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さあ決断の6月がスタートする

田中良紹ジャーナリスト

 永田町に解散風が吹き荒れているらしい。7月に予定される参議院選挙に合わせて衆議院選挙も行われダブル選挙になるというのだ。そこで揣摩臆測が飛び交う。

 今国会の会期末は6月26日である。与野党が激突する対決法案がないことから常識的には会期延長はない。延長がなければ7月21日投票の参議院選挙が確定する。それを衆参ダブルにするには6月21日から会期末までの間に衆議院を解散しなければならない。

 しかし6月28日から日本が議長国を務めるG20が大阪で開かれる。そこでは米中貿易戦争を巡るトランプ大統領と習近平国家主席の首脳会談や、イランの核開発を巡って緊迫する中東情勢に各国がどのような対応を見せるかに世界の注目が集まる。

 安倍総理は議長として何としてもG20を成功させなければならない。その時に日本中が選挙に染まっている風景を私は想像できない。米中貿易戦争や中東危機を上回る政治課題が日本にあるのなら良いが、なければ何のための解散かという話で、安倍総理の見識が疑われる。

 一方で会期を延長すれば安倍総理はG20を成功させた勢いで解散・総選挙に臨むことができる。その場合、延長が可能なのは参議院議員の任期満了日までなので、会期のリミットは7月28日になる。

 そこで6月28日から7月4日までの間に衆議院を解散すれば、ダブル選挙の投票日は7月28日となり、7月5日から11日までの間で解散すれば8月4日になる。それ以降は広島・長崎の原爆記念日や終戦記念日を迎えるので選挙を行うのにふさわしくない。

 ただしこの場合にも会期を延長する理由が必要である。そのため消費増税を延期するための法案や、憲法改正のための国民投票法改正案の提出が取りざたされている。それらを審議するために延長が必要になる。

 だが安倍総理が法案を提出するには与党の賛同が必要だ。与党の反対を押し切って勝手に会期を延長し法案を提出する訳にはいかない。従って解散権は総理の専権事項と言われるが、何から何まで自由にやれるわけではない。過去には解散したくともできなかった最高権力者が何人もいた。

 安倍総理は30日に経団連の総会で永田町に吹き荒れる「風」に言及した。「風は気まぐれで誰かがコントロールできるようなものではない」と語り、それがまた様々な憶測を生んでいる。しかし私は安倍総理が自分でも解散風をコントロールできていないことを案外正直に認めた発言ではないかと思った。

 風が吹き過ぎれば総理にその気がなくとも議員たちが勝手に走り出し解散せざるを得なくなる。勝てる保証がないのに解散させられ敗北すれば、その汚名はそれまでの功績を帳消しにし、生涯無能な総理の烙印を押されることになる。コントロールできない解散風ほど怖いものはない。

 安倍総理には年の初めから解散をやりたい気持ちがみなぎっていた。1月4日に伊勢神宮で行った年頭会見で、安倍総理は「解散は頭の片隅にもない」と言いながら、今年が亥年であることから「猪は猛烈なスピードで直進すると同時に、左右に身をかわし時にはターンする能力もある」と意味深長なことを言った。

 そして60年前の亥年の年に、祖父の岸信介が安保条約改定交渉を本格化させたことを紹介し、「先人たちは国論が二分する中で逃げることなく、国の行く末を見ながら決然と責任を果たした。我々も責任から逃げることなく、新たな外交の地平を切り拓いていかなければならない」と、「戦後日本外交の総決算」を行う決意を表明した。

 その言葉には国論を二分するであろう「2島返還でロシアと平和条約締結」を掲げ、国民の信を問おうとする意欲がありありと見えた。ところがその後ロシア側から日米安保体制に対する疑問が次々にぶつけられると、安倍総理の意欲が急速にしぼんでいくのである。

 私はかねてから米国を巻き込まなければ北方領土問題の解決はないと考え、米国が世界を1極支配しようとしているうちは難しいと見ていた。しかし米国に1極支配からの脱却を主張するトランプ大統領が出現したことで、私は北方領土問題の解決の糸口ができたと考えた。

 トランプに積極的にすり寄る安倍総理がどんな工作を行ったのか、あるいは何も行わなかったのか分からないが、トランプを巻き込む様子もなく安倍総理は北方領土問題で解散する姿勢を後退させた。

 外交交渉で表に出ているのは氷山の一角であるから、本当のところは我々には分からない。しかし安倍総理の姿勢を見ているとうまくいっていないように見える。「戦後日本外交の総決算」という解散の大義になりうる話を引っ込め、側近に消費増税延期のアドバルーンを上げさせたり、拉致問題に絡めて北朝鮮の金正恩委員長に無条件で会いたいと言い出した。

 消費増税の延期も日朝首脳会談も、いずれも選挙を有利にするテーマだが、「戦後日本外交の総決算」ほど解散の大義になり得るテーマではない。つまり安倍総理の行動から、1月の初めに掲げた「解散の大義」がうまくいかなくなったことが判断できる。

 そしてアドバルーンを上げて周囲の反応を見ようとするやり方から、解散の大義を探してあれもこれも手を付けようと焦っているように見えてしまう。そうなると年頭にぶち上げた「攻めの解散」ではなく、参議院選挙だけでは勝てる見込みがないため、無理にでも衆議院解散に持ち込もうとする「守りの解散」に転じたように見える。

 参議院選挙だけならまず野党共闘がやりやすい。次に参議院選挙は政権選択選挙ではないので安倍政権は代わらない。すると安倍総理には好意的でも与党を批判し野党に投票する国民が出てくる。安倍政権の支持率と選挙結果が連動しなくなる。そして安倍総理には12年前の参議院選挙で大敗し、ぶざまな退陣を余儀なくされたトラウマがある。

 一方で衆議院選挙は総理を選ぶ選挙である。そうなれば野党第一党の立憲民主党の枝野幸男代表を総理にするか、安倍総理を続投させるかの選挙になる。勝てる確率は高いと安倍総理は考えていると思う。

 東日本大震災で菅直人内閣の官房長官として連日会見を行い、被災者に十分な情報を与えなかった枝野氏には今でも批判的な見方がある。それが野党第一党の党首であることが安倍総理には救いである。

 さらに立憲民主党は「自党ファースト」の姿勢を貫き野党共闘に後ろ向きだ。参議院選挙ではそこそこ共闘できても、衆議院選挙になれば野党共闘は難しい。安倍総理がそう考えれば枝野氏が代表のうちに衆議院解散をやりたい誘惑にかられる。

 だから安倍総理は衆議院解散を模索する。ただそれは簡単なことではない。先に書いた国会日程との絡みもある。また公明党はダブル選挙に反対だ。ダブルとなれば有権者は4枚の投票用紙に候補者名や政党名を書き分けなければならない。複雑でわかりにくく混乱が起こる。

 また公明党が支持者に自民党候補に投票するよう呼びかけてもそれを浸透させる時間が足りない。そして最も重要なのは、間違えば衆参ともに敗北する危険性がゼロではない。つまり「選挙は下駄を履くまで分からない」の言い伝え通り、どんなに有利な予測があっても選挙は最後の最後でひっくり返る恐れがある。

 現在衆参それぞれで3分の2以上の議席を持つ自公が、安倍総理の願望の通りにすれば権力を失う恐れがあるのだ。従って菅官房長官も二階幹事長も衆議院解散には慎重である。そして議席を減らすリスクを冒してまで解散する必要はないと考える与党議員も少なくない。

 ただ単独の参議院選挙は議席を減らす可能性が高いのも事実である。議席を減らしても安倍総理が退陣せずに済む程度で終わるのか、あるいは参議院の過半数を失い「ねじれ」が生じてしまうのか。安倍総理はそこを見極めなければならない。

 それとも負けるのが分かって何もしないより、大博打だが衆参ダブルに打って出て、あわよくば総裁4選をものにできるか。その決断を安倍総理は6月19日に予定される党首討論までに行う必要がある。6月はまさしく安倍総理にとって決断の月になるのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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