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NHK内部で何が起きているのか

碓井広義メディア文化評論家
「DOMO BATMAN(ドーモ・バットマン)」が見つめる先は?(筆者撮影)

最近のNHKに対して、「どこかおかしい」という違和感がありました。

たとえば、昨年末にBS1で放送された「河瀨直美が見つめた東京五輪」。

一般男性の取材映像に「お金を受け取って、五輪反対デモに参加した」という事実無根の字幕が表示され、「捏造番組」と批判を受けました。

なぜ、こんな杜撰な番組作りがまかり通ったのか、理解できなかったのです。

「前田会長よ、NHKを壊すな」

しかし、発売中の『文藝春秋』6月号に掲載された、10ページにおよぶ「前田会長よ、NHKを壊すな」という文章を読んで、なるほどと思いました。

現在、NHKが危機的状況に陥っていることが分かったからです。

この“覚悟の訴え”の書き手は、NHKの「職員有志一同」となっています。

番組制作局や報道局など複数の部署に所属する、30代から50代後半の十数名であり、中には地方局勤務の職員も含まれます。

問題は、前田会長が推し進める「改革」の実態にあるようです。

『文藝春秋』2022年6月号より(筆者撮影)
『文藝春秋』2022年6月号より(筆者撮影)

強引な「縦割り打破」

「縦割り制度の打破」をうたい文句に、記者・ディレクター・アナウンサーなどの職種に分かれていた「放送」職を、まとめて「コンテンツクリエイター」としました。

加えて、「放送」「技術」「管理」といった職種別採用も廃止してしまったのです。

これまでNHKは職種別の人材育成システムを活(い)かし、高いレベルの専門性とスキルを武器にして、優れた番組を生み出してきました。

前田会長の主張は「ジェネラリストを養うことが大事」とのことですが、一概にそう言えないのが放送の世界です。

大阪放送局では、文化番組部、芸能番組部、報道番組部を統一して「コンテンツセンター」が作られました。

ディレクターの専門性も責任の所在も曖昧になり、その結果があの「五輪番組」だったのです。

極端な「コストカット」

そして、極端な「コストカット」も続いています。

前田会長は昨年1月に「経営計画」を発表し、事業規模の10%にあたる約700億円の経費削減を宣言しました。

たとえば、衛星放送のBS1とBSプレミアムの2波が、1波に統合される予定です。

「BS1スペシャル」や「英雄たちの選択」といった良質な番組はどうなるのか。

有志たちは「ドキュメンタリー文化の荒廃」だけでなく、災害報道に与える影響なども指摘しています。

大幅な「リストラ」

さらにコストカットを目的とした、50代以上の職員のリストラが行われています。

しかし、NHKの番組の品質を長年維持してきたのは、この年代の制作者たちだったのではないでしょうか。

縦割り打破、コストカット、リストラ……。

当然のことですが、NHKは民放でもなく、民間企業でもありません。

経済的合理性よりも優先されるべきは、「社会の公器」として「国民の知る権利」に応えることでしょう。

有志たちが問いかけているのは「公共放送の意義」なのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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