日本人教授がNYタイムズで糾弾した、菅政権とメディアの癒着。何が書かれていたか。読者の反応は。
日本の大メディアでは、オリンピックに対する鋭い批判や大きな議論が出にくいのは、すでにご存知の方も多いと思う。
日本人がおとなしすぎるというのもあるとは思うが、根本的な理由は単純で、日本の主要全国紙は、オリンピックのスポンサーに名前を連ねているためだ。
筆者はオリンピックの中止・開催を決める以前に、このメディアのあり方に大きな疑問をもっている。
最近、アメリカやフランスからの「外圧」を利用する形で、政府を批判する動きが出てきた。ガイアツ利用というのは、最近の日本ではやや少なくなってきた手法なので、あまりの日本の閉塞感に、古典的かつ有効な手法が復活したのかと思っていた。
参考記事:国会質問でも登場。フランスの新聞が書いたオリンピック「変異株の祭典」「鉄の癒着三角形」とは
そんな時、アメリカに点火している日本人がいるのだと知って、日本も進化しているなあと感じ入った。今回はその一つの紹介である。
欧州では、別の欧州の国の識者の意見が新聞に出るなんて、日々当たり前のことである。別の国の人という意識も薄いくらいだ。もっとも「欧州連合(EU)を枠組みとした欧州政治」が存在するからなのだが。
五輪で特に活躍しているのは、上智大学の中野晃一教授である。国際教養学部長で、研究テーマは、国家の「輪郭」などだという。
中野氏が3月25日に「ニューヨーク・タイムズ」紙に寄稿した記事がある。題して「オリンピックは開催させる。でもなぜ?(The Olympics Are On! But Why?)」。
まずはどんな内容を書いているのか、ぜひ読んでいただきたい。淡々と切りまくっているのが印象的だ。(参考記事のリンクは、私が付けた)
〜日本政府はパンデミックにも関わらず、大会開催に断固として固執している。
(3月25日)
中野晃一・政治学者
東京発ーー1936年以来、オリンピックの開始を告げる聖火リレーは、コロナウイルスの大流行により、1年遅れで木曜日に福島からスタートした。
菅義偉首相は、「人類が新型コロナウイルスに勝利した証として」、今年の夏に大会を開催すると、日曜日に述べた。日本はおろか、人類がすぐにコロナウイルスに勝利する気配はないにもかかわらず、である。
日本は、アメリカや多くの欧州諸国に比べて良好な状況にあり、約1億2500万人の人口に対して、約45万人の感染者と約8900人の死者を出している。しかし、感染率は徐々に上昇しており、ワクチンの普及も痛々しいほど進んでいないのが現状だ。
3月21日現在、ブルームバーグによると、日本は経済協力開発機構(OECD)に加盟している37カ国の中で、一人当たりの接種数が最下位である。人口のわずか0.3%しか接種していない。オリンピックが始まることになっている7月下旬までに、日本人が十分な数のワクチン接種を受けられる可能性は、事実上ない。
参考記事(高橋浩祐):日本のワクチン接種率は世界で129位 OECD加盟国で最下位(2021年5月10日。※接種率はやや上がったものの、相変わらず最下位)
先週、日本は海外からの観客を禁止すると発表した。この決定は、世論への部分的な譲歩だったようだ。今月初めに行われたある調査では、77%の回答者が外国からのファンの観戦に反対だった。また、別の世論調査では、大会を予定通り実施すべきだと答えた人はたったの9%、中止すべきだと答えた人は32%だった。
それでは、なぜ日本は、パンデミックが公衆衛生上の大きな懸念であるのに、人々の反対を押し切ってオリンピックを開催しようとしているのか。その答えは、よく知られている。「エリート間の癒着(共謀)」である。
政権党である自民党の総裁としての菅氏の任期は9月に終わり、10月下旬までには衆議院選挙を行われなければならない。彼は、下落する人気を改善させるために、大会がもたらす心地よい効果であるメディアの大キャンペーンを頼みにしているようである。彼は昨年、安倍晋三前首相から、数々のスキャンダルに彩られた首相の座を引き継いだが、さらにいくつかの自分のスキャンダルを追加した。
菅氏は、メディアをしっかりと把握しているおかげもあり、安倍氏の執行長官だった。 彼は、第1次安倍政権(2006-07年)では総務大臣、第2次安倍政権(2012-20年)では内閣官房長官を歴任した。第2次の任期中に、国境なき記者団の世界の報道自由度ランキングで、日本のランキングは22位から66位に低下した。
参考記事(日本経済新聞):報道の自由度、日本は67位 国境なき記者団(2021年4月20日。※さらに順位を下げている)
菅氏は、自民党、総務省、メディア業界という、日本政治の鉄の三角形の中で、支配的な人物である。そして、このネットワークの見解は、海外からの観客がいてもいなくても、何としてもオリンピックを実施しなければならないというものだ。
電通を例にとってみる。日本最大の広告・PR会社であり、2020年東京大会の専属マーケティング代理店である。電通の代表取締役副社長には、元総務省事務次官の桜井俊氏が就任している。省庁の要職から、その省庁が規制する企業に、定年後に役職に就くことを、「天下り」という。天から降りてくるという意味である。
電通は自民党と密接な関係にある。日本共産党が自民党の政党助成金を分析したところ、自民党は2000年から2018年の間に、電通に100億円超を支払っていた。
参考記事(しんぶん赤旗):自民、電通へ100億円超。19年間 政党助成金から支出
見返りとして、電通は、同党の選挙キャンペーンに惜しみない献金をしている。同社はまた、政府による2兆円規模のコロナ救済策である持続化給付金を管理するという、不透明な契約をめぐるスキャンダルにも巻き込まれている。
参考記事(ロイター):焦点:「コロナ給付金」見えない下請け実態 電通関与になお不透明感
電通の日本のオリンピックへの関わりは深く、深刻な問題だ。フランスの検察当局は、東京招致委員会が国際オリンピック委員会のメンバーを買収するために、電通の元幹部に800万ドル以上(8−9億円)を支払ったとしている。電通は国際オリンピック委員会のマーケティング・パートナーでもあり、利益相反に関する同委員会の規則に違反している可能性がある。
参考記事(ロイター):東京五輪招致で組織委理事に約9億円 汚職疑惑の人物にロビー活動も
東京2020大会は、電通のおかげで、日本企業から約4000億円(31億ドル)もの資金が集められ、大会史上最も大量にスポンサーがついた大会となる。
参考記事(ダイヤモンド・オンライン):五輪スポンサー料220億円追加支払いに企業側が応じた複雑な事情
国内スポンサーの中には、日本の全国紙5社が含まれている。朝日、読売、毎日、日経、産経だ。これらの新聞社は、直接あるいは子会社を通じて、独自の提携放送局を持っている。これらの放送局は総務省の監督下にあり、ゴールデンタイムの広告枠の販売は電通に依存している。
パンデミックの影響で、東京オリンピックの開催も危ぶまれている。選手や著名人は感染症の懸念から聖火リレーを中止し、一部の代表チームは競技から撤退する可能性もある。しかし、もしオリンピックが開催されれば、それは日本の政治家とメディアのエリートたちの凝り固まった結託の成果であり、次の選挙に向けて世論を変えようとする彼らの努力の勝利でもある。
パンデミックは、まだまだ東京オリンピックを狂わせるかもしれない。選手や有名人も同様に、感染の懸念から聖火リレーを辞退し、一部の代表チームは完全に競技から撤退する可能性がある。 しかし、もしオリンピックが開催されれば、それは日本の政治エリートとメディアエリートの間の結託した共謀の功績であり、次の選挙に間に合うように世論を変えようとする彼らの努力の勝利となるだろう。
鈍い日本メディアの反応
せっかく中野氏はこのような鋭くて、まとまっている批判意見を、世界の中心(の一つ)とも言えるニューヨークで出しているのだが、日本のメディアの反応は、正直言って鈍かったと思う。
もっとも中野氏も、日本の大メディアで政策批判をできないのは承知で、何も日本で閉じこもる必要もないと考えて、海外で行ったのだろう(内容的には「パンデミックとオリンピックという命題を、世界の人々と共に考えよう」というものではない)。
この状況で、日本のメディアに感度を期待するのが間違っているのかもしれない。
実は、中野氏の同紙への寄稿は、これで2回目である。1回目は、2020年2月26日で、その際もニューヨーク・タイムズに寄稿している。
内容は、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応などを巡り、安倍晋三首相(当時)の危機管理対応や官僚の「事なかれ主義」などを批判したものだ。
このことに関して、日本の主要新聞で紙面で取り上げたのは、朝日新聞(5月8日朝刊)と、読売新聞(6月3日)だけのようだ。
ただし、両方とも少ししか出てこない。朝日新聞は中野氏擁護側、読売新聞は「日本には日本流があるが、外国に理解されないので、わかってもらう努力が必要」という論調で、批判側である。
その後、外務省の大鷹正人外務報道官が中野氏の記事に対して反論を同紙に寄稿したので、そのことは毎日新聞や産経新聞が、ネット版で記事にしている。
日本では反応が鈍くても、世界に冠たる大新聞で、読んでくれている人は世界中に大勢いた。「東京五輪をやめろ」という意見がアメリカから飛び出してきたのも、こういう地道な日本人識者の努力が実ったのかもしれない。中野氏の国際性に、拍手を送りたい。
寄稿を読んだ読者の反応
さて最後に、この寄稿に、人々はどのように反応したのだろうか。
多くの「おすすめ」を獲得しているものの中から紹介しよう。
思ったよりも、日本を批判しているものは少なかった。オリンピックが利権とお金まみれというのは、日本に限ったことではないと熟知しているようである。純粋に「このパンデミックで、オリンピックを開催するべきか否か」の意見を書いているものが多かった。
そういった世界的議論をリードする力を、日本の大メディアには望むべくもない。言葉の壁など様々な要因はあるだろうが、オリンピックに関しては、それ以前の問題と言えそうだ。
上記寄稿にリンクを貼るために、参考記事を探していても、日本のメディアもないわけではないのだが、外国メディアの日本語版が優勢であった。この状況を、どうすればいいのだろうか。解決方法を提案して記事を終了したかったのだが、何も思いつかない・・・(すみません)。読者の方は、妙案はないだろうか。