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久々のハリウッド大作公開で「テネット現象」、本格化しつつあるか?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『TENET テネット』より、主演のジョン・デヴィッド・ワシントン(写真:Splash/アフロ)

4連休と重なって、満席の回も続出

日本では、9月18日に公開が始まり、ちょうど4連休と重なったことと、その期待度の高さから、クリストファー・ノーラン監督の新作『TENET テネット』は、とくに大都市のシネコンなどで連日、満席の回が続いている。ちょうど19日に、政府が大規模イベントや劇場の人数制限を緩和し、客席の全席を販売する映画館も増え(今までどおり、間の席を空けているシネコンもある。飲食物の販売と関係しているため)、文字どおりの「満席」を呈している回も目立つ。

新型コロナウイルスの影響で、他の業種と同様に大きな打撃を受けていた映画業界。劇場再開後、日本映画では『今日から俺は!!劇場版』や『コンフィデンスマンJP』、『ドラえもん』新作などが多くの観客を集めていたが、洋画はそもそも大ヒットを見込める作品がほとんど公開されず、苦境を強いられてきた。そこに風穴を開けるべく『テネット』が登場したわけだが、公開から数日の状況を見る限り、なんとか好成績を収めそうである。

一方で、この『テネット』が盛り上がっている理由は、その「内容」である。『インセプション』など、過去に類をみない設定を創造するノーラン監督が、あるルールで「時間逆行」できる世界を描き、公開前から「簡単に理解できる映画ではない」という評判だった。「いったい何が新しいのか?」「ものすごい作品になってるかも」と、その前評判は期待の声にもつながっていたのだ。

「テネってくる」のが流行の兆し?

実際に『テネット』が劇場公開された後の、SNSや映画レビューサイトのコメントなどを見ても

途中悲しくなるくらい一回じゃ理解できなかった

びっくりするくらい何もわからなかった

完全に理解できた人に聞きたいことが50個くらいある

単純なタイムトラベルやタイムループものではなく、そこには物理学の理論も絡んでくるので、この反応は素直なものである。しかしそれ以上に、満足なコメントが溢れかえっているのも事実だ。

ただ凄い映像体験はできた

こんなにカロリー消費する映画ある?

もっと理解したいから、また観たいという気持ちにはなる

空腹は最大の調味料状態で臨むハリウッド大作。とんでもなく幸福

(連休中に)「すでに3回観ました

映画を劇場の大スクリーンで観る喜びを久々に味わったコメントが溢れている。

ちょっと今からテネってくる

など、ブームが作られそうな言い回しも。実際に観たら、「何かをつぶやきたくなる」作品であることは、予想どおりとはいえ、これほどの反響に驚くばかりだ。

とにかく観た人の多くが、謎を整理したい欲求にかられてしまう。それこそが『テネット』の大きな魅力。すべてを理解するための解説が書かれた記事は増え続け、複雑な時系列を整理したイラストがSNSで拡散され、それらを参考にしたうえで改めて自分で再確認したくなるという、ちょっとした社会現象になりつつある。今後もリピーターは確実に増えるだろうし、ノーラン監督のこだわりを体感できるIMAXでの鑑賞比率も高く、興行収入への期待もかかっている。

とりあえず日本では新型コロナウイルスの爆発的感染が抑えられ、自粛ムードも薄れてきたなかで、劇場で体感するべき『テネット』が公開されたことは幸運だった。いまだに中高年世代には映画館へ行くことを躊躇する人も多いが、『テネット』のターゲットの世代には、この映画で「劇場行き自粛」を解禁している人も目立つ。

何より、ハリウッド超大作ならではの度肝を抜くスケールのアクションや映像、斬新極まりないストーリーに飢えていた人が、『テネット』でその欲求を満たしているのだ。

世界でもコロナ禍で健闘。映画を劇場で観る喜び

世界各国ではすでに8月末から劇場公開が始まっている『テネット』は、全世界の興行収入が現在(9/22)、2億3910万ドルで2020年の5位。しかし2019年と比較すると、1位の『アベンジャーズ/エンドゲーム』は27億ドルなので、約10%である。2019年のランクに当てはめると37位という数字。もちろん今も数字を伸ばしているとはいえ、新型コロナウイルスの影響は大きい。ちなみにノーラン作品では『ダークナイト』が世界で10億ドル。

とくに深刻なのがアメリカで、LAやニューヨーク、サンフランシスコなど大都市で映画館が開いていない状況のまま、『テネット』の公開に踏み切ったため、現在、興収は5180万ドル。2020年の12位である。同じようにコロナ禍が落ち着いた際の、興行の起爆剤として期待がかかっていたディズニーの『ムーラン』が、同社のディズニー+(プラス)での配信に変更。そのアメリカでの売上が、『テネット』の全米興収を上回っているという、皮肉なニュースも耳に入る。

しかし冷静な見方をすれば、世界中で感染が止まらない現状で、『テネット』の興収の数字は大健闘と言えるだろう。クリストファー・ノーラン監督が断固として劇場公開にこだわり、数度の公開延期を経て(日本は当初の9/18が守られた)、アメリカの主要都市以外の観客に少しでも早く観てもらいたいという、監督およびワーナー・ブラザースの判断には感謝したい。全米興収の数字は覚悟のうえの決断でもあるのだから。

そして、単純な数字の結果ではなく、映画はどうやって観られるべきかを真に問い、その結果、圧倒的な映像と音を体験する喜びを再び観客に届けた功績は大きい。

とりあえず、ハリウッド大作の「復活への道しるべ」を作ったのは間違いなく、今後も「テネット現象」が本格化することを期待したい。

※興行収入の数字は、Box Office Mojoを参照。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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