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父親の悩み:子の引きこもり、暴力:長男刺殺の元農水次官に2審も懲役6年報道から

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:悩んでいる父親たちがいる(提供:写真AC)

■長男刺殺の元農水次官に2審も懲役6年

同居の長男(当時44歳)を刺殺したとして殺人罪に問われた元農林水産事務次官の熊沢英昭被告(77)の控訴審判決で、東京高裁は2日、懲役6年を言い渡した裁判員裁判の1審・東京地裁判決(2019年12月)を支持し、被告側の控訴を棄却した。(長男刺殺の元農水次官に2審も懲役6年 被告側の控訴棄却 東京高裁毎日新聞2/2Y!

悲しい事件でした。被告は、引きこもりの息子が、小学生を襲うのではないか、親のことも殺すのではないかと危惧し、怯えたと報道されています。

■どんなに立派な親も家族のことで悩む

被告は元事務次官。事務方のトップ。最高に偉くて社会的地位が高く、事務能力に優れ、きっと様々な人脈も持っていたことでしょう。

しかし、どんなに社会的に立派な人でも、家庭内のことは別物です。

校長先生も、教育委員会の人も、子育てに悩みます。超一流のスポーツ選手も、高貴な家の方も、子供のことで悩みます。トップに立つ政治家も、家族のことで振り回されもします。

医者家族が、家族の薬の依存で長年悩みぬくこともあります(「死んでほしい」とまで願った、薬物依存症の母の涙が導いた“刑務所の医師”という道)。

社会的地位や、仕事ができることと、家族の問題は別なのです。聖書に登場する偉大な預言者も、子供のことで悩んだりしています。

むしろ、立派な親だからこそ、誰にも相談できないと悩むことがあるでしょう。

■立派な親だからこそ子供も辛い

今回の事件でも、子供は悩んでいたようです。偉大な父親を尊敬しつつも、「お前らエリートは、俺を馬鹿にしている」「お父さんはいいよね。私の人生は何だったんだ」と声を荒げたといった報道もあります。

立派な親だから、子供にプレッシャーを与える親もいます。親は全くそんな気はなくても、子供が意識してしまうこともあります。

親が立派だと、子供も当然立派(好成績、一流の進学、一流の就職)になるはずだと、周囲がプレッシャーをかけることもあります。

良い子でいて当たり前、良い成績で当たり前。そんなふうに見られて辛かったと語る子供たちもいます。

■一生懸命な子育ての問題

子供のことで悩みぬき、子供を殺して自分も死のうとさえ思ってしまう親もいます。それは、一生懸命頑張ろうとしているからです。

世の中には、子育てから逃げている親もいます。

「子育てはお前に任せてある」などととんでもないことを言う父親もいます。

しかし、頑張る父親もいます。

被告は「できるだけ寄り添ってきたが、つらい人生を送らせた。息子を手にかけてしまったという罪の大きさを自覚している」と法廷で語ったと報道されています。

一生懸命も、子供に寄り添い続けることも、良いことです。ただ、だからこそ悩みが深くなることもあります。

「誰かに相談すればよかった」と言う人もいます。その通りです。しかし、一生懸命だからこそ、周囲が見えなくなり、相談できない親もいます。子供を心理的に手放すことや、子供との間に心理的な境界線を引くことができなくなる親もいます。

(写真はイメージ:提供写真AC)
(写真はイメージ:提供写真AC)

■どうすれば悲劇は防げたか

大人になった我が子の引きこもり、暴力。そこから生まれる最悪の悲劇。そんな事件は繰り返されてきました。

大人の引きこもり問題は、簡単に解決できる問題ではありません。

プライドを捨て、時には心を鬼にしてでも、問題解決を図ることが必要なこともあるでしょう。親が高齢になる前に、動けるうちに解決への糸口を見出すことも大切でしょう。

ただ、もう一つ言えることがあるとすれば、親も自分を守ることが大切です。精神的に追い詰められないことが必要です。

我が子からの暴言、暴力。どれほど辛く悲しいことでしょうか。暴言暴力は、私たちの想像以上に、人から冷静さと力を奪います。

男でも女でも、どんなに社会的に立派な人でも、暴言暴力を浴び続ければ、正常な判断力を失います。そうなってしまえば、どんなに聡明で強かったはずの人でも、孤立感と絶望感に沈み、自殺や殺人さえ考えてしまうのです。

暴言暴力から、とりあえず逃げることも大切です。そうしなければ、現実的な対応がとれません。

今回の事件で、被告を称賛する声も一部にはあります。子供が事件を起こす前に自分でけりをつけた父親は正しいと言う人さえいます。

しかし、そんなことを考える親は、冷静さを失っています。心理的に追い詰められた末の考えと凶行です。

事件にまでなってしまうのは、氷山の一角でしょう。あなたの町にも、悩んでいる親がいます。思い詰めている親がいます。彼らの背中を押すような言動は慎むべきでしょう。

むしろ、愛があるからこそ悩み、だからもう少しの発想の転換で、事態は好転する可能性はあるのだと伝えたいと思います。

今、日本で引きこもり状態にある人は、100万人を超えていると言われています。しかも40代以上が多いとの調査もあります。

これはもう、親だけの問題ではありません。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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