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リーダーの肖像。名将ジダンは策に溺れない。

小宮良之スポーツライター・小説家
シティと激闘を終えた後のジダン監督(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

なぜジダン監督は勝てるのか?

 レアル・マドリーに欧州三連覇をもたらし、名将の誉れ高いジネディーヌ・ジダン監督だが、どの点が指揮官として優れているのだろうか――。

 現役時代、ジダンが世界最高の選手だったことは、周知のとおりだろう。伝説的キャリアと数々のプレーが、が選手に対する求心力になっていることは間違いない。一つ一つの言葉に、説得力があるのだ。

 次に、そのパーソナリティか。ジダンは容易いことでは激高しない(それだけに、ドイツワールドカップ決勝での頭突き事件は驚きを与えた)。いつも落ち着いた様子で、辛辣なメディアの質問に対しても、フラットに接することができる。ポーカーフェイスが選手に安心を与え、威厳を保たせているのだ。

 一方で戦術家としては、「凡庸」という評価を出ない。ジョゼップ・グアルディオラのような先進的なトレーニングでプレーモデルを作り出すことはないし、ジョゼ・モウリーニョのように守備戦術を極め、議論を巻き起こすこともない。ソリッドなディフェンス作りは怠らないが、選手個々の能力に依存した戦い方だ。

 実は当初、監督としてのジダンの評価は関係者の間で低かった。

 敗北と勝利に、名将の実像が見えた――。

マンチェスター・シティ戦の采配

 2月26日、サンティアゴ・ベルナベウ。ジダン監督が率いるマドリーは、チャンピオンズリーグのベスト8をかけた1レグで、プレミアリーグ王者でグアルディオラ率いるマンチェスター・シティを迎えている。結果から言えば、ジダン・マドリーは1-2で逆転負け。ホームで痛恨の黒星となった。

 名将ジダンは、なぜ敗れたのか。

 1-0でリードした70分まで、ジダンはほぼ完ぺきな試合運びを見せていた。敵ゴールキックに対しては、GK以外マンマーキングで蓋をし、ビルドアップを許さない。ソリッドな守備で、シティの自慢の攻撃力を封じ込めた。序盤にガブリエウ・ジェズスに決定機を作られるも、GKティボー・クルトワが立ちはだかった。

 攻撃ではカリム・ベンゼマが前線で起点を作り、優勢に立った。右アウトサイドのイスコがインサイドに入ってゲームを作り、ルカ・モドリッチが右アウトサイドに出て、幅を作り出していた。フェデリコ・バルベルデがシティのMFとDFの間に侵入する動きも、計算されたものだった。

 単純な戦術だが、功を奏していた。

 そして59分、マドリーは先制に成功している。敵陣でシティのディフェンスが無理につなげようとしたパスが強く、MFロドリのトラップが乱れたところを、目ざとくかっさらう。ヴィニシウス・ジュニオールが高速カウンターで敵陣に殺到し、人を引きつけた後、ファーに流す。それを受けたイスコが蹴りこんだ。

 しかし歓喜の先制点ではあったが、マドリーは前半とは打って変わって劣勢に立ちつつあった。クルトワのセービングがなかったら、先制点を献上していた。シティの速い攻撃に後手に回っていたのだ。

 そしてリードしたことによって、形だけでなく、気持ちまで守りに入った。辛抱していた防御線が下がる。これで、完全に相手の攻撃を受けた。

 ジダンはそれを見過ごしていたのか?

裏目に出た交代策

 その流れの交代策で、決定的な差が出た。

 72分、シティのグアルディオラ監督は、ラヒーム・スターリングを左サイドに投入している。ダニエル・カルバハルの守るサイドを狙い撃ち。スピードで勝るスターリングがマドリーを追い込んだ。

 その2分後、ジダン監督は左サイドにガレス・ベイルを入れている。アスリート能力で相手を打ち負かせる選手で対抗しようとしたのか。左から押し下げられたら、相手の左の打撃力も弱まる――。

 ただ、この交代は明らかに裏目に出た。ベイルは試合に入れず、脅威を与えられない。むしろ、相手の攻撃を加速させた。77分にガブリエウ・ジェズスに叩き込まれ、82分にはスターリングにPKを献上し、逆転されてしまった。

 定石で言えば、一発のあるベイルよりもルーカス・バスケスのような献身的に守れるアタッカーを入れるべきだった。あるいは、トニ・クロースを入れ、中盤を厚くする手もあったか。ジダンは守る選択をせず、攻め手を作ることで、劣勢を挽回しようとした。

「采配ミス」

 結果的には、そう批判される選択だろう。

 しかし、それは本質なのか?

 ジダンは一人のボスとして、選手を信じ切れるのが才能なのだ。

フィーリングに従う指揮官

 ジダンは、フィーリングに従う指揮官と言える。論理よりも本能で決断。ほぼ感覚的(天才的)采配によって、偉業を成し遂げてきた。

 一昨シーズンのCL決勝、リバプール戦は象徴的だ。

 ユルゲン・クロップによって戦術的に鍛え抜かれたチームを相手に、序盤のマドリーは手も足も出なかった。激しいプレッシングとショートカウンターの連続で、マドリーDFは「クリアするだけ」。GKケイロル・ナバスのセービングがなかったら、一敗地にまみれていた。しかし前半30分に敵エースのモハメド・サラーがけがで交代を余儀なくされると、試合は一変した。

 ジダンはその天運を待っていたようだった。チームは息を吹き返し、攻勢に転じる。それが敵GKの致命的ミスを誘い、先制。追いつかれたが、慌てない。そこでガレス・ベイルを投入し、一気に畳みかけ、その2得点で勝負を決めた。

「選手の能力でぶつかり合えば、負けることはない」

 ジダンは揺るがぬ自信で選手を送り出せる。これが戦いの奥行きを与えるのだろう。ピッチに立った優れた選手たちが、状況を素早く見抜き、90分の中で勝負をものにする。

 ジダンはそれを信じ、待てるだけの忍耐力があるのだ。

クラシコで見せた勝利のマネジメント 

 フランス人指揮官は戦術的な策に溺れない。最高に優れた選手を送り出したら、「彼らがピッチの中でプレーを革新させる」と託せる。その自主性と突き動かされる力が、フットボールにおいてもっとも偉大なことを知っているのだ。

 今年3月1日のクラシコは、戦略家ジダンの真骨頂だった。

 まず、軋轢が噂されていたトニ・クロースを、ボランチの一角で抜擢している。この期待に、クロースは見事に応えた。先制点で、決定的なスルーパスを見せて起点になった。

 また、ジダンは一時はメンバー外だったヴィニシウス・ジュニオールも、左アタッカーとして用い、相手の予測を上回る攻撃力で、先制点をたたき出させている。顕著だったのは、ヴィニシウスがプレーの幅を広げている点。足元でボールを受けるだけでなく、動き出してもらう質が格段に上がっていた。

 そしてジダンは、ほとんど出場機会を与えていないマリアーノ・ディアスも招集し、交代で使った。「やれる」と感じた時、ジダンは速やかに、躊躇なく判断できる。簡単そうで、それがなかなか難しい。そしてこの日、マリアーノは2点目のダメ押し点を決めた。

「ジダンは見ていてくれている」

 それが最大のカリスマとなって、試合を動かす軸になる。たとえ、敗れることはあろうとも――。ジダンは、人を取り込む大きな器に見える。寛容と慧眼。その二つが、彼を優れた戦略家にしている。

 CL2レグ、シティとの敵地戦。名将ジダンは策に逃げない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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