お客様相談室に「うちの冷蔵庫にある賞味期限切れ食品、食べられますか?」と聞いてくる人たち
日本ビデオニュース株式会社が運営するニュース専門のインターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」。ここで放送中の、日本ビデオニュース代表でジャーナリストの神保哲生さんと、社会学者の宮台真司さんが司会を務めるニュース対談番組「マル激トーク・オン・ディマンド」に出演させていただいた。毎週、1時間半ほどの時間をかけて、1つのテーマを掘り下げて議論する内容。2018年4月で、番組開始から18年目に入った長寿番組だ。
2018年5月11日に収録し、5月12日に放映開始したものが、Yahoo!ニュースに転載された。そのコメント欄に、メーカー勤務と思われる方から次のような趣旨のコメントがあった。
「ウチの冷蔵庫」の食品のことを聞かれてもメーカーには答えようがない
これを読んで、筆者も、食品メーカー入社後、5年間、お客様対応業務を兼任していた時のことを思い起こした。「うちにある賞味期限切れの商品、食べられますか?」と聞いてくる消費者の方は、とても多い。特に多かったのは大掃除の時期、年末だった。この時期に、溜まった食材などを整理する人が増えるのだろう。
筆者の勤めていた企業の食品のほとんどは、一年間(365日間)の賞味期間があった。ただ、同じ製品でも、海外ではそれより半年長い場合もあった。日本との気候や湿度の違いもあるだろう。そのような背景とともに、問い合わせのあったお客様には「海外では1年半の賞味期間の場合もありますが、・・・」などとご説明していた。
企業のお客様対応窓口では、商品(食品)の基本的な性質は説明できるものの、個別の商品がどのような環境下(温度・湿度・直射日光を受けたか否かなど)で保存されていたのかまで細かく把握することはできない。そのため、賞味期限は「あくまで目安」であること、したがって、消費者自身の五感で個別に判断してください、としか答えようがない。企業のお客様相談室の方は、消費者に直接言うことはできないと思うので、代弁させていただくと、状況から判断して、たとえ食べても大丈夫だろうと思っても、「はい、大丈夫です」などと断言して保証することなどできない。
拙著『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬舎新書、3刷)にも書いたが、賞味期限は「思考停止ポイント」だと思っている。自分の頭で考えたり、五感を駆使して判断したり、ということをせず、とりあえず数字だけ見て「あ、これダメ」と瞬時に捨ててしまう。もしくは、企業に電話して判断を委ねてくる。
アレルギーに関する内容、特に7大アレルゲンと言われる「卵、小麦、乳・乳製品、蕎麦、落花生、エビ、カニ」については、場合によっては命に関わる可能性がある。企業は原材料欄に明記する義務がある。ただ、食材そのものは入っていなくても、他の原材料に副次的に含まれていたり、その企業の製造ラインで作られる別の製品に使われたりしている可能性がある。そのような細かい情報に関しては、パッケージやホームページに書かれていなければ、企業に電話しないとわからない。
ただ、賞味期限を過ぎた商品が食べられるかどうかをメーカーに問うのは酷な話だ。製造工場から出荷されるまでの条件は同じでも、その後の条件はまちまちなので、いつまで品質が保たれるかはケースバイケースだし、そもそも賞味期限とは「品質が切れる期限」ではないからだ。全国に複数ある工場のいずれかで、違う日に作られ、違った輸送ルートで運ばれ、違った小売店(スーパーマーケットやコンビニエンスストア)で購入され、購入後も違った条件下で家まで運ばれ、冷蔵庫の温度設定も入っているものも違う状態で・・・それを、問い合わせした消費者ごとにメーカーが判断して結論を下すことは、さすがに無理な話だ。
ハンガリーの研究では「鮮度の高いもの」と「賞味期限が切れる当日」の商品を消費者は判別できなかった
先日、ヨーロッパに渡航中だった、帝京大学の渡辺浩平先生から、筆者の食生活ジャーナリスト大賞受賞のお祝いメッセージをいただいた。その際、現地で開催された研究発表会で興味深かったという内容を教えていただいた。ハンガリーのあるグループのもので、スーパーの店頭で、ヨーグルトやソーセージなどの何品目かについて、仕入れ直後の新しいものと、賞味期限が切れる当日のものとで、ブラインドテスト(わからないように伏せて行なうテスト)を実施した。味を見て、どちらがより新しいものかを当てさせる、という実験だったそうだ。その結果、どの商品に関しても、ほぼ50%ずつに分かれたとのことだった。要するに、スーパーに納品されたばかりのものでも賞味期限の当日であっても、消費者は、どちらが新しいか判別できない(くらいの違いしかない)ということが示された。
その結果を受け、「店頭では手前から順番に取りましょう」ということを啓発するポスターが作られ、実際にキャンペーンが行われているとのこと。
「STREFOWA」という、中央ヨーロッパ5か国でのプロジェクトの一環(帝京大学 渡辺浩平先生よりの情報)
「賞味期限」は美味しさの目安であり、品質が切れる日付ではない
「賞味期限」は美味しさの目安であり、品質が切れてしまう日付ではない。それを理解している消費者もいる。とはいえ、店で買う時には、「同じ値段なら新しいものを」ということで、商品棚の奥に手を伸ばして買う。しかし、家で保管していて、結局は賞味期限が過ぎてしまい、メーカーに電話して「食べられるかどうか」を聞いてくる。
「食品の期限表示について」(平成20年3月 農林水産省・厚生労働省)によれば、以前、表示されていた「製造年月日」に代わり、「賞味期限」表示が始まったのが平成7年(1995年)。その後、品質保持期限についても「賞味期限」に統一されたのが平成15年(2003年)。
中学校の家庭科の教科書には、賞味期限と消費期限の違いが説明されている。たとえば開隆堂の『技術・家庭 家庭分野』には、賞味期限について、
と書かれている。
平成15年(2003年)に中学1年生(13歳)だった人は、平成30年(2018年)には28歳。それより上の年齢の人は、教科書では賞味期限について習っていないかもしれないが、インターワイヤード株式会社が運営するネットリサーチのDIMSDRIVEによれば、20代から70代以上までの3,875名を対象とした調査で「88.8%が賞味期限と消費期限の違いを知っている」という結果が出ている。
マーケティング調査会社のマーシュの調査では、賞味期限を過ぎた未開封の食品がある場合、1日過ぎたものであれば88.5%が「食べる」、8.5%が「食べる場合と食べない場合がある」と回答し、合わせて97.0%が食べることがあるという結果が出ている。これはすでにお金を払って自宅の冷蔵庫にあるからであり、店頭で賞味期限に近づいたものを買うかどうかは「値引きされているかどうか」によるだろう。
賞味期限に依存し過ぎるのはお金を捨てること
賞味期限は「美味しさの目安」。思考停止するのをやめて、自分の食べるものについて、自分で判断する姿勢を大切にして欲しい。
参考情報: