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憲法施行75周年、9条と自衛隊の矛盾解消を

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
日本国憲法の御署名原本(複製)(写真:ロイター/アフロ)

日本国憲法はきょう5月3日、施行75年の記念日を迎えた。岸田文雄首相は憲法記念日に合わせて、マスコミへのインタビューで改めて自民党の党是である憲法改正への意欲を示した。

今日ほど憲法9条と国防の在り方が問われているときはないだろう。ウクライナに軍事侵攻しているロシアも、軍拡が止まらない中国も、ともに日本周辺での軍事活動を一段と活発化させている。

北朝鮮も核ミサイル開発を強行し、金正恩(キムジョンウン)国務委員長はロシアのプーチン大統領と同様、今や公然と核の脅しを口にするようになった。

憲法前文に謳われているように、戦後日本がいかに「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」してきたとしても、昨今の国際情勢はそれとは真逆の方向に進みつつある。特にウクライナ戦争を目の当たりにし、もはや「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」いるだけでは立ち行かなくなった。日本の防衛が大きな岐路に立たされている。

日本人310万人が犠牲になり、アジア諸国でも2000万人に上る死者を出した第二次世界大戦への反省から再出発した日本。「平和主義」の基軸となった憲法9条と国防の在り方について、改めて考えてみたい。

そのために、まず日本国憲法制定の時代背景を探ってみたい。

●矛盾の始まりはマッカーサー

日本国憲法は、アメリカが日本占領中(1945年の敗戦から1952年のサンフランシスコ講和条約発効)につくられた。敗戦から1年余りの1946年11月に公布、1947年5月に施行された。

もともと連合国軍総司令部(GHQ)総司令官のダグラス・マッカーサーは日本国憲法制定に当たり、戦前戦中、アジアで大暴れした日本の武力保持を否定し、自己防衛の権利さえも放棄させる「絶対的戦争放棄」を日本に負わせようとしていた。日本が再びアメリカと世界の脅威にならないよう、非軍事化と民主化を推進した。「無害な三等国をつくる」との発言もあった。

マッカーサーは1947年3月、憲法9条で戦力の保持を禁じられた日本の再独立後の安全保障は、国連に委ねるべきだとの考えを表明した。さらに1949年にはイギリスの新聞との会見で、「戦争が起こった場合、アメリカは日本が戦うことを欲しない。日本の役割は太平洋のスイスとなることだ」と述べた。

憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「 モーニング CROSS」のフリップ=2018年2月1日
憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「 モーニング CROSS」のフリップ=2018年2月1日

マッカーサーは当初、日本本土でのアメリカ軍基地の恒久化を考えていなかった。日本が民主化した後は撤収し、日本を非武装中立化する理想を持っていた。

それゆえに、憲法9条第2項で、陸海空軍その他の戦力の保持を禁じた。

しかし、東西の冷戦に加えて、朝鮮戦争も始まり、アメリカは対日占領政策を転換した。反共の砦(とりで)として日本を再武装化させる「逆コース」(リバースコース)に向かった。日米協議によって自衛隊の前身である警察予備隊が1950年8月に発足した。その後、日米安全保障条約で在日米軍基地も恒久化されることになった。非武装中立を掲げた憲法9条の矛盾が後世の今の私たちに残されるに至った。

憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「 モーニング CROSS」のフリップ=2018年2月1日
憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「 モーニング CROSS」のフリップ=2018年2月1日

●憲法9条をめぐる3つの迷信

憲法が矛盾を抱えたまま、戦後日本を形成する中、筆者は憲法をめぐる3つの迷信が生まれてしまったと思っている。

憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「激論サンデークロス」の画面を撮影=2018年1月28日
憲法9条問題について筆者が議論したTOKYO MXテレビ「激論サンデークロス」の画面を撮影=2018年1月28日

1つ目は、自衛隊が「軍隊」でも「戦力」でもないという迷信だ。日本国憲法は「軍隊」も「戦力」も保持を禁止しているため、政府は自衛隊が「軍隊」でも「戦力」でもなく「必要最小限度の実力組織」だと説明する。しかし、隊員20数万人を誇る自衛隊は世界有数の軍隊だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が先月発表した2021年の世界の軍事費ランキングでは、日本は9位に位置づけられている。自衛隊は戦力以外の何物でもない。

2つ目は、憲法9条が日本を平和にしてきたとの迷信だ。日本の平和は、実際は「核の傘」を提供する日米安全保障条約と自衛隊によって維持されてきた。さらに9条の平和主義は沖縄の軍事要塞化という犠牲の上に成立してきたことを忘れてはならないだろう。

憲法9条⇔日米安保体制⇔米国への安全保障の大きな依存⇔沖縄への在日米軍基地集中⇔対米追従外交⇔親米保守の自民党長期政権。これらは全部つながっている。リベラル左派の人々は、例えば「沖縄の在日米軍基地問題」など、このうちの一部分だけを取り出して問題にしている。

しかし、それだけを取り出して変えようとしても、全体を見直さない限り、なかなか変わらない。東アジアの安全保障が悪化の一途をたどるなか、本来なら憲法9条を改正し、自主防衛を強化してアメリカへの安全保障の依存を減らすよう努力しないと、沖縄の在日米軍基地の負担もなかなか減らないはずだ。結局、戦後日本システムの現状維持にこだわる人々が多い限り、沖縄の過剰な基地負担は容易には解消されない。

日本の安全保障は戦後77年間、アメリカが攻撃力を担う「矛」、自衛隊が守りに徹する「盾」の役割をそれぞれ担ってきた。しかし、これから日本は「矛」も兼ね備える「普通の国」に戻るべきかどうか。自民党は先月、「反撃能力の保有」を提言したが、日本が今後、どのような国家を目指すのかという「骨太」の議論がこの国にはまだまだ欠けているように思えて仕方がない。

3つ目の迷信は、護憲派が憲法を護ってきたという迷信だ。自衛隊が事実上、9条の禁じる軍隊であり、戦力であるにもかかわらず、護憲派は自衛隊の存在や自衛隊の海外派兵など歴代政府の解釈改憲を黙認してきた。護憲派は憲法9条の現状維持にこだわる中、9条を裏切る既成事実の積み上げを許してしまった。

●解釈改憲に歯止めが必要

憲法9条は、解釈改憲の連続で既に形骸化、死文化されてしまった面がある。現実に即して改憲して自衛隊を軍隊として認め、逆にさらなる解釈改憲の「のりしろ」や「遊び」をなくしていかなければならない。権力に対し、しっかりと歯止めをかけていかないといけない。

戦後憲法の平和主義によって日本を武装解除したアメリカは、日本の「矛」を奪い、今でも日本の安全保障をつかさどっている。しかし、今回のウクライナ戦争で、アメリカは核保有国相手には軍事的には直接手は出せないという厳然たる事実を世界に知らしめてしまった。

ウクライナ戦争は、最終的には自国は自国で守るとの強い気概と安全保障政策が必要であることを教えてくれている。今の9条は、自衛隊の在り方について矛盾を拡大させている。アメリカに頼りっぱなしではなく国防の在り方も含め、改憲をしっかり考えるべきではないだろうか。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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