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金正恩氏の方程式「我々を放置すれば潜在的危険高まる」――核への執着、ウクライナを意識か

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
「火星17型」発射について報じる労働新聞(筆者キャプチャー)

 北朝鮮は新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17型」発射に踏み切り、2018年に宣言していたICBM発射のモラトリアム(一時停止)に、明確に終止符を打った。ウクライナ情勢への対応を迫られる米国に「もう一つの危機」を見せつけたともいえる。米側の反応次第では次の軍事デモンストレーションに踏み切る恐れもあり、朝鮮半島情勢は再び、緊張状態に陥りそうだ。

◇高強度の圧迫

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記は昨年1月の朝鮮労働党大会でICBMの開発目標について言及し、米国の首都ワシントンを射程に収める15000km圏内の「任意の戦略的対象を正確に打撃・消滅できるようにする」と宣言している。この時には「多弾頭」の技術向上について研究するよう指示していた。

 その後、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が進めていた朝鮮戦争の終戦宣言構想に肯定的な反応を示したり、南北通信連絡線を復元したりして対話ムードをちらつかせた時期もあった。

 だが、米国から前向きな反応を得られることはなく、金総書記も党創建76年(10月10日)に合わせた国防発展展覧会「自衛2021」での演説で、米国について「わが国に敵対的でない、というシグナルを頻繁に発信しているが、そう信じられる行動的根拠は一つもない」と苛立ちを示していた。

 北朝鮮側は、しばらくは米国を「最大の主敵」と呼んで挑発するようなことはせず、核兵器に関する言及など刺激的な表現も控えた。国営メディアも金総書記とミサイルを絡めた報道を避け、米側の出方を見極める姿勢を示した。北京冬季五輪を控えた時期に朝鮮半島情勢が緊張するのを避けたい中国への配慮に加え、米国をあまり刺激すべきではない、という戦略的な側面もあったと考えられる。

 それでもバイデン米政権での北朝鮮問題の優先順位は上がらず、バイデン政権発足1年の前後、短距離弾道ミサイルによる「低強度の圧迫」を繰り返した。その後も米国はウクライナ危機への対応に集中したため、北朝鮮側はバイデン政権の「対話の意思がある」という原則さえ崩れる可能性を懸念したとみられる。

 そして今回、北朝鮮は米本土の防衛を貫通できる巨大ICBM「火星17型」を発射した。ロフテッド軌道(通常よりも角度をつけて高く打ち上げる)で実施し、最大高度6248.5km、距離1090km、約67分間飛行。通常軌道なら15000km以上飛行し、米全土を打撃できる――そんな能力を証明する形で「高強度の圧迫」を加えた形となった。

 25日付朝鮮中央通信は▽発射されたのは「火星17型」▽金総書記が自筆の命令書▽現地で全過程を指導――などと明らかに、党機関紙・労働新聞も25日付紙面の1~4面を使って大々的に報道して、モラトリアム撤回を大々的に宣伝した。

 この中で金総書記は「われわれの国家防衛力は、どんな軍事的威嚇にも揺るがない強力な軍事技術力を備えて米帝国主義との長期的対決に徹底して準備していく」と宣言した。

◇ウクライナを意識か

 バイデン政権は今、ロシアのウクライナ侵攻への対応に総力を傾けている。北朝鮮は今回、「高強度」でバイデン政権を圧迫することにより、「もう一つの安全保障上の緊張地域の出現」を印象づける形となった。北朝鮮は、バイデン政権がロシアと北朝鮮を同時に相手にできる余力があるかどうかを試しているようだ。同時に、米国が交渉を先延ばしにすればするほど、米国にとって「潜在的な危険」が高まるという点を再確認させているようにもみえる。

 朝鮮半島情勢は今後、どうなるのだろうか。

 4月には米韓と北朝鮮の対立が鮮明になる米韓合同軍事演習が始まる。5月には韓国で、対北朝鮮強硬派の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が大統領に就任する。過去の例にならえば、北朝鮮はこれらを口実に軍事デモンストレーションを展開するのは間違いない。「火星17型」を、今度は最大射程の試験のため通常の角度で発射したり、核実験を実施したりする可能性がある。米国の「グローバルリーダーシップ」が機能していないと判断すれば、こうした「高強度の圧迫」を次々に繰り出し、譲歩を得ようとするだろう。

 国連安保理による新たな対北朝鮮制裁決議も、ロシアと中国の反対で採択は難しい。朝鮮半島情勢は、北朝鮮の核・ミサイルで凍り付いた2017年に回帰しつつあるようだ。 

 一方で、北朝鮮がウクライナ情勢を注視している様子も朝鮮中央通信の報道からうかがえた。

 同通信は「火星17型」について報じる際、「核」という表現を14カ所で使い、核兵器への強い執着を前面に押し出していた。

 ウクライナはソ連崩壊時に独立し、その際、短距離戦術兵器や空中発射巡航ミサイルを含む約1800の核兵器を有していた。米国は当時、核保有国の数や核兵器の数を減らしたいと考え、ウクライナに核兵器放棄を受け入れさせた。その見返りに、ウクライナの安全保障は「米英露3カ国が守る」という約束を交わし、それを盛り込んだブダペスト覚書が1994年に締結された。

 それでもウクライナはロシアに侵攻され、国際社会からの支援も不十分で困難に直面している。北朝鮮はこのことを意識し、情勢分析を進めているのではないだろうか。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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