Yahoo!ニュース

水を大量に消費する人工知能。人間とAIが水を奪い合う

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:REX/アフロ)

90年で5倍になった水使用量

 今日は「水の日」。人間の水使用量はこの100年で急激に増えた。世界の年間の水使用量が1000km3になったのは1930年代半ばのこと。人間の歴史がはじまってから数千年かかった。ところが1960年にはその2倍の2000km3になり、2000年にはそのまた倍の4000km3になった。

 世界気象機関(WMO)は、2025年の世界の水使用量を予測している。それによると農業用水が3162km3、工業用水が1106km3、生活用水が645km3とされ、合計4913km3。1930年代半ばの1000km3から90年で約5倍になったわけだ。ものすごい速さだ。

 人口の増加、経済の成長にともない水使用量が加速度的に増えたわけだが、無限に水が使えるわけではない。

 国連は「現在の消費と生産パターンが変わらなければ、2030年までに世界の水供給が40%不足する」と警告しているし、世界銀行は「水不足が深刻な中東・北アフリカ地域では、すでに人口の6割が水不足の地域に暮らしており、2050年までに推定6~14%という過去最大の経済的損失を被る」としている。

 世界の水使用を用途別に見ると圧倒的に農業用水が多いのだが、工業用水も伸びている。ちなみに経済産業省によると、日本における工業用水の業種別使用割合は、パルプ・紙・紙加工品製造業(27%)、化学工業(22%)、鉄鋼業(14%)だが、時代が変われば水を使用する産業も変わる。

 近年、多くの人が注目する新分野で、莫大な水が使用されている。

喉カラカラの人工知能(AI)

写真:ロイター/アフロ

 米カリフォルニア大の研究チームのレポート「Making AI Less ‘Thirsty’」は、「人工知能(AI)モデルの莫大な水消費量」についてMicrosoftやGoogleの公開データから調査している。

 レポートによると「Microsoftの最新鋭の米国データセンターでChatGPTをトレーニングすると(トレーニング期間を数十日と想定)、70万リットルの清浄な淡水が直接消費される」という。

 研究チームはデータセンターでの水利用について、直接消費と間接消費に分けていて、直接消費とは主に冷却のための水。MicrosoftやGoogleはサーバーの過熱を避けるために冷却塔を採用し、膨大な水を消費している。Googleが米国で所有するデータセンターだけで、冷却のために127億リットルの淡水が消費された(2021年)。

 前述のChatGPTが消費した70万リットルについて、研究チームは「ChatGPTは、20~50問の簡単な質問に答えるだけで500mLの水を飲む必要がある」と表現している。

 「わずか中型ペットボトル1本」と思うかもしれないが、ChatGPTのユーザー登録数は1億2300万人というから(2023年1月31日時点、スイスの投資銀行UBS調査)から、相当な量の水が消費し続けられていることになる。そしてサイズが大きくなったGPT-4では、水の消費量は数倍になると考えられている。

 さらに間接的な水の消費とは、データセンターに使用される電力を指す。電力使用量は発電の種類によって異なるが、原子力発電所が電力を生産するために最も多くの水を消費する。

懸念される水の奪い合い

 今後AIの活用が世界的に進むと考えられるが、まさかAIがこれほどの水を飲んでいるとは思っていないユーザーが多いのかもしれない。でも、これによってデータセンター周辺の地域で、水道事業や農業、他の産業との水の奪い合いが発生する可能性もある。地政学リスク専門のコンサルティングファーム、ユーラシア・グループが公表した「TOP RISKS 2023」にも「逼迫する水問題」があげられている。そこにはデータセンターが数多くある米国についての記述もある。

「水不足の影響は悪化するが、政府の対処する能力は変わらない。水資源の恒常的な減少に十分備えることができていないため、政策担当者は、資源を突然制限し再分配する短期的な緊急措置に頼らざるを得なくなる。米国の政策担当者は、発電、給水、工業生産、食糧生産と、水資源の保全の間で悩むことになる。2023 年に行われる取水制限で最も苦しむことになる米国の農家は、収穫を諦めるよう求められることが増えるだろう。」

 企業には水に関する情報公開とともに具体的な行動が強く求められるようになるだろう。

 Microsoftは「ウォーター・ポジティブ」といって、消費するより多くの水を供給することを目指している。水使用量を減らす活動として、敷地や建物に雨水を集めるシステムを装備した。排水として流していた雨を使うことで、従来の地下水使用量を減らす。また、データセンターのなかで水をリサイクルしたり、冷却水のかわりに外気を使用しはじめた。そして、水供給量を増やす活動としては、湿地の保全やアスファルトなどの水を浸透しない表面を除去するプロジェクトに投資を行う。

 ただ、こうした活動が効果を上げる速度が、AIの普及速度に追いつくのかどうかは不明である。ChatGPTに気軽に仕事をまかせているうちに、自分の飲み水がなくなっていた、なんてことが起きないとは限らない。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

橋本淳司の最近の記事