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事実は小説よりも奇なり 母子家庭の貧困

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

休もうにも休めない人たち

昨年末、ローマ教皇のインスタグラムの投稿が話題を呼んだ。

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が、自身のインスタグラムに、聖母マリアが眠る隣で夫ヨセフが生まれたばかりのイエス・キリストをあやす画像と共に「お母さんを休ませて」とつづった投稿が、世界で話題になっている。

男性に対し、もっと育児に参加しようと呼びかけたと受け止められており、共感が広がっている。

出典:ローマ教皇「母親を休ませて」 SNS投稿、共感広がる(朝日新聞2019.12.29)

しかし、休もうにも休めない母親もいる。

仕事が貧困率を下げない唯一の国?

「日本は、仕事をすることが貧困率を下げない唯一の国」と言われたら、えっ!?と思わないだろうか。こいつ何言ってんだ、と。

そう言ったのは、前駐米大使のキャロライン・ケネディ氏だった。

駐米大使ともあろう者が、そんな同盟国をはずかしめるようなことを言っていいのか。いくら何でも言いすぎだろ!と「炎上」するかと思いきや……炎上しなかった。

残念ながら、事実だったので。

ただし、それには文脈上の限定はあった。

ケネディ氏が話していたのは、主に母子家庭のことだった。

「アメリカでは貧困は女性問題です。貧しい成人10人のうち6人近くが女性で、貧しい子供の半数以上が、女性が世帯主の家庭で暮らしています。

日本の相対的貧困率は16%です。

働く一人親家庭(通常は母子家庭)の子供の50%が貧困状態にあります

これに続くのが冒頭の一文「日本は、仕事をすることが貧困率を下げない唯一の国」だ。

HUFFPOST「ケネディ大使、働く女性にエール 『小さな変化が、人生を変える』ハフポスト日本版1周年イベント【全文】」2014.5.28)

あ〜母子家庭のことね。

だったらそうなんじゃない? そんな話、聞いたことある。

……って、なんでそうなるんだろう?

就労率世界一が貧困率世界一

ここに一人の大人がいます。

この人は働いていますが「貧困」です。

理由は、子どもがいるのに、子どもの育ちに必要なだけの稼ぎを得られないからです。

――うん、そういう人、いるだろうね。

でも、それが特定のグループに極端に偏っているとなると、少し話は違ってくる。

「そういう人、いるだろうね」というよりは、

「なんで、そのグループだけ、そういうことになるの?」という話になる。

日本の母子家庭の就業率は高い。

「母子家庭 就業率」で検索すれば、日本のシングルマザーの就業率が世界一(先進国一)高いという資料やグラフが山のように出てくる。

平成28年で81.8%(平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告)。

一般女性の就業率と比べてもはるかに高い。

そして同時に、

日本の母子家庭の貧困率は高い。

これまた「母子家庭 貧困率」で検索すれば、いくらでも出てくる。

50%を超える。

つまり、母子家庭を見るかぎり、「働いても貧困から抜けられない国」ということになる。

もちろん、貧困率50%ということは「半分の母子家庭は貧困ではない」ということでもある。

だから「母子家庭=貧困」というのは偏見だ

そうじゃない家庭も2つに1つはある。

しかし、一般世帯の貧困率は15.6%なので、比率として高いのは間違いない。

40年前からずっと

この状況は、今に始まったことではない。

少なくとも、1980年(昭和55年)の国勢調査データで、母子家庭の就業率は8割を超えている。(政府統計の総合窓口e-Stat 昭和55年国勢調査 就業者の職業、母子世帯・父子世帯など(基本集計結果(2)

同時に貧困率も、少なくとも1985年(昭和60年)から一貫して5割を超えている。

つまり、日本のシングルマザーたちは「40年間、世界一働いてきたが、世界一貧困率の高い人たち」だった。

類人猿最強の国民栄誉賞?

これは、かなり奇妙な事象だ。

小説より奇なり、と言っていい。

だって、日本は「働ければ貧困から抜けられる国」だったはずだ。

そのお膝元で、40年の長きにわたって、過半数が働いても貧困から抜けられないというグループがあった。

ありえない。

「だって、40年間世界一だったんでしょ?吉田沙保里どころじゃないじゃん。類人猿最強じゃん。なのに世界一貧困率が高いって、ありえないでしょ」

「吉田沙保里が国民栄誉賞なら、母子家庭のお母さんも国民栄誉賞でしょ。仕事と家事の両立をがんばってきた。女性活躍でまっさきに表彰されるべきでしょ」

「ありえない。どれくらいありえないかって、私がDAIGOを北川景子から奪っちゃうくらい、ありえない(笑)」

そういう会話が、オフィス街の喫茶店やショッピングモールのフードコートで、ごくふつうの人たちによって、ごくふつうになされていて、おかしくない。

「ありえないよね!!」って。

ありえないことが「ありえない」と驚かれない、というありえなさ

でも、そういう会話はなされてこなかった。

真に「小説よりも奇なり」なのは、こっちのほうだ。

ありえないことが、「ありえない!」とちゃんと驚かれてこなかった。

どこかに「仕方ないよね〜。離婚しちゃったんだから。結婚せずに産んじゃったんだから」という雰囲気があるのではないかと思う。

そこにはどこか「離婚したら生活が苦しくなるのはわかっているのに、それでも離婚したんだから、自業自得」という目線がある。

それを超えて「離婚したら生活が苦しくなるくらいじゃないと、離婚が増えて、家族が壊れる」という懸念もあるやに聞く。

こうなると、母子を始めとするひとり親の貧困は、離婚したがゆえの「懲罰」に近い。

過重な労苦を覚悟しなくても、人生を選択できる世の中に

「離婚したら生活が苦しくなる」――それはたしかに、今の日本の現実ではある。

他方、年間離婚件数は20 万 8333 組。婚姻件数は58 万 6481 組。これも今の日本の現実だ(厚労省「平成30年人口動態統計」より)。

2つの現実を踏まえつつも、できることなら、過重な労苦を覚悟しなくても、人生の選択をできる世の中をつくりたい。

昨年末、未婚ひとり親への寡婦控除の適用が決まった(注)。

これまで死別や離別と税制上区別されていた未婚のひとり親にも寡婦控除が適用されるようになった。

世の趨勢を反映し、人々の行動を深いところで道づけていく税制がこのように改正されたことの意味は大きい。

この先に、「ありえない」ことを「ありえないよね!」と話せる世の中の到来を期待したい。

(注)この件に関しては、以下のレポートが決定の舞台裏にも迫っていて、読ませる。

古垣 弘人「未婚ひとり親 税金『差別』との戦い」(NHK政治マガジン、2020.01.15)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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