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レバノンのポケベル同時爆破――どうやって?狙いは?“戦争の新しい段階”? いまさら聞けない4項目

六辻彰二国際政治学者
爆死したヒズボラメンバーの棺を担ぐ同僚(2024.9.18)(写真:ロイター/アフロ)

「戦争の新しい段階」

 中東のレバノンやシリアでは9月17日、18日と各地で断続的にポケベルが爆発し、すでに数十人が死亡した。死傷者の多くはイスラム過激派ヒズボラのメンバーだが、非戦闘員も巻き添えになっていて、8歳の女児の死亡も報告されている。

 ヒズボラはイランの支援を受け、イスラエルと対立している。

 ポケベル同時爆破を受けヒズボラはイスラエルに“特別な制裁”を科す構えだが、イスラエル政府は「我々は戦争の新しい段階の入り口にいる」と声明を出した一方、関与を明確には認めていない。

 イスラエルによる“攻撃”とすると、極めて高度な技術をともなう戦争の手法だ。それだけにその影響は世界各国に及ぶ。

 ここではヒズボラとイスラエルの複雑な関係を割愛し、以下の4点に絞って“戦争の新しい段階”についてみていこう。

  1. 爆発したポケベルはどこから来たか
  2. 物資調達先が標的になった公算が高い
  3. ヒズボラのダメージは実際の被害より大きい
  4. 手法をコピーする国・勢力はほぼ確実に現れる

どんなポケベルが爆発したのか

 第一に、爆発したポケベルは闇市場を通じてレバノンに渡ったものとみられる。

 現代ではヒズボラなどイスラーム過激派は、フロントカンパニーを通じて市場から必要なものを調達している。

 そのヒズボラは最近、スマートフォンの使用を中止した。イスラエルによるハッキングや位置情報の特定を避けるためだった。

 それに応じて導入され、数百人のメンバーに配布されたポケベルが相次いで爆発したのだ。その多くは台湾メーカーGold ApolloのAR-924シリーズだ。

 ただし、連続爆発の発生後Gold Apolloはいち早く声明を出し、「実際に製造したのはハンガリー企業BACで、我々はブランドロゴを与えただけ」と主張している。

 これに対して、BACは製造そのものを否定している。

 しかし、BAC本社として登記されている建物を調査したドイツ公共放送DWは、この会社を知らないという住民の証言やCEOを含む関係者が行方不明になっていると報じており、何らかのペーパーカンパニーではという疑惑も浮上している

 同じことはポケベル以外でもいえる。レバノンやシリアではノートPC、ウォーキートーキー(携帯用無線電話機)、ソーラーチャージャーなどの爆発も報告されている。

 このうち爆発したウォーキートーキーには日本メーカーICOMのシールの貼られたものが目立つ。これに関してICOMは「10年前に販売終了した製品でそれ以来自社から出荷していない」、「自社製品かどうか確認できない」と述べている。

 日本企業の場合、特定の品目に関しては輸出にあたって経済産業省に報告義務があり、ヒズボラなどイスラーム過激派への直接販売は公式にはあり得ない(それでも申告を偽って北朝鮮に核関連物資を輸出した企業もあるが)。とすると、やはりここにも闇市場の介在をうかがえる

どのように爆発したか

 第二に、ポケベルなどがどのように爆発したか、そのメカニズムはいまだに解明されていない。

 デバイスのリチウムバッテリーが遠隔操作で爆発したのではという見方もあるが、専門家の間ではバッテリーの破裂・火災だけでは一度に何人も吹き飛ぶほどの爆発力にならないという意見の方が強い。

 そのうちの一人、イギリス軍元将校で爆発物専門家、作家のクリス・ハンター氏は製造あるいは販売の過程ですべてのポケベルに爆発物が仕込まれた可能性を指摘する。

 ハンター氏によると、高性能爆薬なら50~60gで十分な殺傷能力がある。

 ヒズボラは1~2カ所からポケベルを調達していたとみられており、その生産・販売の拠点をイスラエルが特定し、作業員を脅迫あるいは買収して爆発物を組み込んでいたとすれば、一つのメッセージを多くのデバイスに発信することで同時爆発は可能というのだ。

 その場合、イスラエルはヒズボラの物資調達ルートを把握していたことになる。

 ハンター氏自身、この説は「いささか陰謀論めいているが」と留保しているものの、そうだとすれば戦争は物資調達の現場で始まっていることになる。

どんな効果・影響があるか

 第三に、イスラエルとヒズボラの対立はさらにエスカレートするとみてよい。

 ポケベルなどのデバイスは遠隔操作で爆発したとみてよい。とすると、爆破した側(おそらくイスラエル)はデバイスの所持者や位置をおよそ把握していたとみられる。

 それがイスラエルの敵にとって大きなプレッシャーになることは想像に難くない。先述のハンター氏は、ポケベル同時爆発はイスラエルの敵に「我々はいつでもどこでも攻撃できる」というメッセージになると指摘する。

 とすると、ヒズボラの受けたダメージは犠牲者の数以上とみられるが、それでヒズボラが萎縮するとも思えない。

 むしろ、メンバーや支持者からは報復を望む声が高まっていて、ヒズボラ指導部はそれに応じないわけにいかない。

 イスラエルもそれを織り込み済みであるように思われる。

 実際にイスラエル軍はポケベル同時爆発の直後、レバノン国境に向けて部隊を移動させている。その場合、ポケベル同時爆発はさらなる戦火の“狼煙”だったことになる。

海外にとっての影響は

 最後に、ポケベル同時爆発は各国にとっても深刻な影響を及ぼすとみられる。その手法を解明し、同じことをやろうとする国・勢力が現れるのはほぼ確実だからだ

 戦争の歴史はコピーの歴史でもある。近代以降、ゲリラ戦、空爆、サイバー攻撃など、誰かが始めた新しいことは、その有効性が実証されれば、あっという間に広がってきた。

 ポケベル同時爆発は数多くの民生品を場所を選ばずに爆破するもので、心理的ダメージだけでいうなら市街地への無差別爆撃に近い。しかも証拠が残りにくく、おまけに戦闘爆撃機を大挙して派遣するのに比べてコストは総じて安い。

 それだけにイスラエルは決して手の内を明かさないだろう。情報の独占が優位を築くことにつながるからだ。

 しかし、それだけにコピーしようとする国が増えてもおかしくない。

 その裏返しで、“悪意ある国・勢力の仕込み”を避けるため、物資調達における追跡可能性を高める必要は、どの国でもこれまで以上に高まるとみられる。とりわけ各国の政府・治安機関は、調達する民生品へのチェックを強化せざるを得なくなるだろう

 その意味でポケベル同時爆発はイスラエル=ヒズボラ戦争だけでなく、すべての戦争にとって新たな段階の入り口になる公算が高いのである。

【追記】

表現の一部を加筆・修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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