Yahoo!ニュース

米国の「パラダイムチェンジ」を理解できない日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストの愚論

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(373)

水無月某日

 米朝首脳会談が6月12日にシンガポールで開かれることが確定した。フーテンが主張してきた通り、米国は「欧州の冷戦は終わらせてもアジアの冷戦は終わらせない」としたこの四半世紀の政策を変更することになるのである。

 ところが安倍政権を中心に、官僚、学者、ジャーナリストらの思考はこの「パラダイムチェンジ」を全く理解できていない。いまだに北東アジアの勢力図を「日米韓対北朝鮮」、あるいは「日米韓対北朝鮮中国ロシア」の構図で捉えている。勿論そうした構図が一夜にして雲散霧消する訳ではないが、しかし米国は従来の政策を変更する一歩を踏み出したのだ。

 日本は「非核化」という視点で考えるから判断を間違う。あるいは「拉致問題」という枝葉の問題を安倍総理によって持ち上げられているから判断できない。現在進行しているのはソ連崩壊によって冷戦に勝利した米国が世界を「一極支配」しようとした戦略が失敗し、それに代わるパラダイムを模索し始めたことを示している。

 ところが日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストらは、いまだにソ連崩壊後の「一極支配」という米戦略に捉われ米国の力を過信している。従って米朝首脳会談は軍事行動をちらつかせたトランプ大統領に北朝鮮が恐れを抱き、米国の圧力によって北朝鮮が「非核化」に応じたという誤った見方になる。

 そうした連中はトランプが融和的な姿勢を見せると「前のめり」と懸念を示し、ボルトンやペンスの強硬姿勢にすがりつく。しかしこの問題でボルトンやペンスは脇役に過ぎず、これまでの経緯を見ればCIAと北朝鮮の諜報機関との間で交渉が秘密裏に続き、トランプとポンペイオだけが交渉経緯を知らされている可能性がある。

 先日もトランプが「中止」を通告する金正恩宛ての書簡を発表すると、日本の政治家、官僚、学者、ジャーナリストらは「トランプの怒りに触れた金正恩は窮地に追い込まれ、韓国の文在寅に2度目の首脳会談を持ちかけて頭を下げた」と見てきたような嘘をまきちらした。

 フーテンはトランプの書簡を見てこれは「ラブレター」だと思った。「あなたの側が私の側に敵意を見せたので今回のデートは中止する。でもあなたには会いたい。私に会いたいなら返事を頂戴」という内容だから、男と女の「ラブレター」と一緒だ。「本当は会いたいけど周りが邪魔して会えない」と言っているだけ。

 またトランプが金正恩と中国の習近平との2度目の会談を「気に入らない」と言ったところにトランプの「嫉妬心」を感じた。北朝鮮の将来を米国が主導するつもりなのに北朝鮮が中国と近づくことを嫌ったのである。金正恩はだから2度も中国を訪れてトランプの気を引いた。

 ところが日本では「トランプが金正恩に怒っている」という情報がワシントンから流れてきて、政治家、官僚、学者、ジャーナリストらはそれを信じた。自分の目で見たわけでもない政治家の怒りや言葉を信ずるのはまったくの「政治音痴」である。政治家の言葉や怒りはすべてが計算されたもので逆のことが多いのが政治の世界であることを知らない。

 そして「パラダイムチェンジ」は政権内のだれにも知らせず秘密裏に準備されるのが普通である。それを米国の官僚や、学者、ジャーナリストに尋ねても彼らも理解できていないのだから、米国発の情報に頼っても理解できるはずはない。

 フーテンは冷戦が終わる頃の米国議会を取材した人間だが、その頃はニクソン元大統領がまだ健在で時々講演などを行っていた。世間では悪名高きニクソンだが講演を聞くとその頭脳の明晰さに舌を巻いた。ニクソンは1970年代にベトナム戦争の泥沼にはまり込んだ米国を救うため、「パラダイムチェンジ」を行った大統領である。

 ニクソンは北ベトナムと平和協定を結ぶため「マッドマン理論」を採用した。「マッドマン」は何をやりだすか分からない。ニクソンは北ベトナムを核攻撃する「マッドマン」であると思わせ、それが平和を実現させることになった。つまり戦争を終わらせるには「最大級の攻撃」をしかけると思わせなければ交渉は始まらない。それが「マッドマン理論」である。

 トランプが原子力空母を3隻も北朝鮮近海に派遣して戦争の危機を煽った時にフーテンは「マッドマン理論」を感じた。そしてトランプの背後にニクソンの指南役であったキシンジャーの影を感じた。

この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。

「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバー 2018年6月

税込550(記事6本)

※すでに購入済みの方はログインしてください。

購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。
ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

田中良紹の最近の記事