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温度計の針は40度を超えていた? ヤマト運輸で熱中症対策を求めるストライキ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 気候変動が深刻化し、連日の猛暑が続いている。先日、気象庁は気温が35度を超える「猛暑日」が過去最長を更新したと発表した。8月下旬まで危険な暑さが継続し、9月は、観測史上最も暑かった2023年並みの高温となる可能性を指摘する報道もある。

 近年、こうした影響を受けて広がっているのが、職場における熱中症である。厚生労働省が発表した「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、2023年において、職場での熱中症による死傷者は1,106人(前年比279人・34%増)と大幅な増加となっている。しかも、この数は、「死亡・休業4日以上」として、労災が認定された数であるため、氷山の一角であろう。

 こうした中で、8月19日にヤマト運輸の倉庫内で働く労働者Aさんが、たった一人で熱中症対策を訴えるストライキを実施し、大きな注目を集めている。

 Aさんは自身が熱中症になりながら働いており、労働組合「総合サポートユニオン」の組合員として、ヤマト運輸に職場環境の改善を求めている。要求を出してから部分的な待遇改善は得られたものの、空調服の支給などの重要な対策は、いまだに本社が認めておらず、急遽ストライキと記者会見に踏み切ったという。

厚生労働省で記者会見を行うAさんと総合サポートユニオンのメンバー
厚生労働省で記者会見を行うAさんと総合サポートユニオンのメンバー

 この行動はマスコミ各局で続々と報道され、すでに大きな反響が見られている。特に興味深いのは、現場で働く労働者からの声だ。報道を受けて、今週同ユニオンが実施している「熱中症労働相談ホットライン」(20日(火)、22日(木)、23日(金)の17時から21時で開催) には、Aさんと同じような環境で働く労働者からの相談や共感の声が相次いでいるという。

 そこで本記事では、まずヤマト運輸の倉庫で起きていた労働現場の実態や、今回の報道を受けて寄せられた労働者の声を紹介していきたい。そして、私たちの社会を支える労働者である「エッセンシャルワーカー」の労働運動についても述べていきたい。

ヤマト運輸の倉庫で何が起きていたのか

 まず、総合サポートユニオンへのインタビューをもとに、ヤマト運輸の倉庫で働くAさんの労働実態について見ていこう。Aさんは現在55歳の男性で、ヤマト運輸では27年働き続けてきた。兵庫県尼崎の事業所に勤務し、昨年、ドライバーから倉庫内労働者へ異動となったという。

 Aさんは、1日9時から19時までの9時間労働(休憩1時間)を週5日ほどしている。主に、事業所に来た荷物を各ドライバーごとに振り分けたり、倉庫内の整理整頓などを行っている。基本的にAさんの仕事は立ち仕事で、倉庫内を歩き回り、最大30キロの荷物を手に持って仕分けることもあり、厳しい労働環境だ。

 Aさんの働く倉庫は、窓が少なく、その窓も約半数は錆びて開かない状況であった。また、倉庫内でも宅配トラックがエンジンを停止しないため、排気ガスの熱風も溜まり高温になっていたという。

 今年7月になるとAさんが働く倉庫内の最大40度まで計測できる気温計は振り切れ、「熱中症指数」は「危険」を指している日もあったという。その後にヤマト運輸がユニオンに回答した内容によれば、この気温計は故障していたから既に回収済みであり、正しい気温は最大でも36度であり、31以上が「危険」とされる「暑さ指数」も29から30であると説明している。

 この説明が事実であるとしても、暑さ症指数29はすでに「厳重警戒」レベルであり、危険性が高いことは変わらないだろう。また気温や暑さ指数は、所長がチェックしているものの、客観的な記録としては残されていないという。

 熱中症対策として、事業所には、塩飴の配布、業務用扇風機が1台、スポットクーラー(局所冷房)が2台、ウォーターサーバーなどがあったが、それでは到底暑さをしのげない状況であった。

 そのため、Aさんはかなりの量の汗をかき、「あせも」が消えない状況が継続するようになった。その後、暑さによる頭痛も続くため、Aさんは「ロキソニン」(鎮痛剤)を飲んでなんとか騙し騙し働いていたという。「現在は、だるい、吐き気などは通り越している」とAさんは話している。8月初旬にAさんが病院を受診したところ、「熱中症の症状」と言われ、専用の薬も処方されている。

 また、同じ倉庫では高齢の非正規労働者が働いているが、Aさんの見る限り、フラフラになって働いていたという。一般的に高齢者は汗をかきづらいため、熱中症に気づくのが遅れるのではないかとAさんは心配している。昨年までドライバーだったAさんは、倉庫以上に過酷だという配達ドライバーたちの環境も懸念している。

ユニオンの要求を受けて、ヤマト運輸は即座に新たに業務用大型扇風機の導入や、スポットクーラーの増設という対応を行ったが、同業他社の佐川急便では実現している空調服やネッククーラーの支給は依然として認めていない

Aさんの事業所にあった気温計
Aさんの事業所にあった気温計

即座に寄せられた「私も同じです」「応援したい」という反響の数々

 総合サポートユニオンでは、Aさんの会見の翌日から熱中症相談ホットラインを開催している。そこには「私もAさんと同じです」という電話が相次いでいるという。いくつか紹介しよう(個人が特定されないように情報を一部加工している)。

相談事例1
物流大手の倉庫で勤務している。倉庫にはスポットクーラーと扇風機が申し訳程度にあるだけ。温度計もない。暑さのために一晩で3人が倒れたことまであり、自身も頭痛が続いたり、気持ち悪くなりながら働いている。倒れた人たちが労災になったのかは知らない。自身は以前に職場で転倒し、労災を申請しようと上司に相談したことがあるが、業務時間外に反省文を書くことが条件とされたことがあり、熱中症の労災申請には同僚たちも抵抗感があるのではないか。

相談事例2
物流倉庫で働いている。倉庫には温度計もなく、2台しかなかったスポットクーラーのうち、1台は故障して放置されている。熱中症で同僚の高齢者が早退し、2週間ほど休業して復帰した。空調服とネッククーラーを自腹で購入した。

相談事例3
工場で勤務している。機械の熱で暑く、昼の気温は42度に達している。スポットクーラーと扇風機はあるものの、動き回るので意味がない。温度計を見せて会社に対応を求めたが、対応はない。空調服を自腹で購入した。会社は違うが、Aさんを応援したい。

 これは当日の労働相談の一部に過ぎないが、Aさんとほとんど同じ環境で勤務している労働者が日本中に大勢いることは想像に難くない。浮かび上がってくる共通点として、次のことが挙げられるだろう。

  • 経営者が現場の温度や暑さ指数指数を把握していない
  • 効果的な猛暑対策をほとんど実施していない
  • 労働者が改善を求めても無視する
  • 結果として、労働者が自前で対策をすることになる
  • 労働者が倒れても労災申請が容易ではない

 命を奪うほどの危機的な猛暑にもかかわらず、いまだに企業が積極的な現状把握や対策を講じないばかりか、労働者の訴えや被害までもが蔑ろにされて職場が蔓延していることが理解できよう。では、どのように改善や補償を求めていくことができるのだろうか。そこで重要になってくるのが労働組合の役割である。

労働組合をつうじた、改善と補償の要求

 Aさんはヤマト運輸に対して、総合サポートユニオンに加入しての労使交渉をつうじてすでに部分的に改善を実現している。これは十分とは言えないが、すでに大きな成果だろう。

 そのうえで、さらなる対策を求める今回のストライキを実施するにあたり、気温や暑さ指数(WBGT)についての客観的な記録、全社的な熱中症対策について実態調査の実施を求めている。

 また、具体的な熱中症対策として、倉庫内における配達車のエンジン停止の徹底、空調服及びネッククーラーの支給、通風又は冷房設備の充実、労働者の健康状態の確認、安全衛生教育、応急処置の流れの共有、スポーツドリンク等の熱中症対策になる飲料の支給、その他必要と考えられる施策などを求めているという。いずれも現場の労働者の実感に根付いた現実的な改善策である。

 労働組合によるストライキと報道の反響を踏まえて、ヤマト運輸がどこまで誠実に対応するのかが注目されている。

 一方で、熱中症になった後の補償にも、労働運動が重要になってくる。業務による熱中症であると認定されれば、労災保険によって、治療費は全額無料となり、4日以上の休業には給与の8割分が支給される。しかし、前述のように会社が労災申請を萎縮させているケースが少なくないのが実態だ。

 個人でもできる実践的な対応としては、Aさんが気温計を撮影していたように、職場の暑さを客観的に証明するための証拠を残しておくことが望ましいだろう。ただし、こうした証拠の残し方や申請のアドバイスについても、労働者が個人で対応することは容易ではない。

 また、熱中症によって後遺症が残った場合、会社に対して損害賠償を請求することができる。賠償請求についても、労働者個人で対応することは一層困難だ。今年3月には、コカ・コーラ製品の自販機補充・配送会社で働いていた労働者が仕事中の熱中症で死亡したことを受け、遺族が労働組合「全国一般東京東部労組」に加入して、雇用主のシグマ・ベンディングサービスへの損害賠償を求めて東京地裁に提訴している。

 労働組合であれば具体的な熱中症対策や、労働災害申請への協力についても、法的権利として交渉を求めることができる。ぜひこの「交渉の権利」を活用して、各職場で熱中症対策を進めてほしい。

「社会問題」としてのエッセンシャルワーカーの熱中症

 近年、世界的に猛暑下の労働に対して対策を求める大規模なストライキが相次いでいる。特に社会を支えるエッセンシャルワーカーによるストライキは、必要不可欠な物やサービスが停止するため、社会への影響が大きいが、その分だけ彼らの仕事の重要性を社会に強くアピールすることになる。

ストライキをしヤマト運輸本社前での宣伝活動をするAさんら
ストライキをしヤマト運輸本社前での宣伝活動をするAさんら

 そもそも、私たちの社会は彼らの労働によって成り立っている。エッセンシャルワーカーの命を守るための取り組みは、その当事者たちに止まらない社会的な支持が鍵を握るといえよう。

 海外と規模は違えども、今回の行動についても同じことが言えそうだ。Aさんが職場や社内において、たった一人であったにもかかわらず、ストライキに踏み切り、社会的な告発を広げることができたのは、気候変動によるエッセンシャルワーカーの熱中症の深刻化という社会問題に対して、Aさんと一緒に声を上げたいという学生や社会人の参加や応援があったからだ。

 その取り組みの具体的な様子について、総合サポートユニオンが動画を制作している。

 いま、まさに職場で熱中症の危険に晒されている方や、熱中症の被害に苦しんでいる方は、ぜひ労働相談をしてみてほしい。また、自分が当事者でなくても、こうした取り組みに共感する人は、エッセンシャルワーカーを支える行動を模索してみるとよいだろう。

※なお、ヤマト運輸側にも今回のストライキについての見解を求めていたが、記事配信後に以下のコメントが寄せられている。

今回ストライキを行った社員が作業に従事している尼崎武庫営業所の気温および暑さ指数(WBGT 値)は、同人と共に作業している営業所長が測定器を用いて常に把握しており、気温が40度を超えることはありませんでした。
最も暑い時間帯でも WBGT 値は29~30であり、複数の扇風機やスポットクーラーの設置、休憩場所の整備および作業の休止時間・休憩時間の確保、水分・塩分の補給、上長による労働者の健康状態の確認など、適切な熱中症予防対策を講じていました。
このことはストライキ前の2024年8月9日の団体交渉で丁寧にご説明しましたが、営業所の作業実態と当社の熱中症予防対策が正しく理解されていないことは非常に残念です。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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