「核保有国」めぐる北朝鮮・金正恩とオバマのチキンゲーム
封印された「?」
11日が金正恩第1書記の就任1年に当たることから、韓国国防省は、北朝鮮が10日にも中距離弾道ミサイル「ムスダン」(射程最大4000キロ)と短距離弾道ミサイルを同時発射する恐れがあるとみている。
10~11日、ロンドンで開催される主要8カ国(G8)外相会合では、北朝鮮、シリア情勢などが協議される。日本の岸田文雄外相は北朝鮮への制裁実施でEU(欧州連合)や英国の協力を要請する。
これに先立ち9日、英国のヘイグ外相がロンドンの英外務省内で記者会見したので、筆者は2つ質問した。一つ目の質問は「あなたは北朝鮮が核保有国であることを認めるか?」
二つ目の質問は「英紙フィナンシャル・タイムズに中国共産党幹部養成校機関紙の副編集長が『中国は北朝鮮を切り捨て、韓国主導の朝鮮半島統一を支援すべきだ』と投稿するなど、北朝鮮に対する中国の対応に微妙な変化が見られる。それをどう評価するか?」
一つ目の質問にヘイグは顔色を変え、二つ目の質問から答えた。
「中国は北朝鮮に対する国際社会の圧力に加わっている。最も新しい国連安全保障理事会制裁決議でも、北朝鮮の行動は許されないという強いメッセージを送った。中国は北朝鮮に対し重要な影響力を持っている。北朝鮮はこの事実を受け止める必要がある」
そして、一つ目の質問は見事にパスした。
韓国大統領官邸(青瓦台)の元関係者に会った際、「韓国、日本とアメリカでは北朝鮮からの距離が全然違う。北朝鮮の核・ミサイルの脅威も異なる。北朝鮮の核・ミサイル能力をどう評価しているのか」と尋ねてみた。
元関係者は意味深長な表情を浮かべ、「ミサイル防衛をしっかりしないといけない」とだけ答えた。
ロンドンで行われる北朝鮮関係の講演、討論会にはすべて出席しているが、北朝鮮が核保有国であるか否かについて最近、誰も答えようとはしなくなった。
この疑問はタブーのように棚上げされたまま、議論が粛々と進められるのだ。
核兵器の運搬能力
米国務次官補代理として大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)にかかわった英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック氏は、北朝鮮はプルトニウム型の核爆弾を4~10個保有していると断言している。
しかし、核兵器の運搬手段については「すべて推測の域を出ないのに、核保有国と認めてしまったら北朝鮮を利するだけだ」と慎重だ。
問題は運搬手段だ。北朝鮮のオンボロ爆撃機では韓国やアメリカの戦闘機にアッという間に撃ち落とされてしまう。北朝鮮がオンボロ爆撃機に搭載できる核爆弾を何発持とうが恐れる必要はない。
しかし、中距離弾道ミサイルのノドン(射程1300メートル)に搭載できるとなると、沖縄県の米軍嘉手納基地も射程に収める。
北朝鮮はノドンに搭載できる核弾頭の小型化に成功しているとみるのは筆者の知るところ(1)米科学国際安保研究所(ISIS)のデービッド・オルブライト所長所(2)米コロンビア大学東アジア研究所のジョエル・ウィット上級調査研究員(3)武貞秀士・延世大学元専任教授―の3人だ。
日本の外務省、防衛省から取材している日本メディアは、ノドンに搭載できる核弾頭の小型化に成功したとの分析もあると報じるのが精一杯だ。
ムスダン、テポドンに搭載できる核弾頭開発の状況についてはまったくわからないというのが実情だ。
米国防長官に就任する前、チャック・ヘーゲル氏は1月の米上院軍事委員会公聴会で「北朝鮮はもはや脅威という段階を超え、現実の核保有国だ」と証言した。
米軍は今回、北朝鮮のエスカレートする挑発に、核爆弾を搭載できる「空の要塞」B52、「空の幽霊」と恐れられるステルス長距離爆撃機B2を韓国に展開させた。
これはどう見たって、北朝鮮が核弾頭搭載ミサイルを保有していることを前提とした核抑止シフトとしか解釈しようがない。
それなのに、韓国、日本を安心させ、北東アジアに核ドミノが広がるのを防ぐためという、とってつけたような解釈が付け加えられる。
朝鮮半島への米軍のプレゼンスを拡大させることで、のらりくらりとした対応を続けてきた中国に圧力をかける狙いもある。実際、習近平国家主席は「いかなる国も混乱を引き起こしてはならない」と名指しは避けながらも北朝鮮を牽制した。
核保有国と認めてはならない理由
ジョン・ケリー米国務長官は2日、記者会見で「米国は北朝鮮を核保有国と認めるつもりはない。アメリカ、そして同盟国の韓国、日本を守るために必要なことをする」と宣言した。
外務省で27年間勤務し、日米関係に詳しい元外交官の水鳥真美さん=英国在住=に以前、この問題についてインタビューしたことがある。
水鳥さん曰く。
「一番大事なのは北朝鮮が核保有国であることが既成事実化するのを阻止することだ。北朝鮮はミサイルに搭載できる小型の核弾頭をつくる技術を持ちつつあるという印象を作り上げてきている」
「核保有国の北朝鮮はけしからんから封じ込めるべきだという意見もある。しかし、その一方で、制裁してもしょうがないから核保有国であるという前提でどう北朝鮮と付き合うか考えるべきだという過激な意見も出てくる」
「日本にとって、北朝鮮は核保有国だということを少なくとも米国が国際社会との関係の中で認めないということが最も重要だ」
米国が北朝鮮を核保有国と認めるということは、インドとパキスタンがそうであるように将来、米国との敵対関係が終わりを迎え、協力関係が生まれる可能性さえあることを意味する。
寧辺再開の意味
「核保有国」と認めてもらえない北朝鮮の金正恩はせっせと核・ミサイル能力を積み上げていくしかない。
そのメッセージが、グアムを射程にとらえるムスダン発射であり、北朝鮮西部・寧辺(ニョンビョン)核施設の再開宣言なのだ。
寧辺核施設の再開は北朝鮮が2007年以降、中断していた5メガワット原子炉によるプルトニウム製造を再開することを意味する。北朝鮮はプルトニウムと高濃縮ウランの2頭立ての核兵器開発を進めるつもりだ。
ISISのオルブライト所長は12年8月の報告書で、北朝鮮は16年末までに最大で48個の核兵器を保有するのに十分な原料を製造できると予測している。
寧辺で建設中の軽水炉と、遠心分離機プラントを2つ稼働させた時、北朝鮮はプルトニウムや高濃縮ウランを使った核弾頭の製造量を最大化できる。金正恩の「瀬戸際戦略」は、ミサイルの飛距離と核弾頭の小型化の2次方程式の上に成り立っている。
時間を稼ぎながら、金正恩体制の崩壊と韓国主導下の朝鮮半島統一を待つオバマの「忍耐戦略」。時間を稼ぎながら、ワシントンを直撃できる核ミサイル能力の獲得を急ぐ金正恩の「瀬戸際戦略」。
時間稼ぎが必要という点ではピタリと一致している。中国を巻き込みながら、金正恩とオバマのチキン・ゲームはいったいどこまで続くのか。
(おわり)