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「従軍慰安婦」は日米問題である事を理解できぬ日本人

田中良紹ジャーナリスト

朝日新聞が「従軍慰安婦問題」を巡り、「一部に誤報があった」として取り消す報道を行った。すると「国会で検証する必要がある」との議論が国会議員の中から出てきた。誤報の取り消しを巡って国会が検証に乗り出すというのはこれまでに聞いた事がない。

しかしこの問題に限っては「誤報のせいで日本が国際社会から非難されるようになった」と考える日本人がいる。つまり朝日の誤報がなければ「従軍慰安婦」は大きな問題とならず、アメリカ議会下院が日本政府に謝罪を要求する決議を行う事もなく、アメリカ各地に慰安婦像が設置される事もなかった。朝日の誤報と韓国の対米工作によって旧日本軍の悪辣なイメージが世界に広まったと考えるのである。

しかし朝日が誤報を認めたと言っても「従軍慰安婦」の存在そのものが消えた訳ではない。また旧日本軍の悪辣なイメージを作り出したのは何よりも戦勝国アメリカである。朝日の誤報や韓国の対米工作などなくとも、東京裁判で旧日本軍を断罪したアメリカは、それを国際社会に広め、今でも東京裁判史観を正義と考えている。

私は戦争に正義などあろうはずはなく、アメリカが主導した東京裁判史観を全く認めるものではない。しかし戦勝国アメリカはそれを今でも正義と主張する。だから東京裁判史観を塗り替えるには、アメリカに向けた戦略を構築する必要がある。けしからんと批判するだけでは「戦争に勝ってから言え」と言われるだけで意味がない。

ところが東京裁判史観に同調する日本人を「自虐史観」と批判する人々は、「自虐史観」を作り出した当のアメリカを決して攻撃の対象としない。アメリカの作り出した「史観」に同調する人間だけを攻撃し、アメリカに対してはむしろ何でも言う事を聞いて従属するのである。

例えばアメリカが要求する集団的自衛権の行使容認を支持し、「日米同盟は死活的に重要」とまるでアメリカの奴隷になるような事まで言う。つまり本来攻撃すべき相手は強そうなのでゴマをすり、その相手に同調する弱そうなところだけを攻撃してうっぷんを晴らしているのである。

私は10年余アメリカ議会を見て、日本通と言われるアメリカ人も知っているが、従軍慰安婦にしても南京事件にしても、仮に日本が韓国や中国の言い分を打ち負かしたとしても、アメリカがそれで東京裁判史観を変え、日本の悪辣なイメージを変えるとは思わない。日本人とアメリカ人の価値観の違いは日本と韓国や中国との価値観の違いよりずっと大きいと思うのである。

かつて大阪の橋下市長が従軍慰安婦問題で、「アメリカも世界もやっている事をなぜ日本だけが批判されるのか」と発言し、また在沖縄米軍司令官に「米兵に風俗に行くよう指導してくれ」と言い、「占領下の日本でアメリカも日本人女性を活用した」と言った事がある。

その頃私は「ワシントンは高級娼婦の街である」というブログを書いた。世界中から政治家が集まるワシントンには需要があるのだろう高級娼婦がいる。もちろん売春は違法だが、存在するものは存在する。そうした問題と、国家や軍など国民の税金で雇われた立場が売春に関わるのはまるで次元が異なるという話を書いた。

国家が売春を管理する事の是非だが、日本には昭和33年まで「赤線」と呼ばれる政府公認の公娼制度があった。非公認の売春は「青線」と言って低く見られた。しかしアメリカではヨーロッパから公娼制度が導入されると、国民がこれを「白い奴隷制度」と呼んで排撃し、公娼制度は根付かなかった。アメリカ国民は売春に税金を使うのを許さなかったのである。

日本に占領軍がやってきた時、日本政府が真っ先にやったことは米軍兵士のための売春施設を作る事であった。8月18日に内務省は全国の警察に慰安施設の設置を指示し売春婦を募集した。年末までに各都市の慰安所には数千人の女性が配置された。こうした日本政府のやり方をGHQは嫌った。女性の人権にかかわる問題として翌年1月に公娼制度の禁止を命令した。

しかし日本政府は規制を受けない私的な遊郭は性病の蔓延を招くとして「赤線」の営業を許可し、人身売買は禁止されたが、自由意思による売春は認められた。それが昭和33年まで続いたのである。この売春を巡る日米の考え方を見ても分かるように価値観の差は大きい。公娼制度が中国、韓国、ヨーロッパにもあったことを思えば日本人の価値観はそちらに近い。

従って橋下市長の発言をアメリカが見ると異様な発言と映る。太平洋戦争が終った日のニューヨーク・タイムズは、醜い怪獣の漫画を掲載し、怪獣の口の中にやっとこで牙を抜こうとしている米兵の姿があった。醜い怪獣は日本である。そこには「この怪獣はまだ死んでいない。牙を完全に抜かない限り危険である」と説明が付けられていたという。

アメリカから見れば橋下市長の発言は抜かなければならない怪獣の牙である。朝日の誤報を国会がどのような形で検証するのか知らないが、下手をするとそれが日本を怪獣に見せてしまう事もありうる。それにしても「自虐史観」を作り出したのもアメリカなら、それを批判する側が舐めているのもアメリカの足の裏という現実を、日本人は卒業しなければならない時に来ているのではないか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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