ロックダウン下でのアルコール販売禁止条例とその顛末 フランス
ロックダウンといえども、ワイン専門店は開いているし、フォアグラやキャビアを扱う高級食材店も開いているフランス。たまには息抜きしないとやってられないので当然だ。
ところが、4月16日、ロックダウン1ヶ月目に、フランス北西部にあるブルターニュ地方のモルビアン県ではアルコール度の強い蒸留酒、ウィスキー、ウォッカ、ラム酒などの販売を禁止した。
「ブルターニュ? それどこ?」と思われる方も多いかもしれないが、日本でも流行っているクレープ、ガレット、シードルの本場で、海の幸が美味しい場所である。
夫がこの県の出身なので、私は休暇ごとに行き、知人も多い。この「ロックダウン下で禁酒条例発布」という話を聞き、「大丈夫かね?」と思った。
はっきり言って「酒飲み」という評判の地方である。実際に統計を見てみると、特にアルコール度の強い酒を好み、失神して倒れるまで飲む若者のビンチドリンキングでは全国1位らしい。ブルトン人の名誉のために付け加えると、大学入学試験ではとても良い成績をあげる地域でもあるのだが……。同県の依存症治療センターのクリスティンヌ・ラトゥミエ医師は、「この地方にアルコール中毒が多いのは、家族にアル中がいるなど環境的要因から、また、地方語(注)を失ったショックからだろうか」と言う。
(注):19世紀から20世紀半ばまで、フランス語普及を目的に、地方語を話すことが学校で禁止された。今でも、子どもの時に学校でブルトン語を話して体罰を受けたなどのトラウマを持つ老人がいることを意味していると思われる。
DV防止のためとはいえど
しかし、この禁酒条例発布の理由は「DV防止」が目的というから、びっくりした。「え? じゃあ、ビールならDVしないのかな?」と。
確かに前記事でも書いたように、ロックダウン下でDVがフランス全国で平均35%増加、このモルビハン県でも30%も上昇した。
問題はモルビハン県知事パトリス・フォール氏は地方衛生局のアドバイスにまったく耳を貸さずに、この「禁酒法条例」を発布したことだ。
前出のラトゥミエ医師は言う。「ロックダウンは、依存症の人をさらに神経質にする。……家に閉じ込められているので、パートナーに隠れて飲むこともできないうえ、アルコールが手に入らないという不安がかえって飲み過ぎを引き起こし、断酒プロセスを妨げるのです。発作やせん妄状態に至り、亡くなることもあります。」
ところで、本当に彼らは酒を買うのに苦労したのだろうか?
答えはNonである。
ある小売店主は、「常連客が禁断症状で身体を震わせながら来店、かわいそうだったから売った」と言う。
また、ロックダウン下でも、鉛管工のような職種の人は緊急で呼ばれると仕事に行くことができる。Le Monde紙でインタビューに答えていたある鉛管工A氏は、職業上の理由を利用して同県を脱出、隣県のスーパーマーケットでウィスキー4本、ラム酒4本を行き帰り合計16本に買い、知人に売りさばいていたとか……。実際、隣県の大型スーパマーケットLeclercは「隣県で禁酒法が出てから、うちの販売は2倍に上がった」と言っている。
同県人の怒り爆発
当然のことながら、激しいブーイングが上がった。
その理由の一つは、まず、酒販売店の90%は中小企業であることだ。ロックダウンでレストランやバーは閉まり、Covid19による経済停滞で一番打撃を受けている業界の一つなのに、たとえ一部の酒類とはいえ販売禁止というさらなる追い討ちをかけるというのはひどい。
第二に、「酒禁止→DV減少」と単純に考えるのでは、アルコール依存症患者が抱える問題にも、DVの現場状況にもあまりにも疎すぎる。
「ウィスキーは飲まないで、ワインだったらいくらでも飲んでいいのか!」、「酒を買って帰らないと、パートナーに殴られるっていう女性だっているのに」、「酒がなかったらエタノールにだって手を出すアルコール依存患者がいるのを知らないのか? そのほうが危険ではないか」など、ネット上でコメントが炎上した。
この禁酒条例は4月29日、発布されてわずか2週間で撤回された。
散々バッシングされた同知事は、「私はアホではない。効果はあったではないか? 禁止条例下でDV率は半分に減った。ワインやシードルの販売も30%、ビールも15%減った」と、自分の判断を正当化しているが。
アルコール依存症連盟の会長ナタリー・ラトゥール氏は「ロックダウン下では、アルコール売買を禁止にするよりは、患者との連絡や診療を頻繁にすることが必要」と言っている。