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若者が挨拶をしないわけ-教育業界のケースからコミュニケーションを考える

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

社会人1年目のみなさんも、少しずつ新しい環境に慣れてきた頃でしょうか。まだ戸惑っている人もいらっしゃるかも知れませんね。

新人さんに限ったことではないですが、年々挨拶をしない若者が増えている、なんて話を良く聞きます。「ゆとりのせい」だとか、「ゲームのやり過ぎ」とか「親がだらしない」など色々な意見が飛び交います。僕自身そういう若者が極端に増えているとは思わないのですが、実際挨拶をしない人が多いとは感じています。教育業界ですら、です。

年配の講師達は、その状況にかなりおかんむりな方も多く、「最近の若者は……」というお約束のお説教なのか愚痴なのかを、若者代表として聞かされることも多々ありました。それだったら自分から挨拶すれば良いのに、と思いますがやはりプライドや序列などを大事にする方も多く、そういうわけにもいかないようです。

◆それぞれの礼儀

とはいえ、僕も挨拶をしない風潮は、教育の現場では特によくないと考えているので、できる限り自分から挨拶をしようと心がけているのですが、話してみると印象ががらっと変わる場合が多いんですね。

挨拶のない新人さんに「初めまして、新卒の方ですか?」と声を掛けると、多くの場合「は、はい、今日から配属になりました○○です。よろしくお願いします!」という具合で、愛想が悪いわけでもないし、初々しくもシッカリした感じなんですね。

そこである時思い立って、自己紹介や軽い雑談などして打ち解けてから、誰もいない部屋に連れ出して「自分から挨拶しないと、やりにくくなるよ」とアドバイスをしたんですね。そうしたら意外な言葉が返ってきました。

「え、まだ紹介されていないのに、自分から勝手に挨拶したら失礼かと思って……」

実はこの種の回答、それから何度か耳にしました。なるほど、彼らは彼らなりの価値観の元で、礼の感覚を持っているんですね。であれば、お互いの価値観をシェアしなければ始まりません。多様な個性が同じ職場で協働するわけですから、価値観の違いは想定しておかないと、上手く回りません。問題は、誰がその切っ掛けを作るのか、ということだと思います。残念なことに最初にそう答えてくれた方は、環境に馴染めずうつ病になって2年で退職されてしまったと聞きました。

◆言動を過信しないこと

僕が新人の頃、ベテラン講師の方に「お疲れ様でした!」と挨拶をしたところ激怒されたことがありました。曰く「お疲れ様とは何事だ! それは目上の者が目下の者をねぎらう言葉だろう、しっかり勉強してこい!」と。あまりにも激しく言われたので、そうだったのか、と無知非礼を詫びて帰ったのですが、冷静になると釈然としなかったので調べたところ、「お疲れ様です」にはそういうニュアンスはなく、どうやら「ご苦労様」と混同されているのだ、ということが分かりました。

とはいえ、その先生が間違っていたというよりも、そういう価値観だった、と捉えた方が良いと思うんですね。言葉の意味なんて、多くの人がそういう意味で使うようになれば、そっちが慣習になっていくわけです。

つまり、特に打ち解けていない関係においては、「言葉や行動から相手の気持ちが分かる」という風に思いすぎない方が良いということですね。同時に、自分の気持ちも伝わっていない可能性が高いことを前提にした方が、よりスムーズなコミュニケーションを取ることが出来るのではないでしょうか。

◆気を遣うべきなのはどっち?

さて、コミュニケーションが上手く行かない場合、どちらが気を遣うべきなのかですが、単純に気づいた方で良いのだと思います。あるいは、コミュニケーションの最初の段階においては、目上の人が気を遣うくらいの余裕が必要なのだろうと思います。特に教育業界では、生徒は講師を見ています。講師が元気よく挨拶するクラスは、やはり活気や礼儀が伝染するように感じます。「大人なんだからそれくらい言われなくても……」と思わずに、その場においては新人なのですから、まず先輩側の価値観をちゃんと伝えることが、上手く場を作り、新人を育てるコツな気がします。(矢萩邦彦/studio AFTERMODE)

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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