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フィクサー、アル・ヘイモンと契約したパッキアオの隠された真意

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
早くもパッキアオvsブローナーの合成写真が掲載された(写真:FightSaga)

移籍第1戦は1月が有力

 先週末、6階級制覇チャンピオンで現WBA世界ウェルター級“レギュラー”王者マニー・パッキアオ(フィリピン)が業界最大規模を誇るプロモーション会社PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の総帥アル・ヘイモン氏と契約した。大物同士の合体はビッグサプライズではないかもしれないが、ある程度の衝撃を与えた。契約は2試合(2年と報じたメディアもあるが真偽は不明)。第1戦は来年1月、相手にはスーパーフェザー級からウェルター級まで4階級を制したエイドリアン・ブローナー(米)が最有力候補だと伝えられる。

 2015年にPBCを船出させたヘイモン氏(63歳)は表面上「強力代理人」という立場を取りながら実質マネジャー、プロモーターとして腕を振るう業界の大ボス。独占禁止法や職種の兼業を禁止するモハメド・アリ法に違反するとして、ライバルのトップランク、ゴールデンボーイ・プロモーションズ、メインエベンツといった米国の大手プロモーションから訴訟を起こされたが、いずれも勝訴している。あまり素性を明かさないことからフィクサー的な性格が強い人物である。

魅力のマッチメイクが目白押し

 パッキアオがスターに上り詰め、ボクシング史に名を刻むまでの存在になったのはボブ・アラム氏率いるトップランク社のバックアップが欠かせなかった。しかし昨年、豪州メルボルンで地元のジェフ・ホーンにWBO世界ウェルター級王座を奪われたのを最後にパッキアオは同社と決別。今年7月マレーシアのクアラルンプールでルーカス・マティセー(アルゼンチン)にTKO勝ちで復帰した一戦は自身のプロモーションが主催した色合いが強かった。

 私はしばらく“アジア路線”をパッキアオは継続すると思っていた。その先にはフロイド・メイウェザーとの再戦を見据えている様子もうかがえた。だが今回ヘイモン氏とサインを交わしたことから彼のステージは再び米国へシフトする。マティセー戦は今後(といっても先は長くないが)への前哨戦、中継ぎだった印象がしてくる。

 ところで半年ほど前、アラム氏がヘイモン氏に歩み寄るかたちでウェルター級の交流戦を提唱した。残念ながら、その後進展はない。アラム氏の持ち駒テレンス・クロフォード(米=WBO世界ウェルター級王者)がPBCの強力ラインナップと対戦すると想像するだけで胸が高鳴るが、“トップランクOB”パッキアオの参戦でエロール・スペンス(米=IBF同級王者)、キース・サーマン(米=パッキアオの格上的なWBA“スーパー”王者)、ショーン・ポーター(米=WBC同級王者)との統一戦が現実味を帯びる。また彼らの後に控えるダニー・ガルシア、アンドレ・ベルト、デボン・アレキサンダーらの元王者たちとの対決の可能性も広がる。

問題児ブローナーは手頃な相手か

 その中で白羽の矢を立てられたのがブローナー(29歳)。戦績は33勝24KO3敗1分。ニックネームの“ザ・プロブレム”を地で行く問題児、トラブルメーカーだ。これまでの醜聞を一つ一つ振り返るとスペースがいくらあっても足りなくなるので省略するが、台頭時は「メイウェザーの後継者」あるいは「パワーを兼備したメイウェザー」とも称賛されたスーパースター候補だった。

 しかしメイウェザーに2度善戦したアルゼンチン人マルコス・マイダナに完敗してウェルター級王座から転落すると坂を駆け落ちるようにキャリアが暗転した。それまでトラブルを起こしながらも持っていたボクシングへの情熱と献身が懐が豊かになるとともに消え失せ、怠惰になったことが原因だった。“兄貴”と慕ったメイウェザーからも毛嫌いされる始末。親交のある選手の試合を観戦中、スクリーンにブローナーの顔が映ると観衆はブーイングの嵐を浴びせる。

メイウェザー(右)から叱咤されるブローナー。笛吹けども踊らず?(写真:BSO)
メイウェザー(右)から叱咤されるブローナー。笛吹けども踊らず?(写真:BSO)

 PBCに移籍するパッキアオの刺客がブローナーになりそうなことはヒールの背景があり、トラッシュトーク(舌戦、ののしり合い)で試合の前景気を煽る効果を期待されているからだろう。試合が締結すれば勝敗予想はパッキアオ(60勝39KO7敗2分)やや有利となりそう。もっとも前述のPBC傘下の現王者、元王者の中でパッキアオ有利の下馬評が立つのはベルトとアレキサンダーぐらいに限られる。

メイウェザー再戦に一直線

 すでにPBCはパッキアオvsブローナーのために来年1月19日ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナをブッキングしたともいわれる。フィリピンの上院議員という要職にあり多忙なパッキアオが積極的に動いた理由はただ一つ。ブローナー戦後にメイウェザーとの再戦を切望しているのは間違いない。3年前の第1戦でPPV購買数460万件を記録したメイウェザーvsパッキアオは当事者2人はもちろん、主催者たちに桁違いの潤いをもたらした。

 その中心人物ヘイモン氏は引退したメイウェザー以外の上記の選手たちを登場させてメイウェザーvsパッキアオ級の高度に収益性が大きいイベントを画策していた。だが、その思惑は見事に外れた。メイウェザーに匹敵するタレントがいないのだ。彼らの中で今もっとも実力評価が高く、将来メイウェザー級のスターに到達する期待がかかるスペンスにしても一般のスポーツファンには名前が浸透していない。昨年“メイパック”並みの莫大な収益をあげたメイウェザーの対戦相手がUFCのコナー・マクレガーだったのは何とも皮肉な話だ。

 初戦の内容からリマッチが締結されてもPPV購買数は前回を大きく下回ると推測される。それでも著名メディアは半分の230万件は固いと予測する。この数字でも御の字どころか驚くべき数字だ。注目度が高かったゲンナジー・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス2が110万件と発表されていることからも凄さが計り知れる。

いよいよ現実味を帯びてきたメイウェザーvsパッキアオの再戦(写真:Sporting News)
いよいよ現実味を帯びてきたメイウェザーvsパッキアオの再戦(写真:Sporting News)

税金問題も引き受ける?

 とはいえ実現すれば16年11月のジェシー・バルガス戦以来となるパッキアオの米国リング登場にはバリヤーがある。IRS(米国国税庁)から総額3000万ドル(約33億円)に上る支払いをパッキアオは命じられているのだ。最近2試合を豪州、マレーシアで行ったのは紛れもなくそのせいである。この難題を解決すれためにヘイモン氏と手を組んだとまことしやかにささやかれる。

 おそらくブローナーとの試合だけでこの金額を清算するのは難しいだろう。2戦目をPBCのラインナップの一人と戦っても実入りはそれほどアップするわけではなく、勝利も保証されない。どうしてもメイウェザーを引き出さなければならない。

 ハーバード大学を卒業し、法廷訴訟や裏取引きで手腕を発揮するヘイモン氏。すでにパッキアオのためにIRSと折衝を開始しているとも一部で報道される。詳細は不明だが、一時ヘイモン氏が負債を肩代わりし、メイウェザー再戦を組んで、そこからパッキアオが返金する筋立てが構築されているとも噂される。

 こんな、あまりにも個人的な事情が絡んだ試合が組まれてもシラケてしまう――というのが個人的な印象。今でも「パッキアオの勇姿が見られるだけで満足」という支持者は世界中にいるようだが、“続金満ファイト”にどれだけファンが追従するかはなはだ疑問だ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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