あの港区にこども食堂!? 「セレブの住む街」のもう一つの顔
セレブの住む街・港区
「セレブの住む街」――東京都港区にはそんなフレーズがついて回る。
六本木に赤坂、白金、青山、台場に麻布と、きらびやかなイメージをもつ地区が集まり、六本木ヒルズに東京ミッドタウン、虎ノ門ヒルズにアークヒルズに汐留ビル群など、大都会を象徴する建造物も多い。
大使館の約半数が集まり、赤坂御用地など皇族との縁も深く、青山霊園や増上寺には多くの歴史上の人物が眠っている。民放キー局5社の本社が集まり、情報の発信地でもある。
土地の坪単価は平均で1000万円近く、1LDKでも賃料50万円以上の物件がごろごろある。
当然、住人たちも資力のある人が多い。企業経営者やタレントなども多く、住民の平均所得は1023万円(2015年)で全国トップとされる。
スーパーの駐車場にフェラーリやポルシェが停めてあるような地域だ。
港区のもう一つの顔
一方、もっとも裕福な「一人勝ち」東京都は、格差の大きな自治体でもあるという「もう一つの顔」があり、港区も例外ではない。
低所得の公立小中学生に支給される就学援助の受給率は、全国平均15.4%に比べて、港区は小学校15.23%、中学校31.06%にのぼる(「港区の教育」2016年度版より)*注。
お金持ちの代表格のように言われる街でも、どこから見るかで景色がまったく変わってしまうことは、港区に限らない。その「港区のもう一つの顔」を垣間見させてくれるのが「みなと子ども食堂」だ。
みなと子ども食堂
広尾駅。渋谷と六本木の間にあるこの駅を降りて10分弱歩いた高台、有栖川記念公園の隣にある公共スペース。今月、そこで「みなと子ども食堂」が開催された。
メニューは、ピラフに鳥のからあげ、サラダに野菜スープ、そしてデザートのケーキ。
一食で子ども100円、大人300円の材料費を頂戴している(未就学児と保護者の場合も300円)。
今回は、親子で20名ほどの予約が入っている。
こども食堂=貧困対策というイメージを払しょくしたい
どんな人が食べにくるのか。
「どんな子でも、どんな方でも、いらっしゃってくださいと言っています。子育て中の方はどなたでも応援しています、と」とNPO法人「みなと子ども食堂」広報担当の愛敬真喜子さん。
「こども食堂とは名づけていますけど、こども食堂=貧困というイメージは払しょくしたいんです」
「貧困というイメージがついてしまったら、この地域でこども食堂はやっていけません。実際、来られる方たちも大半は困窮家庭ではありません」
課題は孤食とコミュニケーション
強調するのは、孤食防止とコミュニケーションだ。
「それなりにお金があっても、夕食は母子2人という家庭は少なくありません。ぐずったり、こぼしたりして、夕食時はお母さんが子どもについキツくあたってしまう時間帯でもある。だからみんなで一緒に食べよう、と。
ここは、こぼし放題。みんな『いいよ、いいよ』と、『ママもゆっくりしてってね』と。そんな場所が必要なんです」
この地域独自の事情もあるようだ。
「港区は、私立の進学率がとても高く、半分を超えています。お子さんが私立に行くということは、親に地域性がなくなるということでもあります。
子どもがいても、地域につながりがない。ママ友がいなくて夫も帰ってこなければ、話をする相手がいない。だからここは、お母さんたちのコミュニケーションの場でもあるんです。
実際、子どもが有名私立小に通っている親が、タクシー飛ばして食べに来たこともありました。さすがにタクシー使って食べにくるこども食堂というのは、ここだけじゃないでしょうか(笑)」
「年収が600~700万円ある世帯にも、孤食やコミュニケーションの課題のある人たちがいます。こども食堂を必要としている人は、生活に困窮している家庭だけというわけじゃないんです」
低所得家庭は孤立する傾向も高い
来る人たちの中には、実際に困っている家庭も複数いるが、愛敬さんたちは詮索しない。
「この地域のお金持ちはケタ違い。上には上がいて、年収600万とかだと、まだ下の方。格差が大きく、暮らしぶりを話題にし始めると関係が難しくなります。大都会は隣人の顔も知らないとよく言われますが、学校とか友だち同士のしがらみは、なかなか強いんですよ」
あからさまに話すことはないものの、それでも低所得の親が孤立する傾向が強いのは、港区の調査からも明らかになっている。
児童育成手当(東京都制度)を受給しているひとり親家庭の保護者などに実施したアンケート調査の結果は、以下のとおりだ。
だから、すべての親子に開かれた運営の中で、1人でも2人でも、それで助かってくれる親子がいてくれれば、とも願う。
代表理事の思い
代表理事の宮口高枝さんも、その思いは人一倍強い。
宮口さんの最初の記憶は、水たまりに映る自分の顔だった。
「3歳のとき、父親が病死したときだと思うんですね。父親の亡骸を埋める墓穴があって――当時、私の故郷はまだ土葬だったんです――、その墓穴の底に水たまりがあって、そこに私の顔が映ってる。たぶん、姉か誰かにおぶってもらってたと思うんです。高いところから、水たまりに映る自分の顔を見下ろしていました」
もう一つ忘れられないのが、その晩の母親の姿だ。
「母が囲炉裏に薪を、こう、一つくべては『どうしよう』、また一つくべては『どうしよう』と言っていました」――その母親のしぐさを忠実に再現しながら、宮口さんが語る。
父親を亡くした宮口さん宅の暮らしは厳しかった。母親と食べ盛りの5人姉妹が肩を寄せ合って暮らし、一時期は生活保護を受けたこともあった、と宮口さんは記憶している。
その後、宮口さんは働きながら看護師の資格を取り、港区で働き始めた。ひとり親家庭、とりわけ母子家庭がどれだけ大変か、宮口さんは骨身にしみて感じている。
だから、看護師で働く傍ら、長く港区で男女平等参画の活動に関わってきた。そして、その仲間の一人から持ちかけられたのが「みなと子ども食堂」の開設・運営だった。
若い子育て世帯の多い地域でも開催したい
今、宮口さんたちは、港南地区での「みなと子ども食堂」の開設を模索している。
「あそこは若い子育て世帯が多いから、きっと必要としている家庭も少なくないはず。でもこの麻布地区までは距離があるから、できれば港南地区でも開催したい」
しかし、全員ボランティアの団体に、毎回炊事道具を持ち込んで、毎回撤収するほどの体力はない。炊事用具を恒常的に保管できる場所が見つからないと、港南地区での開設は難しい。宮口さんたちは、その場所を探し続けている。
小さくても複数の課題に対応
セレブの住む街・港区にも生活の厳しい人たちはおり、また、それほど生活の苦しくない人たちの中にも、孤立やコミュニケーションなどの課題はある。
過度の絞り込み(ターゲティング)をすることなく、規模は小さくても複数の課題に対応できる――「みなと子ども食堂」はそんなこども食堂のもつメリットを体現している。
- 注:就学援助は自治体によって基準額の設定が異なり、また、周知や手続きの方法によっても差が出る。そのため、受給率の違いが所得の違いを正確に反映しているとは限らない。
(3月15日17:42修正。写真を一点削除)
(3月18日11:47修正。車種名を変更)