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健康格差と健診難民化する若者

工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
指先からの自己採血で健康チェックが可能

明日(9/19)のNHKスペシャルはすべての世代に忍び寄る新たな危機「健康格差」をテーマに、その実態と処方箋について議論されるようです。

【NHKスペシャル】私たちのこれから Our Future|NHK 総合テレビ 9月19日(月)夜7時30分放送!子ども、現役世代、高齢者…。すべての世代に忍び寄る新たな危機。実態と処方箋を探ります。 #健康格差

ウェブサイトを見ると、職業、家族構成、経済力、地域のつながりといった社会的要因による健康格差の実態と、医療や福祉、介護など増え続ける社会保障費を多様な有識者とともに議論を進めていくように見えます。

その「健康格差」についてひとつの示唆を提示したいと思います。もともとのきっかけは、育て上げネットで就労支援プログラムを受けて仕事が決まった男性の存在です。長期間社会との接点を失っていた男性ですが、希望にかなり近い条件の企業で働くことが決まりました。これから新しい環境で成長していこうとする男性でしたが、病気を患ってしまいました。長期の療養が必要であることがわかり、失意の中で治療に取り組むことになりました。

ひとつの仮説として、無業期間の長くなった若者は健康状態が悪い可能性を疑いました。一般に就業者は労働安全衛生法等により、学生は学校保健安全法等により、年に 1 回の健康診断を廉価・無料で受ける機会が提供されています。

しかしながら、無業の若者はそのどちらの機会もなく、かつ経済的理由から自己負担での病院での健診受診も難しい状況にあります。廉価・無料の住民健診を 39 歳以下の若年層の住民にも提供している自治体も一部ありますが、実施義務はありません。

実際に、育て上げネットの就労基礎訓練に通う無業の若者に簡単に聞き取ってみたところ、健診受診率も極めて低く、「社会的所属がなく収入もない=健康診断・指導を受ける機会がない」ということが分かりました。また、支援の現場では、就労に際して改めて心身の健康面での問題に気が付くケースに数多く接してきました。

そこでヘルスケアベンチャーのケアプロ社と協働し、無業の若者に同社が提供する検体測定室を活用した健康チェックおよび保健指導を導入しました。そのパイロットプログラムの結果がわかり、小さな母数ではありますが仮説の通り、無業の若者の健康状態はよいものとは言えず、かつ、健康診断未受診率(健康診断を過去一年以内に受けていない割合)は86.7%であることがわかりました。

※平成26年国民栄養・健康調査では20代30代の健康診断未受診率は男性28.2%、女性43.6%

調査母数は31名(男性28名、女性3名)で、検査項目は「血圧」「BMI」「血糖値」「HbA1c」です。実施目的は、就労支援プログラムのなかに健康チェックと健康指導(セミナー)を実装し、健康状態の把握、健康意識の向上、そして就業後も継続して働けるような予防医療の観点での支援の実施です。もし緊急性の高い数値等が把握された若者がいた場合は、医療機関の受診を勧めます。

実施数
実施数

そして、実際の結果を平成26年国民栄養・健康調査の「20代30代の結果」と比較したものが下記になります。全国と比較して、肥満・やせ・血圧高値の若者が多く、生活習慣チェックリスト(食生活、運動、睡眠、ストレス、喫煙、飲酒)では、血糖値・HbA1cの群が、他の群と比較して全項目でチェックが多いことがわかりました。

全国平均との比較
全国平均との比較

そのため全体としては、肥満・やせ・血圧への対策をしつつ、血糖値・HbA1cが高かった群への個別アプローチの必要性をケアプロ社から提案されています。その他、健康に不安を抱える若者の半数が「健康に不安」と回答しています。食生活・運動習慣を聞くと、70%以上の若者が休日は自宅で過ごし、普段から副菜を食べる機会が少ないと答えた若者が80%以上となりました。ここらへんは改善の余地があると言えますが、そもそも健康チェックの機会もなく、漠然と健康に不安を抱えていれば見えづらかったところでもあります。

学生でもなく、しっかりと法定健診を実施している企業に所属していない15才から39歳の若者は健康診断・健康チェックの機会が著しく制限されています。健康管理は自己責任であるという意見もあると思いますが、社会的な枠組みのない機会喪失以外の社会的要因、例えば、栄養管理や健康意識が生育の中で身に就く環境でなかった場合、廉価であってもそのコストが数日分の食費とトレードオフになってしまう経済状況など、健康診断・健康チェックの優先度が著しく低く(またはランク外)なってしまうことが考えられます。

特に、若い世代は身体的症状がまだ出づらい年齢であることから、生活習慣病のようなものにも気が付きづらく、それであるがゆえに、運動や食事など日常生活における健康意識も、他の世代と比較すれば持ちづらいのではないでしょうか。

命を守る観点、社会保障財源の問題、予防医療や先端医療のコストパフォーマンスなど、さまざまな健康格差が議論されていくなかで、健康診断・健康チェックの観点から、無業の若者を健診難民化させないことは、将来の医療費抑制のみならず、地域の支え手であり、社会の担い手が元気で健康であることを保障することにつながります。

認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

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