千葉L・千葉玲海菜が愛するクラブで切り開いた世界への道「“千葉”という名前を広められるように」
【ジェフで掴んだ世界への道】
1月5日、なでしこジャパンのFWで、ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(以下ジェフ)に所属する千葉玲海菜(ちば・れみな)が海外移籍を発表した。
同7日にゼットエーオリプリスタジアムで行われたWEリーグ第7節・仙台戦。試合後に用意された千葉の壮行セレモニーは終始温かい雰囲気に包まれ、千葉がいかに愛されていたかを物語っていた。
ピッチ中央に準備されたマイクに続く入場口に立った時、千葉はすでに頬を涙で濡らしていた。そして、「人前で喋るのが苦手なので」と、あらかじめ一枚の小さな紙にしたためておいた自身の思いを静かなトーンで読み上げた。
「6年間ジェフレディースでプレーし、エンブレムを背負って戦うことができて、本当に幸せでした。昨年はW杯やアジア競技大会、なでしこジャパンでレベルの高さを肌で実感しました。その中で、『世界で活躍する選手になりたい』と強く思いました。大好きなサッカーを心の底から楽しみ、ひとまわりもふた周りも大きくなって帰ってこられるように頑張ります。ジェフファミリーから離れることは寂しいですが、私はこのクラブが大好きです(一部抜粋)」
拍手が鳴り止まないスタンドを愛おしそうに見つめた千葉は、一人一人の顔を見るようにゆっくりと歩きながら手を振り、最後にチームメートの胴上げで3回、宙に舞った。
移籍先は、後日改めて公表されるという。
(1月10日追補:移籍先はドイツ1部のフランクフルトに決定した。)
世代別代表にも選ばれ、世界を肌で体感する機会が多かった千葉は、もともと海外志向が強かった。
「海外にはずっと行きたいと思っていたので、ジェフでファーストキャリアを積んで、ステップアップしてからと考えていました」
筑波大学時代からジェフで特別指定選手としてプレーし、計6シーズンを過ごした。2022年4月になでしこジャパンに初招集され、8試合3ゴールと結果を残してきた。昨夏のワールドカップに出場し、今年10月の杭州アジア大会では7ゴールで金メダルの原動力に。その後の10月のパリ五輪アジア2次予選でもゴールを決め、なでしこジャパンの最終予選進出に貢献した。
だが、ワールドカップで味わった悔しさが、ずっと千葉の中に燻(くすぶ)っていた。日本はベスト8と躍進したが、千葉がピッチに立ったのは、グループステージ初戦のザンビア戦のラスト8分間のみ。前線やサイドのポジションは激戦区で、年末のブラジル遠征は招集外となった。
「世界で戦うためには、技術や判断、正確性やフィニッシュなど、足りないところが多いと感じました。その中で今、海外に挑戦できるタイミングがきて、それを掴みに行くことを決めました。人見知りなので、殻を破っていかないといけません。変われるチャンスだと思うし、大好きなサッカーでいろんなものを吸収したいです」
【キャプテンが明かす秘話「こんなに頼れる選手はいない」】
千葉は、ユース出身者が多い代表では数少ない高体連出身者である。藤枝順心高校と筑波大で論理的にサッカーを学び、さまざまなポジションを経験してきた。そのインテリジェンスと、スピードを生かした背後への飛び出しに加えて、他のFWと一線を画すのは「何度もスプリントできる脚力」だ。1試合あたりのスプリント回数は、他の選手の倍以上になることもあるという。
「玲海菜は攻撃面でフォーカスされることが多いですが、守備でも献身的で、サボるようなプレーを一度も見たことがない。途中交代でも走行距離がトップになるぐらいですから。足がちぎれてでもやるんじゃないか、というぐらい気持ちの強い選手です」
そう話すのは、センターバックの林香奈絵だ。林は2021年のWEリーグ参入当初からキャプテンとしてジェフを導いてきた守備の大黒柱であり、5歳年下の千葉が公私共に信頼を寄せ、心を許してきた存在である。
林は、なでしこジャパンのデビュー戦となった2022年7月の東アジア E-1選手権で左膝前十字靱帯を損傷。千葉はその2カ月後に右膝で同じケガを負い、長いリハビリを共に乗り越えた。千葉にとってキャリア初の大ケガだったが、後に「リハビリの8カ月間はあっという間でした。前向きな香奈絵さんにすごく支えられました」と振り返っている。
復帰後、千葉は昨季のリーグ戦ラスト6試合で3ゴールと活躍し、代表の熾烈なワールドカップメンバー入りのサバイバルを勝ち抜いた。
言葉よりも、結果で示す。チームのために走り、“背中”で見せる。「走る・闘う」というジェフのスピリットを体現する千葉の存在は、林にとっても大きな刺激になっていたという。
壮行セレモニーで仲間と共に千葉を胴上げした後、林がポツリと「寂しいなぁ」とつぶやく姿が目に入った。取材エリアでそのことを振ると、林はしみじみとした表情で「玲海菜のことならいくらでも話せますよ」と言い、こんな裏話を明かしてくれた。
「今季、キャプテンと副キャプテンを決める投票が行われたんですが、自分がついていきたいキャプテンは誰か?と考えて、私は玲海菜に(票を)入れたんです。プレーでチームを引っ張ってくれるし、練習でも試合でも人のせいにすることがない。意外と弱くて可愛い部分もあるのですが、ピッチに立ったらこんなに頼れる選手はいないな、というぐらい走ってくれますから」
結果的に最多得票となった林が3年連続のキャプテンに選出されたが、異なるリーダー像でチームを引っ張る千葉の姿も、たしかにイメージできる。
チームメートからの信頼は、こんなエピソードにも凝縮されていた。
「(昨年8月の)網走キャンプの時に、チームメートとみんなでワールドカップを見て応援していたのですが、玲海菜がなかなか出てこないので、みんな応援というより、「なんで玲海菜を出さないんだ!」と言っていて(笑)。それぐらい仲間からの信頼が厚くて愛される選手だったので、(いなくなるのは)寂しいですけど、世界中から愛される選手になってほしいですね」(林)
【今季初のリーグ2連勝。変革の途上で見えた希望】
得点源である千葉を海外挑戦に送り出すことはジェフにとって痛手だが、希望も見えている。
今季はスペイン人のイスマエル・オルトゥーニョ・カスティージョ氏をヘッドコーチに迎え、従来の縦に速い攻撃に加えて、ボールを保持しながら試合を進めるスタイルに挑戦している。変革には痛みが伴うもので、シーズン当初は苦戦が続いたが、12月以降は公式戦負けなし。仙台戦では76分の大熊環のゴールで1-0と勝利し、今季初の連勝を飾っている。
三上尚子監督も、積み上げが形になってきた手応えを感じているようだ。
「チーム内でいい競争が生まれています。状況判断が良くなり、ボールを大切にしながら前に運び、裏に行くアクションが噛み合ってきました」
仙台戦の勝利をスタンドから見守った千葉も、「チャレンジしてきたことがしっかり出せるようになってきたと思うし、仲間の姿が刺激になる」。心置きなく新天地へと旅立つことができる。
「今までは(ジェフ)千葉の千葉だったのですが、これからは世界でも輝いて、千葉(玲海菜)という名前を広めて千葉県も知られるように頑張りたいと思います」
その視線が見据える先には、夏のパリ五輪がある。愛するクラブで世界への道を切り開いた千葉は、さらなるステップアップを誓い、新たな挑戦の一歩を踏み出す。