1ヶ月1,000円で映画見放題のMoviePassは、やはり潰れるのか
そんな美味しい話が、あるわけはない。早くから皮肉な、いや冷静な見解を示していた人々は、今、「やっぱり」と顔を見合わせている。1ヶ月 9ドル95 セント(約1,099円)で1日1本映画を見られる会員制のMoviePassが、倒産間近かと言われているのだ。
アメリカ時間27日、MoviePassの株価は、一時、上場以来最低となる18セントまで落ち込み、21セントで終値をつけた。32ドル90セントの最高値をつけた昨年10月から大幅に落ち込んだ形で、このまま1ドル以下での取引が続くとナズダックの銘柄表から外されるかもしれない状況だ。だからといって必ずしも倒産するとは限らないのだが、米証券取引委員会によると、経営破綻に陥る会社の多くは、そこに至る段階で市場取引を続ける条件を満たせなくなっているとのことである。
また、MoviePassは慢性的に赤字で、昨年1年間に1億5,000万ドルの損失を出している。今年は本格的に夏を迎える前から「ブラックパンサー」「クワイエット・プレイス」「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」などが大ヒットし、業界全体が盛り上がっているのを受けて会員数も増えたのだが、MoviePassはそもそも、人があまり映画に行かないことを前提にしたビジネス。会員が増えるのはうれしくても、その人たちが実際に頻繁に映画に行くと、損をする仕組みなのだ。そこへ来て、今度は、MoviePassと提携している大手映画館チェーンが、独自に似たような会員制システムをデビューさせたのである。彼らの将来の見通しは、お世辞にも明るくはない。
損しないように考えられたライバルのシステム
MoviePassの仕組みは、こうである。会員は、アプリで見たい映画を上映している提携映画館を検索し、その映画館の近くに行ってから、アプリ経由で特定の回のチケットをリクエストする。リクエストを受けて、MoviePassはそのチケットと同額のクレジットをデビットカード式の会員証に与え、会員はそのカードを使って映画館の自動券売機でチケットを取得する。
アメリカで、映画のチケットの値段は、都市や映画館、曜日や時間によって大きく変わるが、L.A.中心部で午後か夜の回となると、だいたい12ドルから18ドルあたりだ。つまり、会員にしてみれば、1ヶ月に1本しか見なかったにしても、9ドル95セントの月会費の元は取れる。一方で、MoviePassにしてみたら、1回使われただけでも損することになる。
この根本的な問題について、過去にMoviePassは、「スポーツジムと同じで、最初こそ喜んでどんどん行っても、そのうちあまり行かなくなる」という論理を述べていた。近年はNetflixやケーブルチャンネルが次々に優れたテレビドラマを提供し、人を外に連れ出すのが難しくなったことから、MoviePassは、劇場主に対して、「どうせガラガラならば誰かが来てくれてポップコーンが売れるのはありがたいだろう」という説を押し付けてきてもいる。それでも劇場主の間では価格破壊を招きかねないこのビジネスモデルに反感が強くあり、参加する映画館は多くない。彼らの態度自体も横暴だと評判が悪く、収益を増やすために、提携する映画館チェーンに対して、特別ディスカウントをくれ、ポップコーンなど売店の売り上げの一部を分けろなどと要求した時には、激しい怒りとともに断られている。
そんな中で、期待作盛りだくさんのこの夏がやってきたのだ。娯楽の選択肢が多い現代はとくに、映画に行くという行為には連鎖効果が大きい。せっかく行ったのにつまらなかったら「高いお金を払って、駐車場も混んでいて面倒な思いをしたのに、時間とお金の無駄だった。やっぱりNetflixでいいや」と思うかもしれない。逆に、とても良い映画を見て満足すると、「映画っていいなあ。また行こう。来週は、さっき予告編がかかっていたあの映画にする?」ということになるかもしれないのだ。この夏は後者になりそうで、そうなるとMoviePassは困るのである。
そして今月26日、全米最大の映画館チェーンAMCが「Aリスト」を導入したのだ。
「Aリスト」は、20年以上前から存在するAMC独自の映画クラブに加わった新たなレベル。このクラブは従来、会費無料で、AMCの映画館で何かを見るたびにポイントが貯まり、一定数に達したらただで1本映画を見られるというものだった。近年は、月15ドル(約1,657円)の会費を払う代わりにポップコーンが無料で早くポイントが貯まる「プレミア」レベルを加えたが、今回、月19ドル95セント(約2,204円)を払えば、週3本まで無料で映画を見られるという「Aリスト」が足されたのである。
週3本ということは月12本で、MoviePassの月30本よりは少ない。とは言え、現実的には多くの人にとって十分のはずだ。さらに「Aリスト」は、3D、IMAXや、同じ映画をまた見るのに使ってもいい上、事前にオンライン予約できるという、MoviePassにはない利点もある。
AMCの動きを受けて、MoviePassは「値段は私たちの倍で、使える映画館の数は4分の1。私たちがより得に見えることをやってくれてありがとう」という皮肉なツイートをした。一方で、AMCのトップは、Deadline.comに対し、この価格は長期的に継続可能なものであり、「他社とは違う」と、暗に反撃をしている。
たとえ潰れてもMoviePassは劇場ビジネスを変える
もちろん、MoviePassもただ手をこまねいてはいない。Businessinsider.comの取材に対し、MoviePassのCEOミッチ・ロウは、近々いくつかのオプションを加える予定だと語っている。たとえば、追加料金を払えば3DやIMAXも見られるようにすること、一緒に行く友達のチケットも買えるようにすることなどだ(AMCの『Aリスト』も、自分の分1枚しかチケットの取得ができない)。
だが、同時に、需要の高さによって追加料金を取ることも検討中で、マーベルのスーパーヒーロー映画を公開初週末に見るような場合がそれに該当するだろうとのことである。具体的にいくらになるのかは決まっていないそうだが、最低2ドルということで、そうなるともはやAMCの会費が「私たちの倍もする」とは言えなくなる。あれを見るにもこれを見るにも追加料金がかかるとなると、利用者は、すっぱりと最初から料金が決まっているAMCのほうが良心的と感じるかもしれない。
また、AMCが唯一のライバルとも決まってはいないのだ。テキサスを拠点にする映画館チェーン、アラモ・ドラフトハウスも、来月、ニューヨーク限定で、独自の会員制度をテスト導入すると発表したのである。値段やルールなどは明かされていないが、これがMoviePassだけでなく、ほかの映画館チェーンの関心を集めることは間違いないだろう。この先、次々に他社が似たような会員制度をデビューさせることになっても、驚きではない。
先月末の段階で、MoviePassは、手持ちの現金が1,800万ドルしかなかった。それに対し、先月1ヶ月の損失額は4,000万ドルだ。今月の損失は、それをさらに上回る4,500万ドルになると見込まれている。MoviePassは、果たしてオプション導入の効果を見るまで持ちこたえられるのか。だが、彼らの運命がどうなったにしても、その影響は、おそらくこれからも残っていくことだろう。MoviePassは、従来のやり方を打ち破る可能性を示してみせた。アメリカの劇場ビジネスは、ここからきっと変わっていくはずである。