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代表組不在のベレーザが見せる急成長。育成に長ける名門クラブに永田流「4-3-3」がもたらしたもの

松原渓スポーツジャーナリスト
代表組が合流するベレーザはリーグ杯2連覇を目指す(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

【1年後への準備】

 フランスで行われている女子W杯は、いよいよ準決勝に突入。

 日本はベスト16で一足早く大会を去ることとなったが、準決勝にはアメリカとスウェーデン、そして、日本がグループステージで敗れたイングランドと、ラウンド16で敗れたオランダが進出した。今大会は五輪の欧州予選も兼ねており、日本を破ったその両国と、前回五輪王者のドイツを破ったスウェーデンの3カ国が来年の東京五輪に参戦する権利を得ている。

 そして、3日の準決勝では激闘の末にアメリカがイングランドを2-1で下し、3大会連続の決勝進出を決めた。

 両者ともに一歩も引かず、今大会ここまでのベストゲームと思えるほど見応えのある90分間だったが、最後は世界ランク1位に君臨し続けてきたアメリカの勝負強さが光った。

 今大会は、ベスト8に進出したチームのうちアメリカ以外の7カ国を欧州勢が占め、女子代表の強化に力を入れてきた国が結果を残している。中でもイングランドは心・技・体を高いレベルで融合させており、大会に向けた丁寧な準備の跡を見ることができる。

 日本は出場24カ国中平均年齢が2番目に若く、23名中21名が国内組というチームで大会に臨み、技術、運動量や連動性といった要素で強豪国に対抗できる可能性を示したが、悔しい結果に終わった。

 ここからの取り組み次第で、今大会で見えた世界との「差」を縮めることもできるし、逆に離される可能性もある。この結果を昇華する次のチャンスは、自国開催となる来年の五輪だ。残された時間は短く、戦いはすでに始まっている。

 日本の課題として挙がっているフィジカル面やゴール前の決定力については、個人の取り組みに左右される部分が大きい。だが、チャンス自体がそれほど多くはなかった中で決定力不足を嘆くより、決定機の回数を増やすことを優先させたい。そのためには選手間の連係を高め、フィニッシュに至る攻撃の質を上げることが先決だろう。

 海外勢は、4-3-3のフォーメーションを使うチームが多い。そのため、4-4-2を基本形とするなでしこジャパンが試合の主導権を握る上では、「中盤で生まれるミスマッチをいかに有利に変えるか」がポイントとなった。

 FWからのボールの追い方も大切だが、中盤のコンビネーションは生命線となる。日本の中盤はMF長谷川唯、MF三浦成美、FW小林里歌子、FW遠藤純の日テレ・ベレーザ勢と、MF中島依美、MF杉田妃和のINAC神戸レオネッサ勢の組み合わせで構成されていた。

 ベレーザは4-3-3、INACは4-2-3-1を使っているが、両チームとも中盤の選手が流動的にポジションを替えながら攻守を組み立てる能力に長けており、中盤で相手とのミスマッチが生まれることへの“免疫”を持った選手たちだった。

 イングランドやオランダなどの強豪国に対しては、パススピードや展開力に対して後手に回ることもあったが、長谷川や三浦は、「(4-3-3の相手は)アンカーの両脇のスペースが空く」ことを指摘していた。そういった狙いをより緻密に共有していくことも必要だろう。

 高倉麻子監督は4-4-2をベースに、親善試合では4-2-3-1や3バックも使ってきたが、ポジションごとの役割についてはかなり柔軟な考えを持つ。だからこそ、選手間の共通理解があれば、日本が4-3-3を使うことも可能だろう。

 ピッチに立つ選手の特徴が生かされることが前提だが、一つのオプションとして見てみたい気もする。

 また、そういった観点から、選手たちの戦術理解の土台を作る各クラブのサッカーにも引き続き着目していきたい。

【代表組不在の中で】

 6月29日(土)には各地でリーグカップ予選が行われたが、W杯メンバーはピッチに立っていない。

 日テレ・ベレーザがノジマステラ神奈川相模原を2-0で下した一戦では、リーグ4連覇中の強豪が“育成の真髄”を見せた。

 ベレーザは今回のW杯には9名の主力を送り出しており、ケガでリハビリ中の主力3名を除くと、出場可能な選手が8名しかいなかった。そのため、ベレーザの永田雅人監督はこの試合で下部組織のメニーナと二重登録の選手を3名先発させ、5名をベンチ入りさせている。中盤の底で先発した14歳の大山愛笑(おおやま・あえむ)は中学3年生。控えも含めた17名の平均年齢は、19.6歳まで下がった。

「W杯期間中はメニーナの選手に練習に入ってもらい、スタッフも入れて、なんとか紅白戦ができるようにしてきました」

 代表組不在の1ヶ月間について、永田監督は苦しい台所事情を明かしている。

 それでも、ボールを支配するゲーム運びは想像したほどには質が落ちておらず、実際に代表組不在で戦った6試合中5試合で、シュート数は相手を上回った。フィニッシュの質が上がれば結果はついてきそうだと感じた。

 約1ヶ月前(5月26日)のノジマ戦は、同じ11本のシュートを打ちながら、1-2と敗れている。

 そして、この試合も決定機の質ではノジマに分があった。だが、ベレーザは粘り強く守り、81分と87分にコーナーキックから、主力のDF岩清水梓とDF土光真代がゴールネットを揺らして勝利を手繰り寄せた。

代表組不在で4連勝と波に乗るベレーザイレブン(筆者撮影)
代表組不在で4連勝と波に乗るベレーザイレブン(筆者撮影)

「0-3で負けた(4月7日の)長野戦から新しい選手が入って、少しずつ積み上げて、2ヶ月で内容的になでしこ(代表)組がいる時と変わらないところまで積み上げて来られたのは嬉しいですね。『メニーナの選手が入って、(ベレーザのサッカーが)できないだろう』とは考えずに、『この選手のいいところを引き出せたら、こう繋がるだろうな』という風に考えて(起用して)きました」

 永田監督は、確信を持った口調で言った。

 普段リーグ戦に出ているのは、岩清水、土光、DF有吉佐織、FW田中美南、MF宮澤ひなたの5名のみ。残る過半数はトップリーグでの経験が浅かったり、ベレーザに合流してまだ数試合しか戦っていない選手たちだ。そのチームで、6月以降は負けなしの4連勝と勢いに乗る。

 その強さはどこから生まれてきたのだろうか?

 辿っていくと、多くの代表選手を輩出してきた名門クラブを支える強固な育成システムに行きつく。

「メニーナの選手たちが想像していた以上のレベルでしたし、その選手たちをイワシ(岩清水)や有吉(佐織)、(田中)美南や(土光)真代(ら経験のある選手)たちがうまく融合させてくれました。伝え合って、繋がって、高めていける。それがベレーザの『深さ』だと思います。それはクラブとしてもっと伸ばさなければいけないし、(ベレーザの育成の礎を作った)寺谷さんはすごいな、と改めて思いました」(永田監督)

 寺谷真弓さんは、現在は東京ヴェルディのアカデミーダイレクター(男女を含めた育成部門の統括責任者)を務めている。

参考記事:

日テレ・ベレーザのスタイルを支える育成チームの存在。メニーナ・寺谷真弓監督の指導哲学に迫る(1)

 メニーナは中・高校年代の選手たちで構成されており、高い技術やサッカー観を鍛えられてきた精鋭が、厳しい競争を勝ち抜いてベレーザを目指す。また、メニーナはベレーザのサッカースタイルを受け継いでおり、メニーナの選手がベレーザの練習に参加することも多い。トップチームに昇格してもスムーズに馴染めるのにはそういった理由がある。

 そして、昨年からベレーザの監督になった永田監督は、新たなプレーモデルと規律を取り入れることで、メニーナの選手がトップチームに入りやすい流れを加速させた。

【選手の可能性を広げる永田流[4-3-3]】

 永田監督はそれまで4-4-2を基本としてきたベレーザで、4-3-3(4-1-4-1)のフォーメーションを採用した。定着にはそれなりに時間を要すると思われたが、選手が予想以上の速さで習得し、1年目でリーグ、リーグ杯、皇后杯の3冠を達成した。

 フォーメーションを単に「スタート時の並び」と考える監督もいれば、ポジションごとに明確な意味を持たせる監督もいる。永田監督はどちらかといえば後者だろう。ベレーザでエースナンバーを背負うFW籾木結花は、そのスタイルについて「規律の中に自由があるサッカー」と表現した。

 永田監督はこのシステムで軸となるポジションとして、4-1-4-1の「1」に当たるアンカーとセンターフォワードを挙げている。

「ゴールに最短で向かうために、目指す中心が2箇所あることが重要です。守備でも中心を抑える選手がいて、そこを基準に構築しています。たとえば相手が4-4-2でも、そのミスマッチを有利に変えていく。そういう立ち方や見方ができるようになることで、使える空間を広くすることを目指しています」

 冒頭に書いたように、その考え方は結果的に選手の戦術的な柔軟性につながり、代表にも生かされている。ノジマ戦に出場したメニーナの選手たちは、特徴的な4-3-3のシステムで個々の持ち味をしっかりと発揮していた。

【「成長しながら勝ち続ける」ということ】

 ベレーザで不動の1トップを務める田中は、今回のW杯には出場していない。3年連続リーグ得点王が選ばれなかったことは議論の的になった。だが、田中自身の取り組みの方向性は一貫している。今季のリーグ開幕前にはこう話していた。

「(昨年から)永田さんに教わって、階段を登るようにここまできました。最初は点を取るための動き出しやボールの置きどころです。その理解が深まってきた上で、今はゴールを取るというスタンスは崩さずにプレーエリアを広げることを意識して、ゲームメイクにも関わる場面を増やしています」(田中)

 このノジマ戦では、終盤にコーナーキックのこぼれ球を冷静にコントロールして岩清水の先制ゴールをアシスト。周りの声に左右されず、目標に向かって一つずつ階段を登っている姿を見ることができた。

 同じく、今回のW杯のメンバーには選ばれなかったが、最終候補の一人だった宮澤は自身のチャレンジについてこう語っていた。

「永田監督は、自分が縦に突破できることを分かった上でプレーの選択肢を増やしてくれています。代表で結果を残すためには縦への仕掛けも必要で、(選択肢を増やすためのプレーとの)バランスを取ることは難しいですが、いろいろな選択肢がある中で自分にとってベストなプレーを見つけ出せれば、それが正解だと思います。『迷いながら選択肢を増やしていくことは、サッカー人生で誰もが一度は通る道だよ』と(監督から)言われた言葉が心に残りました。そう考えると、それ(プレーの迷い)を挫折ではなくて、前向きに捉えることもできる。今はそういう捉え方ができているので、成長できていると思います」

 一人ひとりが新たな課題と日々向き合っている。

 7月15日(月)のリーグカップ第10節は、アルビレックス新潟レディースと対戦する。アウェーの新発田市五十公野公園陸上競技場で行われるこの試合には代表組も復帰する。新潟は、リーグ前半戦で唯一、ベレーザを破った(第5節、3-2)チームだ。リーグカップ連覇を目指すベレーザにとっては、この2週間がカギとなる。

 そして、女子W杯は、日本時間の8日0時にいよいよ決勝戦を迎える。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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