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シリアでイスラーム国は再び「国際社会最大の脅威」となるのか?:米国の政権交代が迫るなかでの政治的意味

青山弘之東京外国語大学 教授
Alarabia.net、2021年1月10日

年末から年始にかけて、イスラーム国がシリアで再び活発な動きを見せるようになっている。

イスラーム国は2014年6月にイラクのモスルでカリフ制の樹立を宣言し、一時はイラクとシリアの広範な地域を支配下に置き、「国際社会最大の脅威」などと呼ばれた。その後、ロシア、シリア、イラン、そして米主導の有志連合が両国で、その壊滅に乗り出し、ロシアのヴラジミール・プーチン大統領は2017年12月、そして米国のドナルド・トランプ大統領は2019年3月にそれぞれ勝利宣言をしていた。

だが、ここに来て、シリア政府の支配下にあるユーフラテス川以西地域で、イスラーム国によるシリア軍、国防隊(親政権民兵)、そしてロシアの支援を受けるパレスチナ人民兵組織のクドス旅団への攻撃が続いている。

シリア軍と親政権民兵に対する執拗な攻撃

「荒れるシリア:ISはシリア軍将兵多数殺害、米軍は子供を射殺、アル=カーイダ系組織はロシア軍基地を襲撃」でも述べた通り、12月30日、ダイル・ザウル県西部のカバージブ村近郊の街道で大型旅客バスが「テロ攻撃」を受けて、新年を自宅で過ごすために移動していたシリア軍第4師団所属の民兵39人(うち士官7人)が死亡、多数が負傷した。これに関して、イスラーム国に近いアアマーク通信は12月31日にイスラーム国メンバーが実行したとする声明を出した。

年が明けて1月3日、英国を拠点に活動する反体制系メディアのシリア人権監視団によると、ラッカ県からダマスカス県に向かっていたシリア軍の車列が、ハマー県東部サラミーヤ市とイスリヤー村を結ぶ街道(ワーディー・ウザイブ近く)で、イスラーム国と思われる武装集団の要撃を受け、兵士7人が死亡、民間人を含む16人以上が負傷した。

1月7日、シリア人権監視団によると、ハマー県のイスリヤー村に至る街道で、シリア軍第25師団の車輌にイスラーム国が仕掛けたと思われる爆弾が爆発し、乗っていた大尉が死亡した。

1月8日、シリア人権監視団によると、ダイル・ザウル県のカバージブ村でクドス旅団の車輌に仕掛けられていた爆弾が爆発し、司令官1人が死亡、3人が負傷した。

1月9日には、反体制系サイトのハーブールによると、シリア軍第4師団に所属する部隊が、ラッカ県中部のラサーファ交差点とスィフヤーン村を結ぶ街道でイスラーム国によって敷設されたと見られる地雷に触れ、兵士9人が爆死、多数が負傷した。

1月10日には、親政府系サイトのタルトゥース24によると、イスラーム国と思われる武装集団がダイル・ザウル県シューラー村近郊の砂漠地帯で、国防隊とクドス旅団の車列を襲撃し、6人を殺害、数十人を負傷させた。

1月11日には、シリア人権監視団によると、ダイル・ザウル市近郊の砂漠地帯で、イスラーム国は、シリア軍とクドス旅団の拠点複数カ所を襲撃し、兵士・民兵8人を死亡、11人を負傷させた。

襲撃された部隊は、昨年末からハマー県北東部(イスリヤー村、ラフジャーン村一帯)、ヒムス県東部(スフナ市東)、ラッカ県西部(ラサーファ交差点西)、ダイル・ザウル県南東部(ユーフラテス川西岸)の砂漠地帯で再び活発な動きを見せるようになったイスラーム国の掃討を任務として派遣・増援されていた。だが、イスラーム国から返り討ちを浴びたかたちとなってしまっている。シリア人権監視団によると、2021年1月に入って、イスラーム国の攻撃、あるいは戦闘で死亡したシリア軍・国防隊将兵の数は40人以上に達している。

事態を受けて、ラタキア県のフマイミーム航空基地に駐留するロシア軍は戦闘爆撃機を投入し、イスラーム国が潜伏する地域に対して爆撃を続けている。シリア人権監視団によると、ロシア軍は1月に入って、これらの地域に400回以上もの爆撃を実施したという。しかし、今のところ目に見える成果は上がっていない。

皮肉な政治的意味

イスラーム国が活発な動きを見せている理由は定かではない。だが、トランプ大統領からジョー・バイデン氏への政権交代が間近に迫るなか、イスラーム国の再活性化には皮肉な政治的意味があることが分かる。

米国にとって、イスラーム国は中東地域における米国の権益を脅かす(経済)安全保障上の脅威ではある。だが、シリアにおける彼らの存在は、「テロとの戦い」における協力部隊(クルド民族主義民兵の人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍)への支援や油田防衛を口実としした部隊駐留に根拠を与えた。また、彼らがロシア軍、「イランの民兵」、そしてシリア軍と対峙する限りにおいて、シリア政府の復調と復興を米国に代わって阻害する役割を果たした。

バラク・オバマ前政権が「燃えるがままにせよ」戦略(‘let-it-burn’ strategy)と呼ばれる限定的介入を通じて、シリア国内での暴力の再生産を直接・間接に助長したのはそのためだった。トランプ大統領がイスラーム国の殲滅を最優先事項としたことで、この戦略は変更され、結果としてイスラーム国はシリア・ロシア・イランと有志連合に挟撃され、弱体化した。

イスラーム国弱体化の「最大の功労者」であるトランプ大統領の退任(ないしは解任)が間近に迫るなか、後任となるバイデン氏がどのようなシリア政策をとるかは依然として不透明だ。だが、トランプ政権と同様、シリアの国内情勢、つまりはシリア政府、イドリブ県一帯を支配するアル=カーイダ主体の反体制派、シリア北東部を実効支配するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の対立(ないしは和解)に実効的な関与を行わなければ、それはシリア政府の復調を黙認することを意味する。

それを阻止するもっとも有力な勢力の一つが言うまでもなくイスラーム国であり、彼らの再活性化は、シリアへの関与を限定的にとどめたい(ないしは弱めたい)バイデン新政権下の米国の国益を資することになる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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