『カムカムエヴリバディ』が現在のラジオ英語講座にもたらした功罪
ラジオの英語講座をモチーフに、昭和、平成、令和と三世代のヒロインが紡ぐNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』。連動して、NHKラジオ第2で新たな英語講座『ラジオで!カムカムエヴリバディ』が始まった。「主人公と一緒に英語を学ぼう!」と謳っている通り、ドラマをきっかけに勉強したくなったら、入口としてちょうどいい内容だ。反面、元からラジオで英語学習をしていたリスナーには波紋も呼んだ。
劇中の英語を題材に学ぶ連動番組がスタート
『ラジオで!カムカムエヴリバディ』は、キャイ~ンの天野ひろゆきとドラマの主題歌『アルデバラン』を歌うAIがMCを務めている。講師は『英語会話』(1987~1992年)などの語学講座番組でお馴染みだった大杉正明氏。
ドラマ内で初代ヒロインの安子(上白石萌音)が聴いていたラジオ講座の内容や、城田優による英語ナレーションを解説したり、“おしるこの作り方”や“神社での拝礼の作法”といった劇中に出た事柄や登場人物を英語で説明したりしている。
安子の初恋相手で結婚する稔(松村北斗)との絆になったルイ・アームストロングの『On The Sunny Side Of The Street』の歌詞もじっくり紹介。12月の第2週には上白石がゲスト出演し、安子と稔の英語でのやり取りが再現されたりもした。
番組は天野とAIのドラマを受けたトークから始まり、バラエティのノリも入れながら、大杉氏のベテランらしい講釈で英語を学んでいく。『カムカムエヴリバディ』を観ていて英語にも興味を持って、勉強を始めた人にはうってつけ。安子がラジオで『カムカム英語』をコツコツ聴き、進駐軍の将校との会話に不自由しないほどになったのも重ねて、励みになりそう。そういう意味で良い連動になっている。
入れ替わりで終了した番組を惜しむ多くの声
一方、『ラジオで!カムカムエヴリバディ』が始まって、放送時間枠の前番組が終了した。それが『遠山顕の英会話楽習』。遠山顕氏は2008年度から前身の『ラジオ英会話』で10年、2018年度からこの『英会話楽習』で3年半にわたり、講師を務めてきた。
番組終了を惜しむ声はネットに少なからず見られた。「海外旅行で会話がまったくできなかったのが、この番組を聴いていて、いろいろな国で欲しいものを買い、食べたいものを食べることができました」、「ネイティブの日常生活を切り取ったような楽しい内容になっていて、決して飽きることがありませんでした」等々。
東京新聞の11月24日付けの読者欄にも、68歳の福祉施設職員からの「当初、会話は何回聞いても理解できず途方に暮れたものです。しかし、2年くらい続けると少しずつ理解できるようになってきました。ちょうど慣れた頃に番組が終了とは残念です」との投稿が掲載された。
学習レベルの違いに物足りなさ
長く続いた番組だけに馴染んでいたリスナーが残念がるのは当然だが、始まりがあれば終わりもあるのは仕方ない。ただ、思い入れとは別に純粋に語学講座番組として、問題はこの『英会話楽習』と『ラジオで!カムカムエヴリバディ』では、レベルにだいぶ差があることだ。
NHKの英語番組のテキストに掲載されている「ご利用のめやす」によると、『英会話楽習』はB2(社会生活での幅広い話題について自然に会話ができ、明確かつ詳細に自分の意見を表現できる)に区分けされていた。
『ラジオで!カムカムエヴリバディ』は「レベル設定はありません」となっている。確かに、“おしるこの作り方”などでは難しい表現も使われる一方、「goodの比較級はbetter、最上級はbest」といった基礎的な話も出る。総じると中学生レベルの印象だ。英語のスピードもゆっくりめ。
ドラマとの連動で、英語に馴染みがなかったリスナーを想定しているだけに、当然だろう。反面、『英会話楽習』を聴いてきた層には物足りなさが否めない。時間帯的には後番組でも、移行して聴く内容ではなかった。
発音に重きが置かれず「何を聴けば…」
他の番組だと、C1(広範で複雑な話題を理解して、目的に合った適切な言葉を使い、論理的な主張や議論を組み立てることができる)からB2にまたがる『ラジオビジネス英語』と、B2からB1(社会生活での幅広い話題について理解し、自分の意思とその理由を簡単に説明できる)にまたがる『高校生からはじめる「現代英語」』がある。
『英会話楽習』と同レベルの番組がポッカリ空いたところで、『ビジネス英語』でレベルアップを図る手もある。ただ、『ビジネス英語』はタイトル通り、スキットのテーマが採用面接やプレゼンテーションなどと、内容がビジネスに特化。加えて、基礎的なスピーキングには重きを置かれていない。そこはもう習得済みのリスナーを想定しているのだろう。『高校生からはじめる「現代英語」』も英文を組み立てる練習はするが、発音にはほとんどタッチしない。
『英会話楽習』ではスピーキングにも力が入れられ、抑揚やリズム、強調や弱化などの練習パートもあった。リスニングやライティングと合わせ、バランスの取れた学習ができる講座だったのだ。それだけに、この番組で勉強していたリスナーたちからは「11月以降は何を聞けば……」との声も上がり、終了と共に“難民”となっているようだ。
幅広い普及と共に上級者の後押しを
『カムカムエヴリバディ』のモチーフになっていたのは、終戦後に放送された平川唯一講師によるNHKラジオの講座『英語会話』、通称『カムカム英語』だ。『証城寺(しょうじょうじ)の狸囃子』のメロディに乗せた「カム♪ カム♪ エヴリバディ♪~」との明るいオープニング曲に、日本中で老若男女が励まされたという。
この歌詞の紹介もした『ラジオで!カムカムエヴリバディ』で、幅広い層の英語への関心を高めるのは意義がある。一方、NHKラジオで、まして語学番組で聴取率を最重視するものではないだろう。限られた放送枠の中とはいえ、上級に近づいていたリスナーの受け入れ先となる番組も用意すべきだと思う。