キャッシュ・フォー・ワークの手法を活用して、就労支援を若者に
就労支援の限界
若者からの相談が増えている。特に7月から8月にかけて、就労支援プログラムの説明会や体験の依頼が多い。育て上げネットは、若者への就労支援プログラムを提供しているが、ハローワークのように直接仕事をあっせんしていないのにもかかわらずだ。
相談内容はバラバラであるが、これまで働きたいと思っていたがなかなか一歩が踏み出せなかった若者だけではない。コロナ禍の影響が出始めてからも働いていたが、シフトが減少したり、逆に本人が希望する以上に業務負荷がかかったりと、その影響の受け方もさまざまだ。
就労支援は、そのひとに合った「はたらく」を一緒に考え、伴走していく行為である。企業などに雇用されることをゴールに置く就職支援以上に、ゴールの範囲が広い。そのため、いますぐ仕事に就く必要があるひとよりは、少し長期的な視点で「はたらく」に近づきたいひとが就労支援プログラムを利用する。
そのような一般にはあまりなじみのない就労支援プログラムに若者が関心を寄せている。改めてこれからの「はたらく」について不安や悩みを募らせているのではないかと私は考えている。
中長期的に知識や技能取得を考えたり、就職には直接的につながらない地域活動への参加などを通じて、さまざまなひとと出会い、チームで共同する経験を蓄積する。そのなかで自分と仕事の方向性や距離感を見極めていく。やはり一定の時間を必要とするもので、それを担保する余力や資力が必要になる。
これまで個人や企業からの寄付などで、プログラム利用料を無料にしたり、交通費などの実費支給にも取り組んでいた。しかし、生活のための資金を必要とする若者にとっては不十分だと感じていた。
キャッシュ・フォー・ワークという手法
本年7月に、リープ共創基金の加藤徹生代表から連絡があった。10年以上取り引きのない預金等の一部を民間公益活動に活用する休眠預金がある。その休眠預金に「新型コロナウイルス対応緊急支援助成」の枠が設けられた。それを原資にコロナ禍で仕事に影響を受けた若者に就労支援の機会を提供しないか。手法は「キャッシュ・フォー・ワーク(以下CFW)」を使いたいという。
国際的な人道支援の場で使われている手法ではあるが、日本でも古くからCFWの事例がある。1954年に発生した安政南海地震において、和歌山県広村(現在の広川町)も甚大な被害を受けた。この地域で醤油業を営んでいた濱口梧陵は、仕事を失った被災者を集めて、堤防建設や清掃作業などの仕事を創出した。
海外や国内のCFW事例は、関西大学の永松伸吾教授による『キャッシュ・フォー・ワーク - 震災復興の新しい仕組み』(岩波ブックレット)で示されている。
東日本大震災では、政府の緊急雇用創出事業などを活用したCFW的な事例もあったようだが、先に引用で活用した『労働政策研究報告書No.169 復旧・復興期の被災者雇用 - 緊急雇用創出事業が果たした役割を「キャッシュ・フォー・ワーク」の視点からみる -』において多面的に検証されている。
CFWは、自然災害などで被害を受けた地域で暮らすひとたちに、生活向上のインセンティブを与えること。食べ物(Food)ではなく、お金(Cash)を得ることで地域経済が循環していくこと。何より、CFWを通じて地域再興に貢献することや、生きがいやほこり、自尊心を取り戻すことに意義がある。
しかしながら、仕事を通じて収入を得て暮らしていくにあたっては、雇用の継続性や安定性などに課題が残ること。また、災害対応や復興支援の文脈ではなく、失業者対策の側面が色濃く、現地では緊急雇用の枠で働いていることへの軽視を感じるひともいたという意見も紹介されている。
それ以外にも労務管理の問題や、実施主体のひとと仕事のコーディネーション、賃金ラインの設定など、多くの課題が提示されている。
キャッシュ・フォー・ワークと就労支援
コロナ禍で仕事を失ったり、シフトの減少により収入および生活に影響を受けたひとたちの数は、毎月の統計や毎日の報道で、誰もが明日は自分に影響があると認識しているのではないだろうか。
社会状況の行き先が不透明な中でも、働くひとたちへの影響はしばらく悪路が続くのではないか。そこで私たちは「キャッシュ・フォー・ワーク2020」として、コロナ禍で職を失った人へ就労支援の機会を提供し、地域課題を解決する(助成)事業を立ち上げた。私自身がCFWを学びながら就労支援との組み合わせで期待したことは以下の点である。
ひとつは、あくまでも「支援」であることだ。事業を実施する非営利組織は、若者に対して就労支援を行う。そこには正社員での就職を目指す若者もいれば、アルバイト先を失った学生は、これを機に新しい経験や知識を身に着けたいと考えるかもしれない。
子育てをしながら、仕事との両立が時間的に難しかったひとであれば、在宅でも働けるようにITにかかる技術を獲得したいということも想定される。就労支援はそのひとに合った「はたらく」を一緒に考え、伴走する行為であるため、仕事をゴールには置きながらも、その仕事は若者自身の考えや価値観をもっとも大切にすることに意義がある。
ふたつめに、これまでの就労支援は経済的、時間的な余裕が必要だった。そのため行政が無料で行っても、民間団体が実費分を負担しても、収入がなくても生活できることが参加の制約となっていた。
しかし、CFWの手法を就労支援に取り入れることで、生活のための資金と就労支援を同時に受けることが可能となる。私が知り得る限り、非営利団体が提供する就労支援の形としてはほとんど例がないため、実際にどのような効果に至るのか大きなチャレンジであり、休眠預金等活用事業の理念と合致する。
最後は、CFWの難しさのひとつにある、若者と仕事のコーディネーションをうまくできるのではないかという期待である。事業実施団体として想定される非営利組織は、地域課題の解決や、地域を支える活動を長年していること。また、ひとと仕事をつなぐ就労支援に知見を持っている。
そのため、一から就労支援のコンテンツを作ったり、経験を積むための地域活動や経験の場を探すというようなことが想定しづらい。また、地域や分野のネットワークを生かして、一人ひとりの若者にとって必要なリソースを調達またはシェアしやすいのではないかと考えている。
CFWの手法を活用した就労支援という新しいチャレンジが、ひとりでも多くのコロナ禍で影響を受けた若者を支え、本人が望む「はたらく」に到達できる機会提供になることを期待する。