20代半ばで考えた結婚や子どもをもつ幸せ。セクシュアルマイノリティ当事者として物語に込めたこと
トランスジェンダーの真也と、シスジェンダーのユイの10年にわたる関係を描いた映画「フタリノセカイ」。
自身もトランスジェンダーである飯塚花笑監督が手掛けた本作は、セクシュアルマイノリティ当事者の現実を伝える作品であることは間違いない。
ただ、ここにきて量産されているといってもいいセクシュアルマイノリティについての映画とはひと味違うというか。
ある意味、抗う作品になっているといっていい。
トレンドや流行とは関係ない。あるフタリの歩みが、なにも特別ではない、わたしたちのすぐそばにある物語として描かれる。
この作品に込めた思いとは? 飯塚監督に訊く。(全四回)
悩んでる人が『わたし悩んでいます』と言っているだけでは映画にならない
前回(第一回)は、セクシュアルマイノリティについて10年間描き続けてきた飯塚監督に、その日々を振り返ってもらった。
今回は映画「フタリノセカイ」についての話に入る。まず、今回の映画の出発点をこう明かす。
「これはデビュー作の『僕らの未来』を撮った後から、すごく意識したことなんですけど、セクシュアルマイノリティ当事者が、現状の問題点について声高に主張する、現状について声をあげていくことは必要だと思うんです。
ただ、あまりにメッセージ色が強すぎると、どうしても当事者のひとりよがりに映ってしまうところがある。
そうなってしまうと、見る人が限定されてしまい、セクシュアルマイノリティに興味がある人にしかひっかからなくなってしまう。
僕としては、それは避けたいというか、より間口を広げたい。もちろん当事者にも届けたいんですけど、興味のない人に興味をもってもらえる、興味のない人でも自分に重ねてみられるような作品を作りたいなと考えていました。
やはり、映画の大衆娯楽性を大切にしたい気持ちがすごくある。
ものすごくシリアスな社会的なテーマがあったとしても、大衆へ届くような間口の広い作品を作りたいという信念が僕にはあるんです。
『僕らの未来』は最終的に、僕のすごく個人的な想いや切実な思いが宿る作品にはなりました。けど、制作しながらすごく『大衆に向けて』という意識はあったんです。
主人公の悩みや切実な思いを、セクシュアルマイノリティではない人が分かるように描けなければ意味はない。
悩んでる人が『わたし悩んでいます』と言っているだけでは映画にならない。
主人公の苦しさや孤独が、少しでも伝わるようにと意識して苦心して描くことを心がけたんです。
その意識があって、今回の『フタリノセカイ』を作るとなったとき、前回のインタビューでも触れましたけど、世の中が変わってセクシュアルマイノリティの存在がかなり社会に浸透した現実がある。
セクシュアルマイノリティが窮状を訴えるような、強く声をあげるような伝え方をしなくてもいいぐらいの状況になっていると感じる。
ですから、主題としてはセクシュアルマイノリティがあるんですけど、たとえば不妊の問題であったり、ほかのマイノリティの問題、あるいは現代を生きる女性が直面する問題なども入れることで、もっともっと間口を広げる作品を作りたいとまず考えました。
特にセクシュアルマイノリティに関心があるわけではない人に興味をもってもらえて、みてもらえる作品にしたいなという思いがありました」
20代半ば、自分にとっての幸せって何なんだろうっていうことをすごく考えた
脚本作りの最初の種をこう明かす。
「『フタリノセカイ』の原型となる脚本を書いたのは、もう5~6年前とかになるんです。
当時、僕は20代半ばに差し掛かったぐらいで、ふと周りを見渡すと同世代の知り合いや友人が結婚していって。出産する女性もけっこういた。
その現実に改めて直面したときに、自分にとっての幸せって何なんだろうっていうことをすごく考えたんですよね。
たとえば、僕の母は、いまでいう古い価値観の持ち主というか。たとえば『結婚することこそが幸せ』とか、『家族がいることこそが幸せ』とかいった価値観を強く持っていた。
でも、僕は戸籍を変えていないから結婚はできない。
子どもを授かるということに関しても、体外受精など、方法もありますけど、いわゆる血のつながった子どもを持つことはできない。
そういうことをひとつひとつ考えていったら、『僕にとっての幸せって何だろう』と、疑問がものすごく湧いてきたんです。母の価値観の影響を僕は受けているから、『家族をもてない、戸籍を変更をしていないから、好きな人と結婚できない僕は幸せになれないのか』と。
でも、『絶対にそんなことはない』と思い直して。
1本の映画を通して、いわゆる世間でいう結婚や出産、子どもを持つという幸せを、セクシュアルマイノリティとそうではないシスジェンダー双方から一つずつ描き切ることでほんとうの意味での『幸福』を見出せないかと思いました。
この思いが出発点になっています」
真也とユイに自由に自身の幸せを模索してもらったら、
こういう物語になっていった
作品は、トランスジェンダーの真也と、シスジェンダーのユイが主要人物。二人の物語はどうやって生まれたのだろう?
「僕はわりと映画を作るときは、結構、構成やストーリーライン、プロットをわりときっちりと決めてからのケースが多いんです。
でも、今回に限っては、登場人物のキャラクターありきで書きはじめたんですよね。
つまり真也とユイという人物が思い浮かんで、彼らの10年間を描いているんですけど、二人を自由に泳がせてみたというか。
脚本を書いている感覚としては、二人に自由に自身の幸せを模索してもらったら、右にいったり左にいったりと右往左往して、こういう物語になっていった。
もちろん、そこには僕の考えが入ってもいるんですけど、まずは2人に思いを馳せながら、書き進めていったら、こういう物語になったんです。
二人に幸せの形を模索していってもらったら、自然と物語が生まれたような、不思議な感覚があります」
(※第三回へ続く)
「フタリノセカイ」
監督・脚本:飯塚花笑
出演:片山友希 坂東龍汰
嶺 豪一 持田加奈子 手島実優 田中美晴 大高洋子
関幸治 松永拓野 / クノ真季子
全国順次公開中
写真はすべて(C)2021 フタリノセカイ製作委員会