から、職員は黙って耐えるか、 笑って誤魔化して対応するしか、すべがなかった。町長は、その反応を見て、職員が嫌がっていると感じることもなく、ハラスメントをしている自覚をもつこともなかった。そのため、町長の見下し発言は止まることはなかった。

これは先日(4月22日)公開された「東郷町長のハラスメント事案に関する第三者委員会の調査報告書」に書かれていた一文である。

第三者委員会が実施したアンケート対象職員739名の内、105名がハラスメントを経験したとし、138 名が他の職員が受けているのを目撃したと答えた(以下、報告書から具体的な言動の一部を抜粋)。

「お前らの脳みそは鳩の脳みそより小さい」「バカヤロウ」「最上級のあんぽんたん」「三流大学以下」「ポンコツ1号・ポンコツ2号」「死ね」「飛ばすぞ」「いつ子ども作るの?」「(手術を控えている女性職員に)いつ巨乳になって帰ってくるの?」「(男性職員に)エロ本買うの?」「育休を1年取ったら殺すぞ」etc.etc.....

報告書に記されていたハラスメント言動の数々は、どれもこれも「いい大人」の言動とは思えないものばかりだった。いったい職場をなんだと思っているのだろう。

本件は昨年2月の町幹部会議で町長の発言を問題視した職員が、独自に実施したハラスメント調査の結果をSNSで公表したことがきっかけになり、中日新聞が取材をすすめ11月に記事化し全国に広がった。もし、勇気ある職員がいなければ、職員は今も耐えるしかなかったということだろうか。

<ハラスメント王国ニッポン?>

昨年5月には、岐阜県岐南町の町長の「ハラスメント疑惑」を文春オンラインが報じ、弁護士3人による第三者委員会が設置された。調査報告書によると、少なくとも99件のセクハラがあったとされ、特定の女性職員に対し「刑法上の強制わいせつ罪(刑法176条)・ 不同意わいせつ罪」に該当する可能性がある行為も認められている。町長就任直後の2020年11月からセクハラ被害の訴えがあったが、「町長に注意しても何も変わらないだろう」「むしろ恫喝されて終わる」と幹部たちも対応をあきらめていたそうだ。

昨年12月にはENEOSホールディングス(HD)の前社長が、懇親会の場で女性に対して破廉恥な言動をしたとして解任された。一年前の22年8月に高級クラブで下劣なセクハラ行為に及んだとして辞任した前会長に続く愚行だった。さらに今年2月にはグループ会社のジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)の会長が懇親の場で女性にセクハラ行為があったとして解任されている。

いったいいつになったら、この国から「偉くなったら何をやってもいい」と妄信する輩は消えるのだろうか。

欧米にもハラスメントはあるし、横暴で幼稚な振る舞いをする権力者は存在する。しかしながら、法律で厳しく規律を定めているので、発覚した場合の痛手が大きい。加えて、どんな立場の社員でも弁護士を使って主張の正当性を確かめられる手立てもさまざまな側面から徹底されている。

その根っこに存在するのが「法は私たちをしあわせにするためにある」という共通の価値観だ。

そもそも国際労働機関(ILO)は、19年6月、職場での暴力やハラスメントを全面的に禁止する初の国際条約「ILO暴力・ハラスメント条約(第190号)」およびそれに附属する勧告(第206号)を採択している。

条約ではハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行など」と定義し、それらを「法的に禁止する」とし、違反した場合には制裁を課すことを明記した。法律で明確にパワハラを「禁止」することにより、部下に対して責任を持っている上司はパワハラ的な言動をすれば自分の評価が下がるので、部下を指導する際に圧力をかけるのではなく、他の妥当な方法での対応を迫られることになる。

<内部通報に冷酷な国>

一方、日本の「ハラスメント防止法」では、ハラスメント行為そのものを禁止していない。使用者に防止措置を義務付けただけで罰則もない。「法的に禁止」→「損害賠償の訴訟が増える」という流れが予想されるため及び腰になっているのだ。

しかも、残念なことに日本は世界でもまれに見る内部通報者に冷淡な「内部通報後進国」と欧米から揶揄されるリアルもある。

内部通報した社員を守るために06年に施行された「公益通報者保護法」の第3条、第4条、第5条には、内部告発を理由とした解雇、派遣労働契約の解除、その他の減給、降格といった不利な扱いを禁止すると書かれているが、肝心要の罰則規定がこの「法」にも明記されていないのだ。

世界では内部通報者が「不当な扱いを受けた時」に通報者が異議申し立てできる窓口を設置するなど保護を実質的なものにするための制度が徹底され、EU(欧州連合)では19年に「EU公益通報者保護指令」が成立。内部通報者が異議申し立てをできる窓口の設置が盛り込まれ、雇用主側に「不当解雇でないこと」を証明する責任があると定めるなど様々な角度から「内部通報者」が守られている。

また、韓国でも11年に成立した公益通報者保護法で、解雇などの不利な扱いを行った企業に対する、罰金や懲役を含む刑罰を定めた。

<みな孤独だった>

日本の法律には禁止もしなけりゃ、罰則もないのだから、どうしたって法律の抜け穴は大きくなる。話題のドラマ『虎に翼』の主人公の虎子(伊藤沙莉さん)が「法律とはきれいなお水が湧きでている場所」というセリフをいう場面があったが、法はきれいな水であり、よけいな色を混ぜてはならないのに、「権力」とか「権威」の色が混ぜやすくなっているのが現状である。

つまるところ、「法は人を幸せにするためにある」という意識の欠損が、「偉くなったら何をやってもいい」と妄信する輩を延命させてしまうのだろう。働く人は労働力を提供しているのであって、人格を提供しているわけではないのに、法規制が甘いがゆえに権力者の横暴を許してしまっているのだ。

私はこれまで1000人以上のビジネスパーソンの「声」に耳を傾けてきた。その中にはハラスメントが理由で、離職を余儀なくされた人たちがいた。彼らはとてもとても「孤独」だった。SOSを出す気力もなえ、最後の救いを求めて連絡をくれた人たちもいた。

同じことを自分の娘なり息子なりがされたら、どう思うか。

同じことを自分の娘や息子にできるか。

「パワハラ防止法」の全面施行から2年が経った今だからこそ、今一度「ハラスメント」を社会の問題と捉え、議論する必要があるのではないか。

パワハラをする輩を「時代についていけてない昭和おじさん」的レベルで語ったり、セクハラする輩を「スケベなおじさんがやらかした下品な行為」といったワイドショー的な受け止め方をしていては「社会の問題」という視点が脆弱になるばかりだ。

自分たちの裏金問題にも法律を作れない今の政府に期待はできないけれど、どうか今一度ハラスメント防止法の効果を検証し、見直しを含めた議論してほしい。

すべての社員が、家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり、苦しめたりしていいわけないのだからして。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

河合薫の最近の記事